第68話事務官

 グレモリーに呼び出され、ジョンテ城に戻ってきた。


 ボルストン城からの使いの者が来ているという。


 領主への使者は基本、大臣か大臣の部下が務めるらしい。


 ラウールに促され、会議室に入ると使者が二人、椅子から立ち上がる。


 前に神官と一緒に来た腹ポテの中年大臣と、初めて見る髪の長い綺麗な女性だった。

 見知らぬ美女がいるだけでテンションが上がっちゃいます。


 大臣の名前は確か……

 いや、知らんな。

 おっさんの名前などいちいち覚えていない。

 大臣、それかおっさんでよい。


 大臣と美女が丁寧に会釈をする。

 おっさんに頭を下げられるのは、すこぶる気持ちがいい。

 上司に頭を下げさせている気分になる。

 前世ではペコペコしてばっかりだった気がするからな。


「突然のお目通り、大変失礼致します。

 此度はテツオ侯爵の祭典での打ち合わせにやって参りました」


「え?」


「は?」


 忘れていた。

 三日後、この街で俺の領主就任を祝う祭典をしなくてはいけないのだった。

 そんなの別にしなくていいんだが、来賓に王侯貴族がやってくるというからたちが悪い。

 何か仕事をしなくてはいけないとなると億劫になる。


「ええ、もちろん覚えております」


「え、あ、はい。

 それは良かった」


 おっさんは額から流れる汗を拭いて焦っていた。

 見ていて面白いな。


「あの、私は事務官のキャミィと申します。

 大臣は多忙の為、祭典までは私が担当致しますので、どうか宜しくお願いします」


 ゆっくり落ち着いた丁寧な口調で、キャミィと名乗る美女は挨拶をした。

 かなりの好印象だ。

 最初秘書かと思ったが違っていた。

 縛っていてもお尻まで届く深緑色の長髪。

 顔の三分の一隠れるほどの垂らした前髪が非常にセクシーだ。


「それでは、キャミィ君頼んだよ。

 侯爵、私はこれで失礼します」


「お疲れ様でした」


 うっ、なんだ?

 お疲れ様でした。

 この台詞を言った瞬間、嫌な気持ちになった。

 前世で嫌な記憶がある言葉だろうか。


 気持ちを回復させる為にラウールに席を外させ、キャミィと二人で打ち合わせをする事にした。

 仕事が出来る女を真近で見るいい機会だ。

 椅子に座るとタイトな白スカートが少し上がり太ももがチラリと見える。


 ふぅ、役得役得。


 祭典自体は、領民達に王という存在をアピールする格好の場であって、俺自体は付録の様なもの。

 ダシに使われているだけだ。

 つまり、今回来た使者の仕事は、王が泊まる場所、食事、王の舞台など、王に相応しいものが用意出来るかどうかの視察となる。


 ふぅ、最低最悪。


 城内の来賓用の部屋を見せる。

 NGが出た。

 もう少し大きな部屋があればいいらしい。

 無いのであればこちらでもやむを得ない、とは言うが。

 ふぅむ。

 特別にテツオリゾートホテルのスイートルームを用意しようか。

 むしろ、VIPにあそこ以上相応しい部屋はあるまい。


 領内も視察したいというので、城を出て街を歩く。

 今日はいい天気で良かった。

 慣れてない女性と歩くのは些か緊張するのはいつもの事だが。


「領主様、こんにちは」


「おー侯爵、あの農場は最高だ!

 ありがとな」


 通行人が俺にすれ違う度、領主様、侯爵様とフレンドリーに挨拶してくる。

 どうにも有名になってしまったもんだ。

 手を振る程度の対応をしながら躱していく。


 キャミィがチラチラと俺を見ている気がする。

 なんだなんだ?


 気にせずしばらく歩いていく。


「あちらは何の施設なんですか?」


 キャミィが、白い壁に透明度の高い窓がたくさん嵌め込まれた建築物を指差して訊ねる。


「あそこは、王都にある魔法学院の様な学校ですね。

 現在、四歳から二十歳までを対象にこちらで学ぶ事が出来ます」


「ええっ?」


 そう。

 サルサーレでもジョンテでも、小さい子供は学校に行かず、親が教育するのが常識で、勉強に興味がある子供は教会などで軽く学ぶ程度が現状だ。

 長期的に考えて文化レベルを上げるには教育制度が絶対に必要だと思う。


 街にいた学者、識者達を説得し、教師として雇用した。

 ジャンルにおいては、植物学、魔法学、戦闘術、言語、音楽など統一性は無いが、まずは学ぶという事を識り楽しんでもらいたい。

 教室の数は、張り切り過ぎて三十クラス作ったが、今使われているのは十歳以下と十一歳以上の二クラスのみ。

 それでも、グレモリーの報告では、街の殆どの子供が入学したようだ。

 大変喜ばしい。


「これは大変素晴らしい試みですね!

 私、感動しました」


 キャミィがキラキラした目で俺を見てくる。

 ふふふ。

 さては好感度がアップしたな。


「街はこんなところですね。

 では、場所を移動しましょうか」


「えっと、宿屋は街の入り口では?」


「それも、これからご案内しますよ」


 街を定期的に走る馬車を呼び止め、キャミィの手を引きエスコートする。

 車内はジョンテ特産の白金細工が施され、高級感溢れる内装と上質な革貼りで乗り心地は快適だ。


「全然揺れませんね!

 凄いです!」


 キャミィが些か興奮気味になってきたな。


 以前は舗装されているのは貴族が住む区画のみ、他は泥道や砂利道ばかりでひどいものだった。

 現在、街の道路は全て舗装済みで揺れは最小限に抑えられている。

 魔石制御による無人タクシーも運行可能ではあるが、あまり領民の仕事を奪ってはいけない。

 何事にもバランスが必要だ。


 前方にいよいよテツオパークリゾートが見えてきた。

 横に座るキャミィは俺の予想通りの顔をしていた。


「こ、これは何なんですか?」


 開いた口が塞がらない。

 だらしない口をしやがって。


「ジョンテ一番のサプライズです」


 ここに何があるかを簡単に説明する。

 スパ、遊園地、ビーチ、ホテル。

 どれもいまいちピンと来てないようだ。


 キャミィに関係者専用パスポートを渡し、中へと進む。

 先ずは式典に使える多目的ホールを案内する。

 広さ、VIP席、セキュリティ共に一発OKをいただいた。


 それよりも遊園地に興味津々のようだ。


「行ってみる?」


 もう敬語は使わなくていいだろう。


「いいんですか?」


 まだ時間は午後四時。

 特に予定がある訳でもない。

 少しくらいなら付き合ってやってもいいだろう。

 というか、突き合いたい。


 コーヒーカップ、メリーゴーランド、子供向けジェットコースター。

 キャミィは視察中にも関わらず、少女の様にはしゃいでいる。

 真面目でキツい目つきをしてるから厳しい性格なのかと思いきや、子供の様に無邪気な笑顔を見ると印象が変わったな。


 子供用とはいえジェットコースターに乗って、ハァハァと息を乱している。

 腰に手を回して次のアトラクションでトドメだ!


 大観覧車。

 遠くにデカス山脈の稜線が、そして眼下には街や川が一望出来る。

 ジョンテ領の素晴しい景観をその目に焼き付けるがよい!


 夕陽を見ながら、キャミィが興奮気味に話す。


「私、感動しました。

 こんな街、他に見た事ありません。

 凄いです。

 領主様を尊敬します!」


 下に降りてくるまで、キャミィはこの街がいかに他の領地と違うか、その素晴らしさをつらつらと語った。

 どうやら話し足りないみたいなので、スパリゾートホテル二階にある高級クラブに誘うと、ホイホイとついてきた。


 今日からしばらくはここに滞在するらしいから、お酒を飲んでも大丈夫だそうだ。


 クラブに着くとまだ開店前だったが、アマンダが店を開けてくれた。


「テツオ様、お待ちしておりましたわ。

 あら?そちらのお方は?」


 何だろう、この後ろめたさは……

 アマンダの物言いに含みを感じるのは俺の思い過ごしだろうか?

 いや、俺は自由に生きる冒険者。

 堂々しておればよいのだ。


「ちっ、違うんだ!

 こっ、こちらは王都から視察に来られた事務官の、キャミィさんだ。

 丁重にもてなしてやってくれ。

 キャミィさん、こちらはアマンダだ」


 ふぅ、セーフ。

 噛まずにうまく言えた。


「そうでございましたか。

 キャミィ様、この度はジョンテの街へようこそ。

 ごゆっくりとお寛ぎ下さいませ」


「はい、ありがとうございます」


 アマンダは流れるようにキャミィから酒の好みを聞き出し、会話を弾ませ、いつの間にやらほろ酔い状態にまで持っていった。

 同性だろうが関係無く虜にしてしまう、この魔性のテクニック。

 げに恐ろしき。


「ちょっと失礼」


 レストルームに向かう。

 この領地のトイレ事情は酷いものだった。


 川の上に小屋があり、穴に向かって用を足す、事後は布や荒い紙を湿らせて使う。

 貴族のトイレは、高級な布を何枚も使い捨て、召使いが溜め桶を川へと洗いに行く。

 その為、川上に王侯貴族が住むのはどこへ行っても変わらない。


 俺は魔石制御で魔法便所を作り上げた。

 水魔法、風魔法、闇魔法を色々組み合わせ、使用者をより綺麗な状態にし、排泄物は消失させる。

 このトイレを街中に設置した。

 清潔さは何にも勝る必須事項だ。

 非常に満足している。


 魔法って本当に便利だ。


 トイレを出ると、数人の女性達が控え室へと入って行くのが見えた。

 デカスに住むメリーズ達だ。

 労っておこう。


「みんな、お疲れさん」


 女性四人が俺に気付くや、可愛い笑顔で挨拶をする。

 うん、気持ちいい。


「みんな、うまく仕事してますわ」


 いつの間にやら俺の横にアマンダが立っていた。

 アマンダには、三十五人の女性の中から特にクラブ勤務に向いていそうな女の子を選んでもらったのだ。

 だが、接客業である以上、誘拐された時の心の傷が心配なのは否めない。


「アマンダに任せっきりで悪いな」


「いえいえ、こんないい環境でのびのびと自由にやらせてもらっています。

 毎日、楽しいですわ。

 ……後は、テツオ様に可愛がって貰えたら言う事はありません」


 上目遣いで俺の胸にそっと人差し指を這わせる。

 俺の身体に電撃が通り抜けた。

 まさか、アマンダも雷系魔法を持っていただなんて!

 ビリビリするぜ。


「も、もちろん。

 その内な!」


「ふふふ、楽しみにしてますわ。

 それよりも、あの可愛らしい事務官さん。

 どうするおつもりですか?」


 やっぱり突っ込まれたか。


「彼女は情報をいっぱい持っている。

 色んな話が聞ければいいな、と」


「分かりました。

 どれくらい酔わせたいか仰っていただければ、その様に致しますので何なりと」


 耳元でそう囁くと、妖艶な笑みを浮かべてホールへと戻っていった。


 エロくて怖い。

 アマンダは最強の夜の女王だ。


 オープンしてすぐにこの店は予約で一杯。

 アマンダの魅力はどの街でも、男を軒並み虜にしてしまう。


 暫く余韻で惚けていると、目の前のメリーズ改めアミーズレディ達が、服を着替える為に裸になりだした。

 一応、待っていたみたいだが、俺が出て行かないから着替え始めたようだ。


「あっ、すまん!

 邪魔したな!」


 そそくさと控え室を出ると、「邪魔だなんてぇ」「見られても構わないのに」「むしろ見て欲しい」「私……魅力ないし」など色々な声が聞こえてくる。


 同じ屋根の下で暮らしているのに、手を出さないのは失礼なのか?

 そろそろ一人ずつ吟味してもいい頃合いかもしれない。


 時計を見ると六時過ぎ。

 今日は魔力不足の為、時は戻せない。


 時間は大切に使わなきゃな。

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