第82話ヴェリアス②
——お前に召喚され魔力を注がれた時、私は淫魔の限界を超えて強くなった。
もちろん、あっちの性能も、ね。
どう?試してみる?
さっきまであんなに素っ気なかったくせに、患部を黒い紐で隠しただけの際どい衣装になった女悪魔に、挑発されて我慢出来る俺ではない。
更に、女を虜に出来る秘法まで施してくれると言うのだから、是非ともご教示願いたい。
魔法を一切使わない事が条件だ。
生身の身体で、果たして淫魔相手にどうなる事やら……
そんな事を考えながら案内された客間のベッド上でドキドキと待つ事数分。
薄暗い部屋に何処からか甘ったるい香りが漂ってくる。
対象が好むフェロモンを出すのは、淫魔にとって初歩中の初歩。
気がつくといつの間にかベルが俺の上にもたれ掛かっていた。
青白い悪魔の肌が薄く発光している。
隠していた紐がずれて患部が丸見えになったと思ったら、その紐がウネウネと動いているではないか。
衣装だと思っていた紐の正体は、変形していた尻尾だった。
上に乗るベルの体重が程良く実に心地良い。
体温まで調整出来るのか、ベルの身体が熱くなっていく。
耳に熱い吐息が吹きかかった。
「始めるよ」
脳を揺さぶるような甘い声。
少し冷たい指先と細長い尻尾の尖端が、俺の患部を探すように身体中をちろちろと這う。
堪らなくなってベルを触ろうとすると、手が動かなかった。
麻痺させられていたみたいだ。
触りたいのに触れないってこんなにムラムラするものなんですかッ?
「くっ、おあずけかよ?」
「まだ、ダァメ」
悪魔の囁きが本当に堪らなく興奮する。
尻尾が患部に絡み付いて軽く締め上げた。
……あっ。
もう一本取られた。
「ふふふ、ふこしはがまんひてよ」
何と言う事か?
マッサージ用ミルクを出した直後と言うのに、少しも落ち着く気配が無い。
賢者タイムどこいった?
「休ませないからね」
「くっ、はいっ」
いつの間にか従順になっていく自分に全く気付いていない。
完全に淫魔に毒されている。
魔法を一切使わずに身を全て委ねているので、【魅了】状態になっているのだ。
しかし、ここまではほんの序章に過ぎず、サキュバスの本領発揮はこれからだった。
マッサージ器の内部では数千以上の繊毛細胞が、まるで全方向から激しいシャワーを浴びせるが如く高速連打で刺激していた。
ベルの胸のポケットから美味しそうな飴玉が覗いている。なんて美味しそうなんだ。
「飴、舐めたいでしょ?」
「くっ、舐めたいです!」
「ふふふ、いいわよ」
ベルさんが上半身を倒し、飴玉を俺の口に届くギリギリまで持ってくる。
舐めたくて堪らない俺は、身体が麻痺して動けないので必死に舌を伸ばす。
ペロッ……
やったッ!舌が届いたッ!
えっ?えっ?
ゥンまあああ〜いッ!
なんで?なんでだッ!
本来、この飴玉には味なんてしない筈なのに、甘くて美味しいッ!
テツオはより深い【魅了】状態に陥り、五感が完全に支配され、味覚まで変えられてしまっていたのである。
蠱惑的な赤い目がテツオの目を射抜く。
全身に電流が走り、極度の興奮状態に陥る。
ベルが怪しい笑みを浮かべた。
「あはぁ、完全に身も心も虜になったみたいね。
くくく、快感だわ。
ここからはもっと凄くしちゃうから」
ベルの背中から黒羽が生え、俺の上半身を軽く起こす様に包み込む。
「ねぇ、私のお腹を見て」
ベルが自身のマッサージ器を指でなぞると魔法文字が浮かび上がった。
何をするつもりだ?
すると、何という事だ!まさに衝撃!
ベルのマッサージ器がみるみる透けていくではないか!
微かに透明になり、中身が薄っすらと見えてしまっている。
こんなん反則だよぉ!
「くっ!」
尻尾が瞬時に患部にシュルシュルと巻き付いて締め付ける。
それにも関わらず、マッサージ器の動きが一段激しくなり、激しくうねり出す。
シャワー圧プラス吸引プラス締め付けプラスプラスプラス……
数え切れないくらいの形状変化に患部は爆発寸前だ。
限界はとっくに超えているのにっ!
「くっ、ベル様っ、もう、もうっ、勘弁して下さいっ!」
「その、さっきから、くっ、て言ってるのやめてくれない?」
「くっ、無意識でありますっ!」
黙れとばかりに、ベルが俺にキスをする。
え?一、二、三、な、何枚あるんだ?
正解は五枚。
悪魔の五枚舌に窒息してしまいそうだ。
そして、意識を失った。
————————
「やっと起きた」
「ベル、俺は一体どれだけ気を失っていたんだ?」
「一時間くらいね。
普通の人間なら丸一日は目が覚めないわ。
それで、どう?サキュバスのマッサージ」
凄過ぎて言葉が出ないと素直に言うと、クククと愉快そうに笑った。
いつも無表情なのにこんなに笑うのか。
悦に入った顔で俺を見る。
「強い男を屈服させるのって堪らないわぁ。
あぁ、楽しかった。
それにしても、貴方本当に人間なの?」
あっ、お前呼びから貴方に変わった。
親密度がアップしたのかな?
「伝えておくけど、貴方は私の力で圧倒的に強化された。
人間相手なら敵無しよ」
なんという事でしょう?
感度や、フィニッシュの時機を、自由に調節出来る様になったという。
やった!これで不意なフィニッシュとはオサラバだ!
これからは魔法を使わなくても思う存分マッサージが満喫出来る!
「後は、奴隷商人や王侯貴族とかの一部の人間にも伝わっているけど、初めてかどうかが判別する魔法が備わったわ。
貴方には必要無さそうだけど」
何やら特典で魔法が授けられた様だ。
頭に術式が浮かび上がる。
この魔法を唱えると、純潔な処女であれば下腹部に紋様が浮き出すという。
淫魔から認められた人間には、もれなく備わる魔法らしい。
……ふむう。
魔法効果の確認の為、下腹部を見るシチュエーションが今後訪れるかどうかは微妙だ。
ベルの影がシュルシュルと纏まり付き、さっきの白シャツ黒ミニスカート姿に戻ってしまった。
「これまでは森を荒らした人間の生気を搾り取る程度で全然物足りなかったけど、人間相手にこんなに満足できたのは三百年振りね。
貴方なら定期的に生気を吸い取っても死なないだろうからまたお願いするわ」
ううっ!
……マッサージが気持ち良かったのは事実だが、こんなに強烈な体験は麻薬よりも抜け出すのが困難な中毒性を含んでいる。
何しろ吸い取られる生気が尋常じゃない。
実際、並の人間なら干からびたミイラにされてしまうだろう。
「俺は何かと忙しい。
また俺の役に立ってくれた時には相手をするかもしれないな」
「いつでも呼んで」
俺の微妙な感情の動きが理解出来る訳もなく、無表情でそう応えるベル。
使い魔は使われてこそ、存在意義があるという事か。
「そう言えば、お前はどうしてエリンの使い魔になったんだ?
三百年前なら悪魔と人間は戦争してる敵同士だったろうに」
「そんな事を聞いてどうする?」
「単なる好奇心だ。
俺はこの世界についてまだまだ無知に等しい」
「…………いいだろう。
淫魔を満足させた偉業の褒美として話してやる」
偉業なのか?
「この大陸より海を隔てた遥か彼方に魔族が支配する大陸、魔界があるのは知ってるな?」
話が始まっちゃった。
「三百年前、そこへ勇者や英雄、そして人間の軍隊も上陸した。
私がいた集落は、戦争を仕掛けた魔族とは関係無い弱い悪魔達が棲んでいた。
……魔界は途方も無く広大だ。
人間は侵攻の足掛かりに私達の集落を占領したのだろう。
勇者達はすぐさま奥地へと向かったが、軍隊の一部はずっと集落に留まっていた。
そいつらは悪魔の力を封じる魔具で、女体の悪魔達を拘束し、陵辱の限りを尽くした」
「人間が悪魔を……」
「力無きものが蹂躙されるのは魔界の掟。
ところが、そこへエリンが現れ兵士達を皆殺しにし、悪魔達を解放したんだ。
少女は、兵士達が兇行に及んだのは魔界の瘴気で精神を病んだせいだと説明し、それを謝罪していた。
悪魔に謝罪など何の意味もない。
同族の殆どは死を望み、エリンがそれを叶えた。
私は笑った。
悪魔に謝罪したり、殺したり、この少女もとっくに壊れているじゃないか、と。
程なくして、所詮人間に過ぎない兵士達は、次々と魔界に呑み込まれていった。
雑魚とはいえ数多の悪魔の力を得て、既に魔女と化したエリンでも、この魔界から逃げるには一筋縄とはいかない。
悪魔の手引きが必要だ。
私が使い魔となって、彼女を人間界へと帰還させた。
それが、エリンと私の邂逅における一幕だ」
ベルは相変わらず無表情のまま抑揚も無く淡々と語った。
それでも、こんなに喋る彼女を見たのは初めてだったので嬉しい気持ちになる。
俺は美形の女なら誰でもいいのだろうか?
話に出た兵士と然程変わらないのかも知れない。
「それで結局、勇者達はその後どうなったんだ?」
「知らない」
「そ、そうか。
でも、ベルなら魔界の道案内が出来るな」
「無理ね。
魔界は瘴気に満たされ、空気は淀み、摂理が歪み、地形は変貌していく。
最早、私の知っている魔界とは違うだろう」
「……は……ははは」
怖っ。
ノリとはいえ、何でそんな事聞いたんだ俺?
魔界なんて美女いないだろ?いや、いるのか?いやいや、いたとしても勇者達が全滅する様な大陸なんて行きたくない。
俺はエリンがした事が間違っているとは思っていない。
人間にだって悪魔みたいな奴は大勢いる。
果たして、エリンと同じ場面に出くわした時に俺は選択を間違えずにいられるのだろうか?
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