第65話東の森②

 先程の広場に戻ろうとすると、突然木の根がしなり襲いかかってくる!


 いや、これは木じゃない!


 黒茶色の針葉樹に擬態した恐竜ジョノニクスだ!

 さっきは岩肌の白灰色だったのに、こんなに早く変化できるとは。


 その太い尻尾がメルロスを捉えた。


「きゅっ!」


 胸に抱いていた土精霊ノムラさんが身を呈して守ったみたいだが、メルロスはその勢いのまま川へと落ちていった。


「メリー!」


 気を失っているのかメルロスが川から上がってこない。

 恐竜はその様子を見届けると、木の上へと登っていった。


「逃げていったわ」


 狡猾な奴だ。

 リリィの間合いに入らないように、他の二人を狙ってきてるのか。


「とにかくメリーを救助しないと!」


 山から流れてくる水はとても透き通っているので、川の中のメルロスがよく見える。

 川に飛び込み、急いで彼女を助け出す。

 直ぐに意識を取り戻したので、周囲を警戒しながら咳き込む背中をさすってやる。


「めちゃくちゃ冷てぇ」


 デカスの雪山から流れてくる水はキンキンに冷えてやがる。

 いつもなら、【火魔法】と【風魔法】で一瞬のうちに乾かすのだが、これじゃ凍えてしまうぞ。


 周囲を警戒しながら寒さで震えるメリーを抱えて歩いていると、先程の広場がようやく見えてきた。


 バリボリと何かを破砕する音が聞こえる。


 大きな岩に隠れて様子を見ると、傷付いたジョノニクスがゴブリンや魔獣を食べているではないか。

 リリィから受けた裂傷がみるみる塞がっていく。

 食事してすぐ傷が治るっておかしくないか?


「隙だらけね。

 次は倒してみせるわ」


「待て」


 リリィが意気込むと、何処からか声が聞こえてきた。


「え?

 テツオ何か言った?」


「いや、岩の方から声がしたような」


 岩の下を注意深く見てみると、全身草に覆われた人間が隠れていた。

 草の隙間からギョロッとした目が覗き、目が合って思わず驚く。


「うわっ!」


「馬鹿野郎、静かにしろ」


 男は口に人差し指を当てるジェスチャーをして、ヒソヒソと話す。


「アレはもう変異体になっている。

 俺の狩りの邪魔をするな」


 分かりにくいのでこいつを草男くさおと呼ぶ事にしよう。

 草男は、ジョノニクスが犬型魔獣を口に咥えたタイミングを見計らってカチリと何かを作動した。


 ボゴン!


 直後、恐竜の口が爆発する。

 魔獣の死体に罠を仕掛けていたのか。

 恐竜はブンブンと首を振って悶え、川の中に頭をドブンと突っ込んだ。


「読み通り」


 草男が何かを引っ張ると、恐竜の両脚にロープが絡みつく。

 反動でロープに付いていた巻物が広がり、そこから氷の矢が次々と放たれた。

 魔法を封じ込めた魔道具、巻物スクロールか。

 大量の凍てつく矢を浴びた恐竜は断末魔の如き叫び声を上げる。


「これが、ハントりだ」


 草男がボソリと呟いた。

 その声には勝利を確信した力強さを感じる。

 成る程、こういった戦い方もあるのか。

 魔法を封じた巻物ならば、魔法も活用できる、と。

 ふむ、勉強になる。


 草男はムクリと起き上がると、口や身体から血を流して悶える恐竜に近付いていった。


「今、楽にしてやる」


 草男が剣を抜くと刀身がキラリと光った。

 それを感知したのか定かではないが、恐竜が勢いよく回転した。

 大木の様に太い尻尾が草男にモロに直撃する。


「ガハッ!」


 全身緑色の男は凄い速度で森の中へと吹き飛び視界から一瞬で消えた。


 恐竜の目が赤く光り、口が開く。

 まるで笑っている様に見えるのは俺の気のせいか?

 そんなに知能がある訳がない。

 いや、変異体とか言ってなかったか?


「リリィ!」


「分かってるわ!」


 手負いの今がチャンスであるのはリリィも承知済みだ。

 恐竜は逃げようとしたが、脚にロープが巻き付いているせいでバランスを崩す。

 それを見逃す程リリィは甘くはない。


光速剣ライトニングソード!」


 飛び上がって頭上から防御不能の剣撃を穿つ。

 剣が眩く光り、一直線の迸る光が恐竜を貫通し体内から破壊した。


「ギギッ……」


「やった!」


 ジョノニクスがゆっくりと地面に吸い込まれていく。

 ズシンと倒れた衝撃が地震のように響き渡った。


 強敵だった。

 だが、まだ俺は安心しない。

 手足を切断して完璧に動けなくしてから、しっかりトドメを刺しておこう。

 心配の種は確実に摘みきる。


「グゥルァアッ!」


 近付いた俺にジョノニクスが大きな口を開けて襲いかかってきた!

 なんて執念だ。

 まだ動けるなんて!


 俺は懐から昨晩暗殺者アサシンニーナから取り上げた巻物を、恐竜の口に放り込み、後ろへ思いっきり飛んだ。


 大爆発!


 目の前が真っ白になる。

 巨大な爆風が巻き起こり吹き飛ばされた。



 ——————



 ……暖かい。


 ポカポカした陽気の中、昼寝をしている。


 三人でピクニックだ。


 リリィとメルロスが、膝枕の順番を巡って喧嘩をしている。


 そんなに頭を引っ張ると首を痛めちゃうよ。


 痛い痛い。


「テツオ様!」


 目が覚める。

 木漏れ日に包まれ、リリィの青い髪とメルロスの白金色の髪がキラキラと光っている。

 二人は力強く俺の身体を揺さぶっていた。


「痛い痛い!

 起きた起きた!

 起きたからやめて!」


 二人が涙目で俺の顔を見ていたが、安堵の表情に切り替わる。

 気絶していたのか、俺は。

 ったく、なんて効果の巻物スクロールだよ。

 あれを使っていたら城ごと吹き飛んでいたぞ。

 ニーナ……、自爆するつもりだったのか。


 さっきから顔が暖かいな。

 視線を熱の出所へ移すと焚き火があり、その脇には草男が佇んでいた。

 草塗れの頭巾を外し、ようやく顔が見れたと思いきや、顔中髭もじゃでギョロリとした目が分かる程度だ。


「気が付いたか。

 運が良かったな」


 こいつも無事だったのか。

 結構派手に吹っ飛ばされていたのに。


「本当に無事で良かったです。

 ご主人様」


「心配したんだからね」


 二人が俺から離れようとしない。

 起き上がると身体中が包帯でグルグル巻きになっているではないか。


「なんじゃこりゃあ」


「ご主人様は爆発に巻き込まれ酷い火傷をしていました。

 こちらのお方が治療してくれたのです」


 髭もじゃがよく分からない燻製肉を齧りながら手を振る。


「礼はいらん。

 俺も助けられたからな」


「いえ、助かりました。

 ありがとうございます」


 この地の領主として礼はしないといけない。


「名前を伺っても?」


「ラモスだ」


「ラモスさんはここで何を?」


 彼は見た目通りではあるが冒険者だった。

 二年間ずっとこの森の中で恐竜や魔物を退治し続けているという。

 この伸びた髭を見れば納得だ。


 こいつが唯一領内にいる金等級ゴールドだったのか。

 恐らく領主が変わった事すら知らないだろう。


「ジョノニクスは本来用心深い性格をしていて魔物には近寄らない。

 今回の突然変異はどうも腑に落ちないと言わざるを得ない」


 更に、恐竜が魔物と戦う事があっても、魔物を食べたりは滅多にないと言った。

 本能的に食物連鎖から外れた生態系を食べないらしい。


 さっきの奴がたまたま異常な個体だったのか分からないが、もし他に何体も変異体がいるのであれば何か原因があるのかもしれない。


「そういえば、恐竜の死体は?」


 ラモスは目を閉じて首を横に振った。

 髭がわさわさと揺れる。

 恐竜は爆発で木っ端微塵になったようだ。


 俺達の任務は、滝まで行って戻るだけ。

 その間、恐竜がいたら退治し骨を残しておく事。


 時計を見ると午前十一時を越えた辺り。

 一時間も寝てしまったのか。


「二人共待たせてすまない。

 さぁ出発しよう」


「ご主人様、引き返さないのですか?」


 メルロスが不安そうに俺を見つめる。


「どうしたメリー?

 どこか怪我でもしたのか?」


「何言ってるのよ、テツオ。

 重傷は貴方よ」


 リリィに指摘された。

 え?俺、重傷なの?

 ムクッと起き上がり、ピョンピョンと跳ねてみる。

 どうという事もない。

 二人が唖然としている。


 この森じゃ魔法が使えず自分を【解析】出来ないが、軽く睡眠を取ったお陰で体力、魔力共に幾分か回復した気がする。


 問題があるとすれば服がまだ少し濡れていて気持ち悪い程度かな。


「これも何かの縁かもしれないな。

 道案内してやろうか?

 勿論、報酬は頂くが」


 森を熟知している冒険者が同行してくれるならこれほど心強い事はない。

 二つ返事で協力をお願いした。



 ———————



 やはり、ラモス加入は良く考えるべきだった。

 ラモスは道無き道、死と隣り合わせな危険なルートばかりを選んで進んでいった。


 刺の付いた植物の密集地を歩いて身体中傷だらけだし、何故か沼地に入って泥だらけだし。

 今まで移動は全て魔法一筋の一途な俺には、過酷な行軍だった。

 極め付けは落ちたら間違いなく死ねる高さの崖を、木の枝に雲梯の様にぶら下がって伝いながら渡った時は死を意識した。

 森の中なのに、なんで崖があるんだよ。


 昔、リリィをデカス山に連れて行った時の事を思い出す。

 リリィはこんな辛い思いをして俺の後を必死こいてついてきてたんだな。

 いつか優しくしてやろう。


 そんな俺の気持ちはつゆ知らず、リリィとメルロスは涼しい顔をしてスイスイと先へ進んでいく。

 メルロスは魔法が使えなくても、ハイエルフ特有の軽やかな身体能力を発揮している。

 そんなの聞いてないからおいらびっくりしちゃったよ。


「どうだ!

 エンカウントせずに目的地に到着したぞ」


 ラモスが背丈以上の草を掻き分けると、百メートルはありそうな巨大な滝が目に飛び込んできた。

 上を見上げるとデカス山の岩壁から森の池へと細長い滝が降り注ぐ。


 上部は雪山でかなり寒そうなのに、滝壺周辺は生暖かく多種多様な植物が生い茂り、鳥や動物達が水を求めて集まっている。

 気温差がおかしな事になってないか?

 いや、そんな事より。


「ラモスさん、すいません。

 我々の今回の任務は恐竜を退治して、骸を晒し、山へと追いやる事なんです」


 そう説明するとラモスはボサボサの頭を掻いて暫く沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。

 自分を落ち着かせる時間が必要だったようだ。


「営利目的の冒険者や商人はジョノニクスの毛皮や肉が欲しいから、そういうデマを流したんだろうな。

 なまじ間違ってもいないからタチが悪い。

 あいつらは仲間に危険を伝える目印に爪や牙を残す。

 殺さなくていいのならそれだけを採集して、目立ちやすい木にぶっ刺しておけばいいだけだ」


 なるほど。

 追い払うだけなら倒す必要は無いのか。

 だが、あの恐竜から爪や牙だけを採取するのも大変そうだが。


「分かりました。

ジョノニクスを探しにいきましょう」


 出発しようとすると、ラウルは背中から麻袋を取り出して広げ、ザラザラと揺らして中を見せてきた。

 それを三人で覗き込む。

 中には大量の牙や爪が入っていた。


「あるよ」


 あるのか。

 じゃあ帰ろう。


 この南ルートからでは、【ノールブークリエ】のメンバー達とは、山に入らないと合流出来ないということで、比較的安全な道から引き返した。


 もちろん、ラモスから譲ってもらった爪や牙を木に差し込みながらではある。


 ゴブリンや魔獣が出たが、難無くリリィが瞬殺する。

 恐竜は無理して倒さず、少し脅して逃してやる。


 変異体とはもう遭遇しなかったが、この男が森を守る限り大丈夫だろう。


 これは俺の考えだが、変異体のジョノニクスが現れた事によって、他の恐竜達が逃げ惑い、縄張りを外れ人間の生活圏へと出てきてしまったのでは無いのか、と。


 それよりも魔法が使えない状況、状態で何も出来ないのはまずい。

 レベル21ではこの先とても生き延びれない。


 強くなる為に特訓しないとな。

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