第74話天使


 マジか。

 人の夢に勝手に現れて、いきなり死ねとか言われたんですけど。

 しかも、人類の味方と思っていた天使から。

 本当に天使なのか?


 死ねと言われて、はいそうですか、分かりました、とはならない。


「そんな話に付き合うのも馬鹿らしいですけど、一応理由を聞かせて下さいよ。

 これでも魔王や悪魔を倒して、人類に貢献してるつもりでいたんですけど」


 ——勇者は、より凶悪な魔王を倒しに海の向こうへ行かなきゃいけない。

 それには大きな力がいるの。

 なのに、君は勇者の従者である英雄や勇者を覚醒させる筈の巫女を自分の物にし、勇者の妨害をしてる。

 これ以上は看過出来ないよ。


 慈愛と悲哀の混じった優しい声が俺の心に響き渡る。

 そうだ。

 勇者の使命を成就させるには、人類を助けるには、今なら俺一人の生命が犠牲になればいいだけだ。

 俺がいなくなれば、エナの愛は再び勇者へと向かい、魔王を倒す為の大きな力を得る事が出来るだろう。

 俺がいなくなれば……


 …………


 あぶねっ!

 あっさりと死を受け入れちゃうとこだった!

 なんだこの洗脳は。


「本当に天使なのか?

 発想が怖すぎるんだけど」


 ————正真正銘、神の御使いよ。

 勇者を導くのが私の仕事なの。


 夢とはいえずっと感じる聖なる波動は、時のお姉さんが持つオーラに近い。

 この神聖なオーラは悪魔などには決して出せないだろう。

 でも、死にたくはない。


「ん?

 俺を殺すとして、どうやって殺すんです?

 俺多分結構強いですよ?」


 ————エナの身体に降臨して、貴方を絶命させる。

 決して苦しい思いはさせないから。

 貴方はただ輪廻に戻るだけ。


 さっきから全て即答だ。

 発言全てに一切間が無い。

 ずっと感じていた違和感の正体が分かった。

 天使の声は、優しい口調で心の奥底に響き、不思議な説得力がある。

 だが、話す内容はテンプレートの様に準備された機械的なものなのだ。

 なんかこう、生命を奪う人間に対して遠慮が無いというか、淡々と言葉を繋げているだけ。

 人の生命を何だと思っているんだ!


「やっぱり納得出来ませんね。

 天使って人の命を守るもので、奪う存在ではないと思ってましたよ。

 この世界についてはまだよく分かってませんが、やはり受け入れる事は出来ないです」


 ——致し方ありません。

 大いなる意思の前に人はどれだけ無力か教えましょう。


 !


 あれだけ優しかった声が、急に冷たく突き放す口調に変わった。

 さっきまでの会話はなんだったんだよ!

 電話詐欺にかかる人達の気持ちが分かる気がした。

 騙せないと分かったら本性表してキレる感じに似ている。

 反社会勢力じゃねーかよ!


「騙されんぞ!」



 ——————

 


 突如、視界が真っ白になり目が覚めた。

 頭がぼうっとする。

 何か大事な事を忘れているような。


 ん、胸が熱い。

 くっついて寝てるエナの体温かな?


 横を見るとさっきまで寝ていたエナがいない。

 あれ?


「ガハッ!」


 胸に激痛が走った!

 カツンと床に鋭い金属が突き刺さる音がした。

 エナの手から血で染まったナイフが落ちたのだ。

 ……エナ?


「あ、ああ……テツオ様、どうして……、そんな……」


 俺の胸から鮮血が勢いよく吹き出し、エナの裸を赤く染めた。

 涙が止まらないエナの頭に優しい声が響く。


 ——エナ、全ては世界の平和の為なんだ。


「い、いやぁーーー!」


 エナは絶叫して気を失う。

 崩れ落ちる身体を受け止めようとして、手を伸ばしたがうまく力が入らない。

 そのまま倒れ込み、床に顔を打ちつけてしまったが、その上にエナの身体が乗っかる。


 俺を刺したのは、エナ……なのか?

 ……な……んで?


 ……ダメだ。

 もう意識が……


 死……


 ——————


 ————


 ——



 真っ白な空間。

 浮いてるのか、漂っているのか、なんとも判断がつかない。

 自分の姿が見えないので、どんな状況なのか分からない。

 腕を目の前に持ってくる感覚はあるのに、視界に入ってこないのだ。


 つまり、肉体が無いが、意識はある状態。


 エナに刺されて死んだのは覚えている。


 天使との対話を思い出す。


 エナと共に眠る。


 断片的な記憶が繋がっていった。


 そうだ。

 エナが俺を殺したんじゃない。

 天使がエナの身体を使って俺を殺した。

 俺に不変の愛を注ぐエナに殺しをさせるとは、なんて酷い事をするんだ。

 エナの受けたショックがどれほどのものだったか計り知れない。


 ああ……、エナ……



 ——テツオ、すまなかったな。


 声がする。

 座っている女性が見えてきた。

 ああ、時の神のお姉さんだ。

 無表情は崩さないが、相変わらず美しい。

 人間には決して届かない次元を超越した神格的な美。


 その美しい目が今回は悲しい眼差しに見えなくもない。

 あるいは目から悲哀の気流が感じ取れるのか。

 神の放つエネルギーは人智を超えている。


 その目を見ていると、自分が本当に死んでしまったのだとすんなり受け入れる事が出来た。


「いやぁ、こちらこそすいません。

 せっかく転生させてもらったのにあっさり死んじゃいまして。

 天に召されたって事ですよね?

 ほんの六日間でしたが中身の濃い日々を過ごせました。

 ありがとうございました」


 身体は見えないが、自分の中では深々とお辞儀をしているつもりだ。

 本当に貴重な体験をさせていただいたと思う。

 前世ではあり得ないくらいたくさんの美女が抱けた。

 もし心残りがあるならば、そうだな。

 記憶も証拠も消して時間を戻せるんだし、もっと手当たり次第美女をマッサージしまくればよかったかもしれないな。

 あともっと世界中を見て回りたかったかな。

 結局、北の国しかしらないし。


 六日間か……


 もっとここに居たかったなぁ。

 俺が死ぬとどうなるのだろうか?

 みんな悲しんでくれるかな?


 ——いやいや、お主結構時間戻しとるからの。

 戻した時間を日数にすれば十日は超えておる。


 てへぺろっす。


 ——ふう、話を戻そう。

 ワシが謝ったのは、あの天使についてだ。

 勇者を覚醒させる、という目的を完遂する為ならアレはなんでもする。

 お主が現れた事で歪んでしまった運命を無理矢理修正しようとしたんだな。


 神の御使なのに?

 人まで殺すのか?


 ——天使にも色々おる。

 誤解の無いように言っておくがアレはたまたまそういう天使だっただけだ。

 ワシもまさかアレがテツオを殺す行動に出るとは想定外だった。


 え、神様なのに?

 想定出来ない事とかあるの?


 ——だから、謝っておる。

 お主が力を悪用する悪人であれば、このまま死んでも仕方ないと思っておったが、お主の働きはどうやら人の役に立っているようだ。

 それにお主が死んだら悲しむ人間もおる。

 とはいえ、このまま生き返るだけでは何度時間を戻そうが、お主はアレに命を狙われ続けるだろう。

 今回ばかりはワシがなんとかしよう。


 つまり、生き返れる?

 またあの世界に戻れる?

 あ、でも勇者の覚醒は?


 ——ふふ、覚醒の方法など他にもある。

 全ては勇者次第よ。

 お主は今まで通りこの世界で自由に過ごせ!

 さぁ、戻るがよい!


 時のお姉さんはいつも急に話を終わらせる。

 生き返れるのは助かったけど、聞きたい事いっぱいあるんだけどなぁ。

 あれか。

 あんまり、情報与えたくないのか。

 何でもかんでも教えてしまったら知る楽しみが減るってやつか?



 ————————


 ————


 ——


 気が付くと、エナの部屋に戻っていた。

 エナは俺の腕の中ですぅすぅと寝息を立てている。


 ふぅ、助かった……のか?


 エナをジッと観察する。


 巫女は天使を降臨させる媒体だ。

 いつあの天使がエナの身体を使って俺を狙ってくるか分からない。


 すると突然、眩い光が部屋を覆いつくし、エナの目が開いた。

 目が光っているじゃないか。

 ちょっとしたホラーだ。

 え?時のお姉さんの対応まだ済んでないんじゃないの?


 腕枕してる状況だが、何かしらの攻撃が来るかもしれないと警戒していたら、エナの口がゆっくり開いた。

 口からなんか飛び出すとか無いよね?

 天使が話し出す。


「どういう事なんだろう。

 君は殺害対象から保護対象に切り替わったよ。

 神の加護が働いた様だね」


 エナの容姿なのに、その口からは全く違う声が聴こえてくる。

 優しい声。

 これで命を狙われずに済む事に心の底から安堵した。

 エナが襲ってくるなんて恐怖は二度と御免だ。

 エナの身体への降臨が完了したのか目の光が少し落ち着いてきた。

 その代わりに身体の所々に紋章が浮かび上がり光っている。


「私はレミエル。

 もしこの先、助けがいるならそれに応えるよ。

 そういう指示が私を上書きしたみたい。

 でも天使の力、……悪用しちゃダメだよ?」


 例えるなら、女教師が勉強を優しく教えてくれるような、悪戯を優しく諭してくれるような、糖度の高い甘ったるさがそのダメと言う台詞から漂ってくる。

 ダメって言われると逆に反抗したくなるのが男心ってものだろう。

 それを裸の女が脳内を揺さぶる優しい声で囁いているんだからどうしようもない。


 天使って男なのか女なのか、そもそも性別なんてないのか、そんな事を考える前に既にマッサージしていた。


「…………何をやってるの?」


 聞く耳は持たない。

 そう、俺はあくまでエナをマッサージしているだけだ。

 金色の瞳を見つめながら施術を続ける。


「んっ?んんっ!」


 オナゴの反応キター!


 天使レミエルとやらは、眉間にしわを寄せ快楽の表情を見せた。

 その変化に戸惑っている。


 そうだろう、そうだろう。

 エナの身体に同期したのであれば、その敏感なところも共有しているという事。

 そして、悪魔のみならず天使にも通用した俺の匠の技。

 性技は勝つ!


「レミエルこのままマッサージさせろ。

 そしたら、エナにさせた事をチャラにしてやるから」


 構わずマッサージしながら、レミエルの耳元に囁く。

 実は先程から身体の振動が止まらない。

 レミエルから漏れる吐息が、微かな声が、脳内に響き渡り多幸感に包まれる。

 これが天使の抱擁なのか?


「好きにしていいよ」


 その言葉を聞いただけで達してしまった。

 その台詞を反芻するだけで過度の興奮状態に陥ってしまった。

 天使マジ最高。

 淫魔サキュバスの精気を全て吸い取っていく背徳的な快感も腰が抜ける程気持ちいいが、この天使レミエルの魂ごと全身を幸福で包み込む快感は人間なら誰しもが骨抜きと化すだろう。


「んっ……ふぅっ……」


 とうとうレミエルが快楽を押し殺す吐息を漏らし始めた。

 天使にマッサージしているというこの上ない充足感。

 絶頂し続けながら身体を動かす。

 永遠に動き続けれる。動きを止めたくない。

 これはヤバい。

 ヤヴァイ兵長と名付けよう。

 いやいや、興奮して頭がおかしくなっているな。

 これは理性が保てない。


 頭の中が……白くなっていく…………

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