第72話ソニア②


 ————ジョンテ領・南の森


 深い森の奥に古びた洋館がひっそりと佇む。

 その窓からは明かりが漏れ、複数の人影が見える。


 過多のストレスからか衰弱し痩せこけたディビット卿が、額から血管を浮かび上がらせていた。

 立派にカールしていた口髭は伸び放題、貴族としての貫禄は最早微塵も感じられない。


「放った暗殺者アサシンは確保され、魔石を埋め込んだ恐竜も退治されたと聞いている。

 このままではジョンテを手に入れるどころか、奴等が儂を捕らえにくるのも時間の問題だ!

 なぁ、何とかならんのか?」


 ディビット卿の訴えに、椅子に座る目の細い男はニコニコと笑みを浮かべ、廃貴族へ椅子に座るよう促す。


 ディビットにはこの優男がさもこの状況を楽しんでいるかの様にも見えてしまい、ますます焦燥感に駆られてしまう。


「ふふふ、ディビット卿。

 貴族は趣味や娯楽に興じ、日々を過ごすとカースから聞いていたが、君はこの状況が楽しめていない様だなぁ」


「楽しむ?

 楽しむだと?

 楽しめるものか!

 そんな悠長な事を言っている時間などない。

 こんな森の中で暮らすなど、まるで……」


「まるで?」


「……獣だ」


 ディビットは椅子にがっくりと腰を下ろした。

 細目の男はまた愉快そうに笑う。

 人間は面白いものだ、と。


「ここの生活も存外悪い物じゃないでしょう?

 居館は古いが立派で大きい。

 食事も美味く、紅茶もある。

 のんびり行こうよ」


「人間の命は有限だ。

 お主らに合わせていたら命が幾つあっても足りんわい。

 儂は早くジョンテ領を余所者から取り戻し、貴族に返り咲きたいんだ」


 優男は紅茶を口に運び、更に目を細めた。

 この我欲の強い老人など別に必要では無い。

 無いが、この娯楽を形成する駒の一つとしては面白いファクターである。


 カースを倒したという男テツオ。

 会ってみた印象では何の変哲もない弱い人間に過ぎなかった。

 訓練された冒険者という訳でも無く、私の殺気にも一切気付かない。


 それでも、カースを退け、東の森からも無事帰還した。

 仲間の力か?

 英雄やハイエルフのみならず、悪魔グレモリーまでも陣営に加えたその信じ難い不可解な事実。

 ……興味が尽きない。

 こんな面白そうな人間を直ぐに殺すなんて勿体無い事できる訳ない。


 長年、人間同士を争わせてきたが、今回は三百年振りに楽しくなる予感がする。


「アスティ、聞いているのか?

 とうとうジョンテのギルドでは南の森の攻略依頼が続々と出されたのだ。

 近々、冒険者達がこの森へと大挙して押し寄せるだろう」


 それを聞いたアスティのカップを戻す指がにわかに震え、ソーサーに当たりカチャカチャ音が鳴る。

 興奮した時に手が震えるのは、魔人であるこの身体の人間部分が昂まった時の反応だ。


「ディビット卿。

 それはいくつも張り巡らせた伏線がしっかり働いている証拠なんだ。

 この森は深く、険しく、罠も多い。

 彼らがどこまで生き延びれるのか、私は今から楽しみで堪らないよ」


 カースが倒され、悪魔アスティがディビットの前に現れた。

 力を貸そうという提案を受け入れた以上、今更降りる事は許されない。

 私が領主になるか、死ぬか、どちらかのエンドしかないゲームだとアスティは断言した。


「なぁ、ディビット卿。

 勘違いしないように言っておくけど、私の仕事は裏方で、最後は君の人間力が彼を上回るかどうかが重要なんだよ。

 このゲームのプレイヤーは君と彼の二人だけだという事を忘れないで欲しいな」


 もちろん私は君の陣営だよ?と、付け加えると扉が開き、一人の男が入ってきた。

 ディビットはその顔を見てギョッとする。


「カルロス?

 い、いや見た目はカルロスだが何か違う。

 ……誰だ?」


 ディビットは何が起こっているのか分からない。

 アスティは薄い笑みを浮かべている。


 その男の目はギラギラと不気味に光っていたのだ。



 ——————



 テツオリゾートを出てジョンテ城へ向けてふらふらと歩いている。

 飲み過ぎたせいで身体が熱く、夜風が気持ちいい。


 ああ、クラブアマンダのキャスト相手に出すもん出したら腹が減ってきたな。


 メシにするか。


 朝飯はなるべくテツオホームでみんな揃って食べる事にしているが、晩飯は自由だ。


ノールブークリエ】のホームで食べてもいいし、ジョンテ城やテツオリゾートで食べてもいい。


 しかし、今日は【転移】を多用出来る程魔力が残っていないので、転移装置がある城へと戻ると、入ってすぐ右手の食堂側から賑やかな声が聞こえてくる。

 覗いてみると【ノールブークリエ】の団員達が食事をしていた。


 確かに城を自由に使っていいとは言った。

 城の近くにある貴族の空き家はもうホームとして機能している筈だ。

 城とは、気品を持つ者が厳かに過ごす空間だと思うんだがね!

 と、俺が言うのもおこがましいか。

 俺自身もちょっと前までただの庶民だし、更に遡ればただの社畜だった。

 城に相応しい人間というには程遠い。


「おう、テツオ。

 先いただいてるぜ」


 ヴァーディがジョンテのビール—ジョンエール—のジョッキを掲げウィンクをする。

 野郎のウィンクはご遠慮いただきたい。

 食堂を酒場か何かと勘違いしているんじゃないか?

 城のメイド達が酒を運ぶウェイターと化してるし。


「すまんな、テツオ。

 ここを使わせて貰っている」


 あ、団長だ。

 酒を飲んでるせいで顔が赤くて可愛い。

 白シャツを着てるが、あまりの胸の大きさにボタンが悲鳴を上げている。

 たまりませんな。


「団長、東の森攻略お疲れ様でした。

 ご無事で何よりです」


「ああ、心配を掛けたな。

 だが、お互い無事でよかった」


 団長はいつも強めの酒を飲む。

 だが、酔ったところを見た事が無い。

 アルコールが全て乳に流れて分解されているのかな?

 おっと、不謹慎でした。


「実は今回の討伐で、リヤドとヴァーディが金等級ゴールドに昇格した。

 祝ってやってくれ」


 なんと!

 と驚く俺ではない。

 この二人の実力は金等級ゴールドの基準を十分に満たしている。

 むしろ、あえて金等級ゴールドにならないでいるのかと思っていたくらいだ。


 リヤド、ヴァーディに祝い酒を振る舞う。

 困った事に、団の取り決めで乾杯したらその一杯は一気に飲み干すのだという。

 二人と乾杯し、二杯立て続けに一気する羽目となった。

 祝われる方がもっと飲まなければいけない訳だが。

 大変危険なので決してマネしないで下さい。


 結局ヴァーディがしつこく乾杯してくるせいで三杯分一気させられ項垂れていると、団長が話し掛けてきた。

 ちゃんと内容が理解できるか心配なくらい酔っているかもしれない。


「テロリストのリーダーが南の森に潜伏しているのは聞いた。

 あの森の危険度は、東の森の比ではない。

 しっかりとした準備が必要だ。

 まずは森の手前に大規模な拠点を作るから、テツオに協力して欲しい」


「分かりました。

 必要な物資があれば何でも言って下さい。

 急ぎで揃えさせます。

 ギルドへの依頼の最終目標は、森を抜ける道を確保する事です。

 テロリストはあくまでそのついでみたいなものなんで、見つけても手は出さないで下さい」


「ああ、もちろん。

 それは言われなくても分かっている。

 テロリストはそちらに任せるしかない」


 領地の安全を脅かす犯罪集団の討伐は、領主の権限でギルドに依頼出来る。

 だが、【ノールブークリエ】は殺人をしないルールがある。

 団に頼めるのは、森を抜けるルート確保と人間以外の危険物の駆除となる。

 むしろ今回はそちらの方が難度の高い依頼かもしれない。

 何せ、還らずの森、呪いの森、と悪い噂に事欠かない場所だ。


 南の森を抜ける理由を、南の国に行く為だと明かすと、流石の団長も驚いていた。

 それでも、北の国ボルストンから直接南の国へと行ける可能性が高いのはこの森からしかないと、ソニアも納得し了承してくれたのだ。


 ボルストンの地理上、最南に位置するジョンテ領はサルサーレ領を通らずには他の領地へと行く事はできない。

 現在、サルサーレ領と良好な関係を築いてはいるが、より良い領地にする為には、森の開拓と南方の領土の活用、そして南の国への流通ルートを確保する事が必須だとギルドに説明し、南の森攻略が受理された。


 南の国が悪魔の手にかかっている情報はまだ秘密だ。

 森を抜けても、山を越えねば南の国には行けないので現状問題はないだろう。

 それくらい山の存在は国同士を完全に分断している認識が強い。

 本当は勇者御一行になんとかしてもらいたいが、いつになるのかは分からない。


 麗しいエルフの女王の為、俺は俺の出来る事を少しずつしていくだけだ。


「さてと、テツオ。

 少し話がある。

 二人になれる部屋へ案内してくれないか」


「あ、はい。

 俺の部屋でいいのなら二階突き当たりです」


 団長の命令は絶対だ。

 ただ今!と立ち上がると酔いが足に来てふらついてしまう。

 流石にこれは不味いと【回復】させようとしたら団長がヒョイと俺をお姫様抱っこして持ち上げた。


 え?え?

 ちょっ、ちょっと恥ずかしいぞコレは!

 だが!だが待て!

 抱っこされた俺の胴の上に二つのソニア砲が乗っかっているではないか!

 何だこの柔らかい圧は!


「ハハハッ!どうやらお城のテツオ姫を飲ませ過ぎて潰しちまったみてぇだ!」


 背後でヴァーディが煽っているが、今はこの巨砲二基に集中力を注いでいるので、ちっとも気にならない。


 ソニアは170超えの身長があるので、脚も長く歩くスピードが早い。

 むしろ少し急いでいた感さえある。

 それなのに揺れを一切感じさせないその歩法は金等級ゴールドの為せる技だろうか。

 暫し目を閉じ、ソニアの腕と胸で休ませていただいた。


 俺の部屋に着き、団長はフワリと俺をベットの上に寝かせてくれた。

 ああ、どうやら着いてしまったか。

 話があったんだっけ……


 あっ、唇に息がかかった。

 寝てる俺にソニアがキスをしてきた。

 キスは嬉しいんだが、酒の臭気が強いなぁ。


 ん?

 ソニアが服を脱いでいる?

 続いて、ベットの上に乗って俺の服を脱がそうとしている?

 これってもはや送り狼じゃないか?

 酩酊状態の人間をマッサージするって犯罪行為ですよ、ソニアさん?


 どうするのか興味あるし面白そうだから、ここは寝た振りの一手だ!パチリ!


 裸で俺に抱きつくソニア。

 しばらくそのままピトッと抱きついていたが、うむ、と納得した独り言を言った後、起き上がって徐ろに俺のマッサージ器を掴んだ。

 何やらグニグニと押し当てる感触がしたので、薄目を開けると、ソニアはマッサージしようと患部を浮かして四苦八苦しているではないか!

 何をやってんだ、あんたは。


 残念ながらマッサージ器は連戦続き。

 事務官キャミィから始まり、アマンダにクラブのキャスト四人と立て続けに六人と施術したので、ぐったりとしといる。


 さぁ、ソニアが次にどうするかが見ものだ。


 うおっ!

 前に色々した事を思い出したのか、その大きなマッサージ器で患部を包み込みムニュムニュと動かし始めた。

 流石にこれはフルスロットル不可避。

 ソニアは満足そうに、よし、と言っている。


 さっきからなんだよその独り言は!

 可愛い、可愛いよ団長!


 いよいよソニアは、患部をマッサージ器の奥まですんなりと挿入し、達成感と快感の混じった熱い吐息を漏らした。

 そこでモニタリング終了。


「団長、何やってるんですか?」


 俺に話しかけられて、ビクッと驚き俺と目が合う。

 真っ赤な顔で目が点になっている。


「起こしてしまったか?」


「起こしてしまったか?じゃないですよ。

 団員の寝込みを襲うなんて」


 ちょっと意地悪したくなってきちゃった。


「すまん。

 テツオの顔を見たらな。

 我慢出来なくなったんだ」


 素直に謝る団長。

 なんて可愛いんだ。

 衝動に駆られ、起き上がって団長を抱きしめた。


「ああ、なんなのだこれは。

 胸の中が熱くなって締め付けられる」


 胸が苦しいと言い出すソニア。

 その正体が分からずに戸惑っているのか。

 だが、俺は言葉で教えるなんて事はしない。

 変わりにソニアを激しくマッサージして、その想いに応える。

 少し乱暴にしても全て受け入れるタフネスさ。溺れてしまいそうだ。

 激しくマッサージすると、ついにソニアは陥落した。

 ヒクヒクと痙攣して、上気している。


「魔物と戦うよりも大変だな。

 すぐ立てそうにない」


「冗談でしょ?」


 確かにハァハァと肩で息をしている団長は珍しい。

 ソニアは紫色の髪をかきあげ、屈託ない笑顔を見せた。

 団長をグイッと引き寄せ、腕まくらをする。

 強がりだが、今ソニアは俺の女になっているんだと自覚させておきたい。


「今日、森で崖から落ちた時、ああ、親父と同じ死に方をするのか、と一時、死を受け入れてしまった。

 すると何故かテツオが頭に浮かんだんだ。

 それからは必死だった」


 ソニアはその時を思い出す。

 盾で壁を殴って身体を飛ばし、なんとか滝壺に落ちる事が出来た。

 そこで気を失って、見知らぬ冒険者に助けられた。


「……お前は不思議な奴だ」


 ソニアはそう言って、俺の胸で安らぐように目を閉じる。

 室内は暖炉の薪がパチパチと鳴る音だけが響いていた。

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