第63話ボルストン魔法学院

「リンツォイの全魔力でこの魔石を何個満タンに出来る?」


「どれだけも何も、私の魔力では魔石一つすら半分も貯めれませんよ」


「そうか……」


 空になっている檻へと入り、魔力抽出装置である鎖をおもむろに掴む。


「うおぉぉ!」


 掴んだ瞬間に術式が発現し黒ずんだ鎖が紫色に鈍く光ると、みるみる俺の魔力を吸収していく。

 余りの吸収速度に思わず声を上げてしまった。


「いけない!

 急激に魔力を失うと気絶や精神崩壊、最悪ショック死する恐れが!」


「え?そうなの?

 まぁ、見てろ!」


 逆に魔力を自ら流し込んでいく。

 程無く魔石が満タンとなり、白い光を放ち出した。


「魔石がフルチャージしている!

 こんなに速く!」


 驚くにはまだ早い。

 俺は更に魔力を込め続けた。

 次から次へと魔石がイルミネーションの様に点灯していく。


 人間には到底出来るわけが無いと思っていた理解不能な現象を目の当たりし、賢者はその圧倒的な魔力量に、驚愕を通り越して震えだした。


「あ……あぁ……まさかこんな事が……」


 賢者が言葉に詰まっている。

 帰るなら今のうちだ。


「これでしばらくは保つだろ。

 じゃあ、今度こそ行かせてもらう」


「あっ……」


 話す隙も与えず【転移】でこの場を後にした。


 賢者か。

 確かに強い魔法を使ってはいたが、魔王を倒せるレベルにあるとは思えない。

 これからまだまだ強くなる伸びしろがあるのか、それとも英雄の数さえ揃えば相乗効果が期待出来るのか、どちらも定かでは無いが先行きが心配になるな。

 そういえば英雄って全部で何人いるんだろう?

 時代によって違うのか?


 まぁ、いいや。


 エナに会いに魔法学院とやらへ行こう。


 ——————


 ——ボルストン魔法学院


 リンツォイの結界の所為でノイズが邪魔をしたのか、ボルストン王都の上空に【転移】してしまう。

 とはいえ空からの方が魔法学院が探しやすいともいえる。


 外観が赤煉瓦と緑の屋根で構築されているので大変分かりやすく、すぐに学院前へと着いた。

 ここにエナがいるのか。

 校門を潜ろうとすると、守衛さんに止められてしまい中に入る事が出来なかった。


 先程ボルストン王から賜った領主のペンダントを提示しても、何の効果もなく丁重に断られる始末。

 え?

 貴族で領主だよ?

 VIP待遇じゃないの?


 透明化して潜入しようかとも考えたが、エナの前で実体化すれば他の生徒や先生らが驚くかもしれない。

 わざわざ事を荒立てる事も無いだろう。


 王や賢者と会った事実を記録保存セーブする。

次に【時間遡行クロノススフィア】で登校時間に戻した。


 これが失敗だった。

 魔力を著しく欠乏し、軽い疲労状態に陥ってしまった。

 急ぎ、自分を【解析】してみる。


 テツオ

 年齢:25

 LV:21

 HP:430

 MP:8700/1005000


 魔力量が一万以下まで低下している!

 常人はもちろん魔法専門職よりも高い魔力量ではあるのだが、自分の総魔力量が百分の一を下回るとこんな事になるのか。


 足がフラつく。

 用水路の脇に設置されたベンチに崩れるように座り項垂れた。


 各魔法の必要最低限の魔力消費量を、威力、距離、時間諸々を全て無視して数字にすると、


【火球】10

【回復】20

【転移】500

【時間遅行】5000

【時間遡行】10000


 となる。


 魔力量一万以下の何と心細い事か!

 時空系魔法はもう使えないのと同意。


 ……ああ、頭が重い。

 リンツォイの言った通り、一気に魔力を消費すると魔力欠乏により様々な不具合が引き起こされるみたいだ。

 魔力が少ないのが原因なので【回復】は根本的な解決にはならない。


 上半身を屈めて休んでいると、多数の足が見えだした。

 若い男女の足。

 制服姿から学生と分かる。

 ああ、魔法学院生の登校時間か。

 道幅が結構広いので、ベンチで項垂れる怪しい男の側には誰も近寄らない。

 はぁ〜、面倒くせぇ。

 息をするのも面倒で嫌だ。


 すると、足音が近づいてくるではないか。


「テツオ様?」


 この声は。

 顔だけを声の主に向ける。

 そこには心配そうな顔をしたエナが立っていた。


「何かあったのですか?

 顔色が優れないようですが?」


 ああ、エナ。

 こんな情け無い姿を見られるとは。


「ふぅ、野暮用で王都まで来たんだが、ちょっと魔力を使い過ぎてな」


 エナの顔を見て安心したのか分からないが意識が薄れていく。


「失礼します!」


 急にエナが俺の脇に手を添えて起き上がらせた。こんなアグレッシブなタイプだったっけ?


「お、おい」


「学院の医務室にご案内します!」


 周りの目が気にならないのかエナは俺を支えながら学院内へ急いだ。

 生徒と一緒だからか守衛は俺を気にする様子もない。


 玄関口から入ると正面にすぐ医務室があるらしく流れるようにベッドに寝かされた。


 エナが誰かと話をしている声がする。

 どうやら女性の声のようだが。


「突然すいません、先生」


「真面目で大人しい君がまさか男を連れ込んでくるなんてな」


「か、からかわないで下さい」


 エナが俺の症状を先生とやらに伝えると、先生はやってみなさいと返す。


「え、でも……」


「君にはその力があるんだよ」


「……分かりました」


 何が分かったのか分からないが、話が何かの方向にまとまったようで、二人が俺の横にやってきた。

 何が始まるんだ?

 などと考えるのも面倒くせぇ。

 目を開けるのも嫌だ。


 エナが何やら唱え始める。

 途端に暖かい光が部屋中を覆い尽くす。


 な、なんだ?

 何が起こっている?


 エナの頭上に何か人型の光が見えるような。

 羽……?

 これは……天使、なのか?


 エナが俺に手をかざすと、身体の中に暖かい波動が巡っていった。

 奇跡魔法。


 何をされたのかは分からないが、何が起こっているのかは分かる。

 体力と魔力が微量ながら回復し続けているのだ。

 それよりも、状態異常が解除されている事に驚きを感じる。


 黄色い髪を束ねた女先生が眼鏡を掛け直して、俺に説明を始めた。

 濡れた唇がセクシーな美人だ。


「これは巫女だけが使える奇跡魔法と言われるもの。

 正に神の御使の慈悲。

 僧侶などでは扱うことが出来ない回復魔法の一つさ」


「天使……」


 エナが俺の手を掴んで優しい笑顔を見せる。

 可愛い。

 手が温かい。


「テツオ様。

 元気になって良かったです」


「ありがとう、エナ」


「いえ、お礼を言うのは私の方です。

 会いに来てくれたのですよね?」


「え?

 今、テツオ様って。

 もしかしてあの侯爵マーキス様なの……ですか?」


 美人女医が俺とエナの再開シーンを中断して割り込んできた。

 しかし、ふぅ、どうやら俺の名声は王都にまで知れ渡っているようだな。


「二人はサルサーレ領出身。

 知り合いだったのですね」


「はい、テツオ様が私を巫女になるよう送り出してくれたのです」


「そうか、ではここはエナに任せて私は授業に向かうとしよう。

 エナも落ち着いたら授業を受けるように」


「ありがとうございます」


 そう言うと女先生は俺に会釈をすると医務室を出て行った。

 女医ではなく、学院の教師だったのか。

 先程、【解析】でチラリと見てみたが、名前はシエル、歳は24才、レベル43の魔法使いだった。

 レベル40ちょいで先生になれるのか。


「テツオ様が侯爵マーキス位になられたと聞きました。

 やはり、テツオ様はとても凄いお方だったのですね」


 エナは俺の手をずっと握ったままだ。


「別に凄かないよ。

 成り行きで貴族にさせられただけで。

 俺はただの冒険者だ。

 それより、エナは大丈夫か?

 元気でやってるのか?」


 そう訊ねると、エナは握った俺の手にコツンと額を当てた。

 金の髪がサラサラと流れ落ち、エナの顔を隠す。


「私は……元気です。

 でも、寂しい時もありました。

 テツオ様にとてもお会いしたかったです」


 俺の手に暖かい何かが伝う。

 エナの涙だ。


「エナは泣き虫だな」


「ごめんなさい」


 片方の手でエナの頭を優しく撫でる。

 サラサラの髪の毛、小さな頭部。

 エナ、可愛い。


 エナは落ち着きを取り戻すと涙を拭って、近況をゆっくり話し出した。


 エナはこちらにきて世界にいる勇者や英雄がどこにいるのかを巫女の力で探し出す役目を終えた後、俺の役に立つ為に何か出来ないかを賢者リンツォイに相談したらしい。

 そして、聖女を目指す為、学院に通う事になった。


「俺の為?」


「はい。

 私はテツオ様のお役に立てるのなら何でも致します」


 ここにきて好感度がマックスを振り切ってないか?

【魅了】は既に解けた筈だが。


「エナ、巫女の力は凄い。

 聖女になってもいいが、巫女としても精進しておいてくれ」


「分かりました。

 テツオ様がそう言ってくれるのでしたら私頑張れます!」


 華奢な手をぐっと引き寄せる。

 エナは流れるままに俺に抱きしめられた。


「ああ、テツオ様……」


「今夜、時間が出来たら俺の名前を呼ぶんだ。

 会えなかった分たくさん可愛がってやるからな」


 えんじ色の制服越しにも胸の大きさがはっきりと分かる。

 白シャツに緑のタイはとても良い。

 左手で肩を抱き寄せ、右手でムニュッと触る。

 ああ、柔らかい。


 エナは顔を赤らめて小さくはいと返事をした。

 何を想像しているのか、その顔を見るだけでも興奮してくる。

 今すぐにでもマッサージしたいくらいだが学院内だし、戻らなければいけないしだし、夜まで我慢しようだし。

 その為にも、絶対に【転移】の魔力を絶対に残しておかなければ絶対にいけない絶対に。


「じゃあ、そろそろ行かないと。

 エナ頑張るんだぞ」


「はい。

 テツオさまもお気を付けて」


 エナはいい嫁になるなぁと妄想しつつ【転移】した。

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