第73話エナ②

 なんてこった。


 これが俺の率直な感想だ。


 一時間前、大浴場で寛いでいると、待ち兼ねていたエナから漸く連絡があり王都まで【転移】したが、何故か今は見知らぬ二人を加えた四人でテーブルを囲んでいた。


 思えばこの世界に来てから、エナと会う度に何かしら邪魔が入っている気がする。


 一回目はリリィに胸を貫かれ、次は父親である村長に迫られ、今朝はリンツォイにつきまとわれ魔力を欠乏してしまう体たらくぶり。

 全てが自業自得である。


 だが、俺はハードルが高ければ高いほど燃えるタイプ……では無いので、ただ一言、なんてこったと言わざるを得ない。


 ただ俺はエナと蜜なる時間を過ごしたいだけなのに。


 目の前にいる女性が話しかけてくる。


「お時間を取らせてしまってすいません。

 でも、悪魔を倒したという話が本当なら、貴方しか頼れる方がいませんの」


 色っぽい大人の女性の声。

 貴族として育った上品でゆったりと落ち着いた口調だ。


 こいつは今朝、着任式で見かけた領主の一人。

 プレルス領の女伯爵カウンテスピュティロ・プレルス。

 舌を噛みそうな名前なので注意しよう。


 横には娘にしてエナの学友であるキャメロン・プレルスが座っている。


 エナがサルサーレ領スーレ村出身というのは魔法学院内で知られているが、今朝、俺を医務室へと運ぶ際、複数の生徒に見られていたようで、俺とエナが知り合いだという事実が露見してしまった。


 すると、プレルス家の娘を通じピュティロ女伯カウンテスが、俺にコンタクトを取りたいと半ば強引に押し掛けた形だ。


 転移装置でジョンテ城に直接来ないのは、公にしたくない用件。

 プレルス領で最近多発している失踪事件の調査依頼だ。


「つまり、悪魔に心当たりがあると?」


 三十代半ばには全然見えない綺麗で若いママは、母親に良く似た可愛い娘に視線を送った。


「私見たんです!

 悪魔が、私の幼馴染みを……攫っていくところを」


 娘キャメロンは泣きながら証言する。

 うむ、手掛かりは皆無だ。


「悪魔は人間に化けて悪事を働くと言います。

 身近に怪しい人物がいたらピックアップしておいて下さい。

 正直、誰も信用しない方がいい。

 私も手が空き次第、調査しておきます」


「ありがとうございます。

 よろしくお願いします」


 見目麗しい親娘は、丁寧に会釈すると帰っていった。

 和食が食べたい気分だなぁ。

 親娘丼……


 エナの顔を見ながら、紅茶をすすり考える。


 これは非常に不味い展開だと言わざるを得ない。

 朝にちょっと注意喚起しただけで、もう強制クエストが発生してるじゃあないか。


 前から言っているが、これは勇者の仕事なんじゃないの?

 それにボルストン王が何か対策を講じると言ってたんだから、王都に泣きついたらいいやん。

 リンツォイの耳に入れば、勇者にも伝わるでしょーが!

 大体、俺が活躍したらプレルス領をホームとするクランや冒険者達だって面白くないんじゃないの?

 どうして俺達を頼らないんだって。


 更に言うならば、俺とした事が、早くエナと二人きりになりたいばっかりに、あの親娘がデラべっぴんで、少々、ほんの少々だが!浮かれていたせいで、成功報酬の話をするのをすっかり忘れてしまっている!


 ジョンテ領では明日から南の森遠征に向けて準備がある。

 プレルス領は後回しにするしかないな。

 でも、美女が攫われているとしたら……?

 由々しき事態ではある。


「テツオ様……?」


 はっ!


「難しい顔をしてらっしゃいます。

 せっかく会いに来てくださったのに、こんな事になって申し訳ありません」


 ああ、エナが責任を感じて落ち込んでしまっている。

 それはダメだ。


「エナが気に病む事は無いんだよ。

 人助けは俺の仕事みたいなもんなんだ。

 それよりも……やっと二人きりになれたな」


 肩に手を回すと自動的に手のひらがおっぱいに吸い込まれ、エナの頬がみるみる赤くなっていく。

 その顔を見ているだけでご飯三杯はいけそうだ。

 といってもこの世界に米は無い。


「えっと……ここは学院内です」


 エナが俺の手に両手を添えて、キョロキョロ周りを気にする。

 そう、ここはボルストン王都魔法学院内の貴賓室だ。

 この貴賓室には正規の手続きをしたVIPしか入る事が出来ない。

 夜の学院内ならば、誰に見られる事もなく密会が出来るというわけだ。


「ここじゃ嫌か?

 貴賓室には誰も入って来れないが。

 そういえば、エナは普段どんなところで暮らしてるんだ?」


「学院の隣にある学生寮です」


 更に男子禁制だと付け加えた。

 女子寮というキーワードに無性にムラムラくる。

 秘密の花園と申しますか、男にとっては非常に興味の沸く場所の一つと申しますか。

 だが、行った事が無い場所へは【転移】出来ない。


「どうしても行ってみたい」


「え?どうしても……ですか?」


 俺の真剣な眼差しに屈したのか、エナは俺を案内してくれた。

【透明】化しエナと手を繋いで女子寮へと入っていく。

 女の子と手を繋いで歩くこの浮遊感。

 なんて素晴らしいんだ。


 建物自体は年季の入った洋館だったが、エナの部屋は女の子がそこで生活をしているという空気で充満していた。

 エナの香りがする。


 部屋は質素な造りで、歩く度にギシギシと床の板が軋む。

 テーブル、ベット、タンス等の生活家具以外は、スーレ村の伝統工芸なのか、植物や花をモチーフにした彩色豊かな刺繍を施した布団、カーテン、テーブルクロス、壁掛けタペストリー等が部屋を彩っていた。


「これを見るとスーレ村のエナの部屋を思い出すな」


「街で布と糸を探してきて作りました」


 元々、村仕事しかしてない娘だ。

 いきなり学生になっても戸惑うだけだったろう。


「あんまり見ないで下さい。

 恥ずかしいです」


 部屋を興味深くジロジロ見ていると注意されてしまった。

 自身の身体の隅から隅まで見られてしまっているのに、今更部屋を見られて恥ずかしいだと?

 女心は良く分からない。

 後ろを振り向くと、エナは俺の近くに立って俺を見つめている。

 俺がどんな行動をするのかをずっと待っているのか。

 可愛いヤツめ。


 細い腰に手を回しぐっと引き寄せる。

 あっ、と声を上げ、俺に抱き締められるエナ。

 勇者カインがもう絶対に踏み込めない距離感だ。


「ああ、満たされていきます」


 エナの目が潤み出す。

 キスをすると涙がすっとこぼれ落ちた。


「何で泣くんだ?」


「また泣いちゃいましたね。

 嬉しくて心が喜んでいるんです」


 泣きながら笑うエナを見て、無茶苦茶にしてやりたいと一気にボルテージが上がった。


「俺も嬉しいよ」


 こうやってトロふわな患部を揉みまくれる事がな!


「あぁ!」


 大きめの声を上げたので驚いた。

 急ぎ魔法で部屋を補強し防音にする。


「声大きいな」


「ごめんなさい。

 テツオ様に触られたら出ちゃいました。

 なるべく我慢しますね」


 防音にしたから別に我慢しなくてもいいんだけど。

 しおらしく口に手を当てて、声を出さないようにするエナを見て、何としても声を上げさせたくなる。


 ベットに座り、学院の制服を脱がせたエナを膝の上に乗せる。

 サラサラの金髪。おっとりした緑色の目。白い肌。


「くぅぅん……」


 マッサージ開始。患部の先端を執拗にねぶると、指を噛んで耐えながら犬の様な声を上げてよがる。

 開発された身体ではこの刺激に耐えるのも辛いだろう。


「さぁ、そろそろいいか?」


 わざわざ口に出して反応を愉しむ。

 エナは王都へ送り出す前に巫女になる為、初めてに戻してある。

 またエナの初めてを奪えるとは愉悦なり。


「あぁ、テツオ様ぁ!」


 マッサージした瞬間、血を滲ませながら歓喜の声を上げた。

 痛みすら気にならないようだ。

 無意識なのか俺にしがみつき激しく動かしている。

 なんて巫女だ。


「テツオ様っ!好きですっ!好きっ!きゃんっ!」


 エナが夢中になっている。

 温かい弾力に顔が挟まれ至福の夢心地。

 座ってるだけでこんな天国を味わえるなんて。

 部屋中にエナの声とマッサージの音が響く。

 防音にしてなかったらエナに速攻で退去命令が出ていた事だろう。


 一際抱き締める力が強くなり、エナがガクガクっと身震いさせる。

 マッサージ効果に満足したようで、ハァハァと息を乱す。


「今日はいつにも増して激しいな。

 最近何かあったのか?

 そういえば勇者はどうなった?」


 勇者の事がエナの中でどれだけ響いているのか気になる意地悪で矮小な俺氏。

 エナの顔を覗き込む。


「テツオ様に可愛がって貰えるのを朝から楽しみにしてたんです。

 もう我慢するの大変でした。

 それと、勇者を探し出す仕事は無事終わりました」


 勇者の事を仕事と語るエナの表情には何も変化は無い。

 俺の【魅了】魔法で、将来を約束した仲を白紙にしてしまった件は、本当に済まないと思っている。

 だが、俺だってこの世界に来て一番最初に出会った女性がエナだった。

 俺にとってもエナは運命の女であると言ったっていいだろう。

 全ては解釈次第だ。


「偉かったな。

 ご褒美に今夜はいっぱい可愛がってやるからな」


 エナの頭を撫でると、彼女はくっついて甘えてきた。


「友達が困ってるというのに、私、こんなに幸せでいいんでしょうか?」


 一途で従順な子だ。

 純粋で優しいところが格好付けたり背伸びする必要もなく一緒に居て心地良い。

 俺と居て幸せだと言って貰える事がこんなに癒される事だとは知らなかった。


 アマンダの酒の効き目も相まって、今夜は激しくマッサージした。

 俺が三回果てる間に、エナは倍以上果てる。

 マッサージ何回目だったか最後は気絶する様に眠りの中へ。

 それを追うように、挟まれたまま俺も微睡みの中に誘われていった。


 ——————


 ————テツオ。


 女性の声が頭に響く。

 小さな声なのにはっきりと聴こえる。


 ん?今寝たところなのに邪魔しないでよー。


 ————これでも邪魔しないように配慮したのですよ。


 ん?いつものお姉さんの声じゃない。

 口調も優しい……

 だ、誰だ!


 ————天使と言えば分かりやすいかな。

 貴方に話があるの。


 薄っすら目を開けると真っ白な空間に人型の光が浮いているではないか。

 マジかよ。

 人の夢ってそんな気軽に入ってきていいものなの?

 不法侵入じゃない?

 プライバシーの侵害だよ?


 夢の中なのでどう表現したらいいのか分からないが、目をギュッと閉じているのにずっと眩しいし、翼がはためいているのが実際に見ているかのように認識できる。

 絶対にこいつとコミュニケーションしなきゃいけない状況に追い込まれてるじゃないか。


 頭がうまく働いておらず、いまいち理解しきれなかったが、話を聞くと天使は俺にクレームがあったらしい。


 この天使は、カインとエナを幼い頃から見守っていた。

 二人を運命へと導く役目があり、今は巫女となったエナを守護している。


 肝心のクレームはここからだ。


 導きの巫女であるエナの愛は、不変の愛。

 それ故に、真実の力を引き出すという。

 本来ならば、エナのその真実の愛で、カインは真の勇者の力に目覚める、筈だった。

 ところが、エナは俺を愛してしまう。


 不変の愛って凄いな。

 俺はエナの決して変わらない愛を一身に受けているのだ。


「それは全てそちらの都合でしょう?

 人間はそんなシステムに組み込める程単純じゃあないし、人間を弄るってどうかと思うけどなぁ」


 ————勇者は悪魔から人類を守るいわば人柱。

 その為だけに生まれた存在と言ってもいい。

 人類はその偉業を成す為、誰しも協力を惜んじゃいけない。

 そういう決まりなんだよ。


「だったら、俺にどうしろ、と」



 ————死んでくれないかな?



 そう言った天使の声はとても、とても優しかった。


 ああ……なんてこった。

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