第64話東の森
サルサーレ領の南に位置する当ジョンテ領が、デカス山脈に囲まれているのは周知の事実だが、平原と山脈の間には三つの深い森があるのはあまり知られていない。
森自体は繋がっているのだが、西の森、東の森、南の森とそれぞれ区別され、性質や特徴は各々違っているのでいくつか説明しておこう。
先ずは西の森。
この森に棲息する敵性生物は比較的弱く、
森自体は平坦で緩やかな地形をしており危険度は低いが、非武装はお勧めしない。
突然変異の強力な魔獣がいつ現れても決しておかしくはないのだ。
次に東の森。
元々、魔物が多数棲息する森と言われているが、最近恐竜が多数発見された事で生態系に変化が生じ、危険度は急激に跳ね上がっている。
地形はかなり複雑で高低差もあり、特殊な植物も多く、非常に迷いやすい。
ここでは戦闘だけでなく高度なサバイバル能力も求められる為、腕に自信がある者以外は立ち入るべきではないだろう。
南の森についてはまだまだ謎が多く、いずれ後述するのでお待ちいただこう。
話を東の森に戻す。
森と言うと、木が密集した地帯という認識で合っているのだが、この東の森はデカス山の地形の影響が大きく、渓谷や滝など多種多様な厳しい自然を内包している。
複雑で入り組んだ地形も相まって、この森に入る事が出来るアクセスポイントは二つだけだ。
テツオ
テツオ達は、森に到着するまでの平原の至る所で、恐竜ジョノニクスが横たわっているのを確認している。
朝早く先行した【
この恐竜の肉は非常に美味で栄養価も高く、高値で取り引きされる。
残った
こういった光景は珍しくない。
尚、骨を放置する事によって、それを見た恐竜は縄張り争いに負けたと本能で感じ取り、これ以上先へは決して来ない。
森の中に棲息する恐竜を、一定量倒せば山へと戻っていくだろう。
彼らの今回の任務は、その恐竜を森から追い出しデカス山へと追いやる事。
人間の生活圏だけでなく、森からも追い出すのには理由がある。
とあるレアケースを危惧しているからだ。
続きは彼等の会話が教えてくれるだろう。
「つまり、恐竜が魔物を食べると突然変異する可能性があるって事ですか?」
背の高い青年カンテが女団長に訪ねる。
「そうだ。
恐竜が魔物を捕食した時に魔石をドロップした場合、そのまま体内に魔石を取り込むんだ。
大概は受け入れる事が出来ず排泄するか、もしくは拒絶反応が出て死ぬんだが、稀に凶悪な進化を遂げる個体がいる」
「うわー、怖いですねー。
ただでさえこの森の植物は魔法が使いにくい性質を持ってますし、テツオさん大丈夫ですかねー?
一緒に行動した方が良かったんじゃ?」
カンテが別行動をしている
「そうだな。
テツオは戦闘に魔法を使うんだろ?
ここの植物は魔法を使うと襲い掛かってきたり、魔法を封じてきたりする。
かなり苦戦するだろう」
「馬鹿言うなよ、リヤド。
あいつはあのデタラメな悪魔を倒した奴だぜ?
恐竜くらい屁でもねぇさ」
「でも、実際にテツオさんが戦ってるところを見た人誰もいないんですよね?」
カンテが素朴な疑問を投げかける。
全員が黙ってしまった。
「まぁ、
それより、お前ら自分の心配をしろ。
どうやら、お客さんの様だ」
針葉樹を掻き分けて恐竜がにじり寄って来てるのを、リヤドはその【感知】スキルによって見抜き、他団員に注意を呼び掛けた。
————
滝を目指すルートだということで、安直に川の上流を目指していたテツオ一行だったのだが、水場は恐竜にとっても魔獣にとっても重要な休息所である。
川を辿っていった先ではとんでもない光景が広がっていた。
少し開けた草むらが血で真っ赤に染まっていたのだ。
せいぜい成人男性の半分程の背丈しかない鬼種ゴブリンの死体が三十体近く転がっている。
人間には遠く及ばないが、ゴブリンは同じ鬼種のコボルトより高い知能を有するという。
強敵を見かけたらすぐに逃げるくらい臆病な種族がこんなに大量に殺されているのはどうしてだろうか?
更にはゴブリンが操っていたのだろう何体かの犬型魔獣の死体も転がっている。
「何だこれは?」
敵性反応があるか周囲を確認したいが何故か【探知】が出来ない。
それどころか魔法自体使えない様な。
【
どうした事か?
「実は森に入ってから魔法が使えないんだ」
「私もです。
もしかするとこの森の木々は、魔法を封じる効果があるのかもしれません」
「は?」
メルロスが魔法に反応する植物について教えてくれた。
この森に生えている針葉樹は魔法を吸収し、魔法行使を封印するのだという。
これは非常にまずい。
レベル21である俺の実力は
魔法無しでは足手まといにしかならないだろう。
唯一の救いというか、どうやら【収納】は使えたので、ストックしてある武器や防具を取り出す事が出来た。
ガルヴォルン鋼の片手剣と片手盾を装備する。
身に纏う物はただの布の服だ。
今まで防具なんて考えた事も無かった。
まさか、魔法が使用不可だなんて。
世界は広い、ということか。
「どうやら俺とメリーは今回役に立たないみたいだな。
リリィ、お前だけが頼りだ」
「リリィさん、宜しくお願いします」
突然、頼りにされたリリィは戸惑った表情になったが、咳払いを一つしてにっこりと笑った。
「私に任せて!
役に立ってみせるわ!」
そう言って意気込むリリィを先頭にして再び上流を目指し歩き始めた。
【探知】魔法は使えないが、絡みつく殺気を全員が感じとっている。
襲うタイミングを見計らっているような。
恐竜ジョノニクス。
その死骸しか見ていないが、見た目は大きな蜥蜴だった。
俺の知識にある恐竜は、寒さに弱い大きい爬虫類といったイメージだったが、こいつはボサボサな体毛に覆われていて寒冷地でも対応できるという。
鋭い牙を持つ強い顎、物を掴む事が出来る器用な前脚、二足歩行が出来る強靭な後ろ脚、太く長い尻尾。
正に全身が凶器だ。
巨大な岩壁にぶつかり、これ以上川を辿る事が出来なくなった。
他に先へ進む道を探すが、生い茂った木々が絡み合い道も無い。
これは一旦引き返すしか無いかと振り返ると、背後で岩壁が爆ぜた。
岩が飛んできた訳ではない。
灰色の体毛で擬態したジョノニクスがその身体をしならせて飛び掛かってきたのだ。
リリィが咄嗟に飛び出し、剣撃で弾き返す。
ズドンと凄まじい衝撃音が森に響き渡る。
ジョノニクスはキシャー!と一鳴きすると生い茂った木々の中に逃げ込んでいった。
「何こいつ。
すっごく硬い」
今のリリィの剣撃ならデカス山在住のアイアンウィング《トリさん》辺りは即死間違いなしだ。
こいつ強くなってやがる。
修行の成果か。
「今の攻撃を食らって無事な生物っているのか?
無傷じゃ済まないだろ」
それでもリリィは釈然としない様子だ。
ミスリルの剣を構え直し、森の中を見つめる。
「倒すつもりで斬ったわ。
なのに、素早く逃げていった。
思った以上に手強いのかも」
おいおい、頼みの綱が自信を無くすとヤバイんだけど。
「どうする?
岩壁と木に囲まれた此処じゃ戦いにくいだろ?
さっきの広場まで戻るか」
ゴブリンの死体現場はある程度の広さがあったので、あそこなら恐竜を迎え撃ちやすい。
そして、ここが行き止まりである以上さっさと引き返した方がいい。
ふう、怖いなぁ。
なんだよ、魔法を封印する木って。
俺の
【
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