第81話タンタルの森③

 ——タンタルの森・最奥


 魔女の居館を越えて更に奥地へ向かうと、より凶悪な魔性植物が密生していた。

 まるで巨大な植物園だ。

 俺が見てきたタンタルの森はほんの一部に過ぎなかったのか。


 そしてそこには、やはりというか吸収、封印、減退等、魔法を制限する性質の植物もあった。

 俺が克服したいと思っている植物が選り取り見取り。

 ボルストン中の植物は全てこの森にあるらしい。


 つまり、俺が求める答えは全て、この世界で初めて訪れた森にあったのだ。


 答えの持ち主はもちろん森の魔女ことエレオノール。

 だが放っておいた期間が長かったせいでゴネ出し、なかなか教えてくれず……


 仕方なくエリンを満足させる為、デートと称した薄気味悪い森の中をひたすら歩き回され、不気味な植物で作られたランチを食わされ、気持ちの悪い巨大花の花弁の中しばらく過ごした。

 これが本当の、密な時間……だと……?

 流石に我慢が出来ず、居館の寝室に【転移】し何度もマッサージしまくって満足させた。

 こんなのに付き合っていたら時間が幾らあっても足りない。

 次からは全て俺が決める。


 ————————


 閑話休題、ようやく修行が開始された。

 場所は一番厄介だという魔法を吸収する性質を持った古代樹デビルトレントの群生地。

 この灰色の巨大樹は四角くて大きく、本当にビルの様な見た目をしている。

 窓の様な黒穴から魔力を吸い取るらしい。


 その根本に、少女の姿と化したエリンがフラフラしていた。


「ふぅ、もうテツオめっ!

 わらわはもう腰ガクガクじゃ!」


「満足したようでよかった」


「コ、コホン!

 とにかく師匠らしいところを見せねばな!」


 助手として呼ばれた使い魔ベルが冷やかな目で俺達のやり取りを聞いている。

 淫魔サキュバスは何もせずとも自動的パッシブに【魅了チャーム】を発生させているので、まともに見るとムラッときてしょうがない。

 耐性がないと虜にされるので、注意が必要だ。


「テツオの魔力量は確かに甚大じゃ。

 それでも使い方がまるでなっとらん。

 必要なのは強度、それと保護かの」


 強度と保護とはそれいかに?

 試しに、俺とエリンで相対して、同じ魔法【火球ファイアボール】を放ちぶつけ合った時、相殺されず、エリンの【火球】が俺の【火球】を突き破った。

 これはエリンの【火球】の方が強度があるからだという。


「まず魔法が何らかの効果で妨害される場所を減衰領域ディケイエリアと教えておこう。

 今のテツオが、減衰域で魔法を唱えても、時間と共に何割ずつか魔法の効果が消えていく。

 付与魔法エンチャントであれば、消える前に重ね掛けし、放出魔法リリースであれば、より巨大な魔法を発動させるのも一つの手じゃが、それは魔力を大量に消費するだけなので却下じゃ。

 そこで、まず強化から教えよう。

 先程のわらわの【火球】……

 実は【火球】を発動する際に、術式を組み込み、更に魔力を流し込んで、密度、威力を高めたのじゃ。

 ここまですれば減衰域であってもそんな簡単に消えはせぬ」


 魔法について話すエリンはいきいきしている。

 昔は天才魔法使いとして名を轟かせたくらいだ。

 魔法に関して譲る事は出来ないだろう。

 教え方は天才的で全く理解不能。

 とりあえず実践あるのみ、という事か?


火球ファイアボール


【火球】を作り出すと、更に頭に術式が浮かび上がった。

 コレか!

 術式を組み込むと【火球】がより威力を増した、気がする。


「流石はテツオじゃ!

 どれ、それをわらわに向けて放ってみよ」


 危なそうな気がしたが、天才魔女がそう言うので、作り出した【火球】をそのままエリンに向けて射出した。

 元々の【火球】とは比べ物にならない速度で飛んでいく強化された【火球】。

 周りにはデビルプラントがあるが、影響があるようには全く見えない。

 成功だ。


 俺の【火球】が、エリンの放つ【火球】と衝突し、爆風が吹き荒れた。

 結果は、またもエリンの【火球】が突き抜ける結果に。

 どういう事?


「テツオの魔法は大成功じゃ!

 わらわの【火球】との差は、熟練度スキルレベルの差じゃから気にするな!

 伊達に三百年魔女をしとらんのでのぅ。

 ちなみに上位魔族の魔法は熟練度など無く、もともと最高レベルじゃ。

 それ故に強化などの小技は使わぬ。

 これらは人間が独自に編み出した技術じゃな」


 説明が多くてややこしいな。

 エリンが言う強化とは、放出魔法などに強化術式を付与して放つ事が出来る魔法。

 つまりは魔法の重ね掛け。

 簡単に言ってるけど、かなりの高等技術なんだろう。

 簡単に出来たけど。

 それと、魔法系統毎に熟練度スキルレベルがあって、その都度威力は上がっていく。

 エリンが放つ【火球】は熟練度の分、俺の【火球】より倍以上威力があるらしい。


「さて、次は保護を教えようぞ。

 これは防御魔法等を掛けた後に、解除されない様に剥がされにくくする魔法じゃ。

 どれ、何か防御魔法を掛けてみよ」


 魔女の指示通り、自分に適当に【ウインド障壁ウォール】を掛けてみる。

 次いでエリンが魔法を唱えた。


「【保護障壁プロテクションウォール】」


 俺の周囲に六角形を幾層にも組み合わせた光膜が貼られた。

 デビルプラントは魔法に反応して、活発に吸収活動をしている様だが、魔法が解ける気配は無い。


「強化と保護。

 この二つの魔法は魔力消費も少なく、重ね掛けで効果をより高める事が出来る」


「なるほど」


 魔力は無尽蔵にある。

 重ねまくりじゃい。


「もし植物魔法や精霊魔法が使えるなら、植物起因の減衰域なんかでは問題は無いんだがなぁ」


「なるほど」


 植物魔法ならカンテ、精霊魔法ならメルロスが使える。

 どうして俺は使えないんだ?


「あぁ、魔法使ったら疲れたー。

 テツオ、食事にするぞー」


 俺の肩の上にフワリと乗ってくるエリン。

 手を回して全身でくっついてくる。

 サラサラな銀色の長髪からいい匂いが漂い、なんともくすぐったい。

 子供の様に体当たりで懐いてくる女なんて周りにいないからどう対応したらいいのか分からず戸惑ってしまう。

 エリンの事をさっき散々抱いたのになんでだ?

 もしかすると、女性と肉体関係を持つのが早過ぎて、女性とのスマートな過ごし方が身に付かないのかもしれない。

 あと、俺の性格によるところも大きいだろう。

 今後の課題だな。


 居館のテーブルに座り、ベルが用意した料理を膝の上に乗っている少女エリンが俺の口に運んでくる。

 俗にいう、あ〜んと食べさせる行為ではあるが、それを前世で言えば中学生にしか見えない女子がしてくるのだから何とも気恥ずかしい。

 テーブルを挟んだ目の前で、淫魔ベルが一部始終を無表情にて眺めている。


「ベルなんぞ見とらんと、わらわだけ見るんじゃー」


 頬っぺたを膨らませ上目遣いで睨んでくるエリン。

 そこまでは可愛いんだが、徐々に目が赤く光り出し、暗影が漏れてくる。

 闇の波動で呼吸が苦しくなってきた。

 なんて強い魔力なんだ……

 ま、まずい。

 咄嗟に頭を撫でて、赤子の如くよしよしとあやす。


「へへー、嬉しいなー。

 もっと撫で撫でしておくれー」


 無事、満面の笑顔に戻ったようで一息つく。

 どんどん甘え方が我儘になってきてないか?

 三百年間、人間と接する事なく悪魔と生活し、三百十四年間、恋愛した事も無いのだから、歪んでしまっても仕方ないのかもしれない。


 とりあえずお腹はもういっぱいだ。

 話題を変えよう。


「なぁエリン、竜と会った事はあるか?」


 俺が知る限りこの世界最強の魔法強いであるエリンならば、竜と対峙した事があるかもしれない。


「なんじゃ?なんで竜が出てくるんじゃ?

 まさかテツオ、竜と戦うのか?」


「いや、南の森に竜種がいるという話を聞いてな」


「むー。

 冒険者から貴族になったと思ったら、次は森を抜けて南の国に行こうと言うのか?

 相変わらず忙しい奴じゃなぁ……

 ……ふむ。

 竜種にもいくつか種類があってのぅ。

 数多くの亜種と正統な古代種とに分かれる。

 亜種なんぞは山程屠ってきたが、古代種は桁違いの強さを持っておる。

 あれを倒すのはわらわでも出来るかどうか……」


 え?

 エリンで倒せないなら無理じゃないか?


「とはいえ、わらわの大事なテツオが竜なんぞにやられるのは論外じゃ。

 この大陸には古代種を倒した伝説や逸話がいくつもある。

 その昔、プレルス城に竜を倒した剣があったような……

 ん?テツオって剣は使えるのか?」


「剣技は苦手だなぁ。

 出来れば魔法で何とかしたいんだけど、厳しいのか?」


 竜に魔法は通用するのか?

 魔法で倒した逸話はないのか?

 エリンの答えは、竜を魔法のみで倒した人間は未だいないとの事だった。

 だが三百年前の戦争時、魔族は魔法で竜を倒していたらしい。

 不可能ではない証拠である。

 魔族に出来るなら、魔族に匹敵するエリンや俺にだって出来るかもしれない。


「うーん、眠くなってきたぁ……

 むにゅむにゅ」


 修行に長時間付き合わせたせいで、どうやら魔力切れになり眠くなってきたようだ。

 欠伸一つすると、スゥスゥと寝息を立て始めた。

 寝つき早っ。


 エリンは三百年若いまま生きる為に多大な魔力を使っているという。

 活動時間は一日辺り僅か数時間。

 使い魔を囲う魔力だって馬鹿にならないだろう。


 魔力がどれだけなのか【解析】してみよう。

 俺には心を許しているので見放題だ。


【解析】

 エレオノール

 年齢:314

 LV:98

 HP:870

 MP:550/9500


 うん……まぁ、凄い……よね?

 アムロドはレベル100超えてMP1300なんだから、9500はこの世界ではかなりの量に違いない。

 消費量の著しい強力な魔法が乱発出来ない気もするが、エリンは普段からちょいちょい魔力回復薬を飲んでるみたいだし、睡眠して回復に努めているから、よっぽど無理しない限り魔力欠乏症にはならないだろう。


 ……駄目だ。


 自分の魔力量に比べてしまうと、どうしてもしょぼく見えてしまう。

 悪魔グレモリーには一日一回に魔力一万与えている。

 目の前にいる悪魔ベルには確か五万近くまで魔力を注入する事ができた。


 果たしてMP9500から捻出する魔力量でベルを使い続ける事が出来るのだろうか?


「な、なぁ、ベル」


「なんだ?」


 食べ終えた食器を片付け続け、こっちを見ようともしない。

 相変わらず冷たくて素っ気無い態度だ。

 そこに痺れるッ!憧れるゥ!


「魔力って足りてるのか?」


「どういう意味?

 魔力やるから抱かせろって事?」


 あー、なんでそうなるのかなー?

 淫魔の思考回路ってエロいおっさんに近いぞ?


「いや、悪魔ってこの世界に顕現、滞留するだけでもかなりの魔力を使うだろ?

 エリンの魔力量で足りてるのかと思って」


 布巾でテーブルを拭く手がピタリと止まった。

 襟に蝶ネクタイの付いた袖なしのシャツから腋が見え、ミニスカートからスラリと伸びた脚が唆る。

 男を魅了する為だけに具現化された見事としか言い様の無いスタイル。


「エリンは……特別。

 マスターは闇魔法なら通常の百分の一、難度の高い魔法でも十分の一以下の魔力で発動出来る。

 私を使役するだけなら大した魔力は必要ないわ」


 そう話しながら拭き終え、ピカピカになったテーブルを点検する様に眺めると、片付け終わった食器を乗せたワゴンを奥へ運んでいった。


 膝上で眠るエリンを見下ろす。

 百分の一の魔力で魔法が使えるだって?

 それだとMP9500が実質95万に換算される。

 やはりというか、とんでもない化け物だったって訳だ。


 流石は師匠っス!

 俺も百分の一の消費量で魔法使いたいっス!

【解析】で知った気になってたけど、見えてるものが全てじゃないんスね。


 そして、保護や強化に、熟練度。


 ……魔法って本当に奥深いな。

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