第62話立入禁止区域②

「ありがとう。

 じゃ、これで」


 来た道を戻ろうとすると、賢者がフワッと俺の前に飛んできて、その大きな杖を出し通せんぼした。


「お待ちください。

 不法侵入した方をこのまま帰すわけにはいきません」


「え?

 今、楽しく会話してたから大丈夫かと思ってたよ」


「実は、本音を言えば貴方にとても興味があります。

 私の知的好奇心を満たしてくれれば、大人しく帰しましょう」


 なんだこいつは。

 何が言いたいんだ?


「興味があるって、俺の何が知りたいのかな?

 勝手に入って悪かったけど、俺こう見えて忙しいんだよね。

 恐竜退治に行かなきゃいけないし」


 正直、ほんと早く帰りたい。

 時間を戻してもいいくらいなんだが。


「端的に言いますと侯爵マーキス様の実力が知りたいのです。

 少しお手合わせ願えませんか?」


 子供は好奇心旺盛な方がいい。

 だが、少々お痛が過ぎるんじゃ無いのか?

 どれ、俺が少しお灸を据えてやろうではないか。


「手合わせって何処で戦うんだ?」


「ここは魔獣も壊せないくらい頑丈ですから。

 あと手加減しますのでご安心下さい」


 英雄といえども、この一言にはちょっぴりカチンときた。

 こいつは完全に俺を舐めてやがる。


 さて、どうするか。

 単純に魔法勝負でいいのかな。


 一応、セオリー通り【魔法強化マジックブースト】で魔法攻撃力、魔法抵抗力を上昇バフする。


「さぁ、どうぞー!」


 宙に浮いたリンツォイが少し離れた位置で俺の攻撃を待っている。

 檻以外は何もないだだっ広い倉庫の様な空間なので、壊れるような物は何もない。

 攻撃してみるか。


「じゃあ、いくぞー」


 側から見ればキャッチボールをする親子の様なやり取りだ。

 投げるのは白球では無い。


炎球フレイムボール


 巨大な炎球が凄いスピードで賢者目掛けて飛んでいった。

 リンツォイは眼前に魔法陣を一瞬にして展開すると、炎球が直撃し派手に爆散する。


 巻き上がる煙の向こうで、ドン!と音がした。


 魔法を相殺したつもりでいたリンツォイは余りの衝撃に吹き飛ばされ壁に激突した様だ。


「え?なんで?

 バフを掛けたのは一度だった筈。

 どうして?」


 リンツォイが混乱している。

 ああ、エリンが前に言っていたな。

 俺の【強化魔法ブースト】は、通常の五回分重ね掛けしたくらいの効果が出ていると。


 つまり、リンツォイが瞬時に目算した【炎球フレイムボール】の威力より五倍は強かったということになる。


 リンツォイは壁に叩きつけられた後、床に墜落し未だ立ち上がれないでいた。

 見たところ大した怪我はしてないので肉体的ダメージより精神的ダメージが大きそうだ。


 所詮、子供。

 打たれ弱いのかもな。


「いやぁ、お見それしました。

 噂に違わぬ力量。

 もしかすると我々英雄に匹敵する強さがあるのかもしれませんね」


 気を取り直したリンツォイはフワリと浮かび上がると、笑顔で俺を評価する。

 上から目線は変わらない。


「続きやんの?」


「当たり前です」


 賢者は自分の周りを取り囲む様にいくつも魔法陣を展開した。

 魔法陣からバチバチと電気が放出し、帯電しているリンツォイの身体を光で包む。


「行きますよ。

 気を付けて下さいね」


 杖を俺に向かって振り下ろすと同時に意識が少し飛んだ。

 雷の魔法を食らったからだ。

 まさに落雷の衝撃。


 高い魔法抵抗力があればこそ、このダメージで済んでいるのだろう。

 弱い魔物なら一瞬で消し炭だ。

 身体に残る麻痺スタンが俺の動きを封じている。

 だが、リンツォイは俺が動き出すまで追撃してこなかった。


「思ったより回復が早いですね」


 俺の実力を測っているのか。

 あくまで手合わせ、だと。


「俺の力が見たいんだったよな?

 少しだけ見せてやろう。

 もちろん本気は出しません。

 そうだ!

 左手だけで戦いましょうか」


 流石の賢者もピクッと反応した。


「後悔しますよ!」


 杖が再び振り下ろされる。


雷光ライトニングボルト


時間遅行クロノスラグ


 雷が放出される。

 魔法なので光程は早くない。

 それでもその驚異的な魔法速度は、既に俺に到達する直前だった。

 本来ならば、不可避の速攻。


 しかし、時間を遅くすれば光すら置き去りに出来る。

 時流を遅くし、【雷魔法】を大きく避けて回り込む。


 攻撃しようとしたが、リンツォイは雷球の膜に覆われているので素手で触れば感電してしまいそうだ。

 先程の電撃ショックの辛さを思い出し身震いする。


【水魔法】を食らわせれば感電するかと思ったが、雷属性付与したリンツォイには雷系全てが無効かもしれない。

 ここはやはり土属性だろう。


水晶クリスタルハンマー


 魔水晶の大筒が雷球に直撃する。

 だが、ハンマーは先端からバチバチと電撃によって削られていき、ついには無くなってしまった。

 なんだよ、この卑怯なバリアは。


 だが、よく見ると雷膜の力が弱くなっている。

 時流が遅くなり、膜を張る為の魔力の供給も遅くなっているのだろう。


 チェックメイト。

 今ならどんな攻撃も当てれる。


 雷にビビって、大人気なくつい【時間遅行クロノスラグ】を使ってしまったが、防御しながら攻撃魔法撃ち続ければ、いずれ勝負はついたかな。


ウインドアロー


 時流を戻す。

 俺の左手から放たれた鋭い風がリンツォイを撫でる。


「うわぁあああ」


 いつのまにか懐に飛び込まれ、無防備で魔法を食らう恐怖にリンツォイは生まれて初めて死を意識した。

 立派な法衣は風刃でズダボロになり肌を露出させる。

 帽子も飛ばされて思ったより長かった金髪の隙間から、涙目になっている賢者の悔しそうな顔が見えてきた。


「そういや、魔法の戦いに手なんか使わなかったよ」


「わぁー!」


 賢者が両手を広げ、魔法を唱えようとしたが何も発動しなかった。


「そうか、結構魔力食うんだな。

 雷魔法って」


 雷の膜が水晶による攻撃を防ぐ為に、自動で魔力を浪費していたのだろう。

 強力な魔法ほど消費魔力も高い。


 リンツォイは魔力が枯渇してフラフラになり、とうとう倒れてしまった。


「少年よ!

 これが大人の力だ!

 大人には敬意を払い、これからは子供らしく振る舞いなさいよ!」


 賢者はなんとか杖をついて立ち上がる。


「心外ですね。

 私は誰に対しても敬意を払っています。

 それと、私は……女です」


 へ?

 女?

 少年じゃなくて、少女?

 そういや、身体のラインがなんとなく丸みを帯びてるし、胸もちょっぴり膨らんでいるような。


 リンツォイは俺の目線に気付いたのか、露わになった胸を手で隠す。


「おいおいおいおい!

 そんな目で見てないからね!

 本当に女なのかつい確認したくて見ただけだからね!

 子供に興味なんか無いからね!」


 この絵は非常にマズイ。

 ビリビリに服が破れた半裸の少女。

 こんな状態を誰かに見られたら、変態ロリコン貴族のレッテルを貼られてしまう。

 でも、綺麗なピンク色だったなぁ。


「興味が無い……。

 それはそれで、ちょっと傷付きますね。

 確かに侯爵マーキス様に見せれる様な裸では無いですが、それでも恥ずかしくて隠しただけです……」


 賢者は顔を赤らめている。

 攻撃魔法で傷付けなくて本当によかった。

 女の子を傷付けたくはない。

 近付いて上着を羽織らせた。


 リンツォイが俺の顔を見上げて驚いている。

 頭をポンポンと優しく叩く。


「本当にこの世界はどうかしている。

 こんな可憐な幼女が英雄だの大賢者だのと囃し立てられ、戦場や悪魔の前に駆り出されるだなんてな」


 リンツォイは少し眉をひそめると、また冷静な表情に戻った。

 子供扱いするのはマズかったか?


「それが英雄として生を受けた者の使命なのですから、覚悟しています。

 それよりも侯爵マーキス様の力がもっと知りたいです。

 はっきり言って、底が見えませんでした」


 深い碧色の目が俺をジッとみる。


「さっきの炎魔法は俺の全力だよ」


「攻撃魔法も出鱈目な出力でしたが、私が分からないのは【雷光ライトニングボルト】を躱し、私の雷膜バリアを無効化し、間近で攻撃魔法を発動した事です。

 いくつもの複雑な術式を連続で発動しなければいけません。

 それを全て一瞬で……?

 えっ?」


 バレたかな?

 やっぱり頭のいい奴だ。

 そういえばエリンも直ぐに気付いたから、実力のある魔法使いには分かるのかも。


「……時間に干渉する魔法ですか?」


「よく分かったな。

 でも、出来たら内緒にしておいて欲しい」


「分かりました。

 秘密にしますので、もう一度だけ見せて貰えませんか?

 お願いします!」


 頭を下げてまで頼むので快諾する。

 前途ある若者にはチャンスをやろう。


「じゃあ、次はお前の肩に手を置くとしようか」


 もう一度【時間遅行クロノスラグ】を見せてやる。


魔眼イヴィルアイ


 さっきよりは緩やかな時流の中、ゆっくりとリンツォイに近付く。

 あまりにも停止寸前にまで時流を絞ると誰も反応出来ないだろうからな。


 少女の肩に手を置こうとすると、その目がギョッと動き俺と目が合う。

 リンツォイの身体が電気でピリつくと動き出し、俺の手首を掴もうとした。


 なんと!

 抑え気味とはいえ、この時流に対応するくらい速く動けるとは!

 更に時流を遅くして避けようかと思ったが、ここは敢えて手首を掴ませておこう。

 子供に勝ち誇ったとて何の意味がある。


 時流を戻すと、俺の手を掴んでいるリンツォイが手応えを感じて喜んでいる。


「魔眼で認知して、雷系付与で身体能力を上げれば反応出来ない事もないようですね!」


「ああ、大したモンだ」


 ニッコリ微笑んで頭をまたポンポンしてやる。

 ようやく解放してもらえるかな?


「うぅ、私は大賢者です。

 子供扱いは辞めて欲しいです」


「ああ、悪い」


 そんな会話をしながらも、また死刑囚が檻に放り込まれ、睡眠剤が運悪く切れたのか絶叫しながら魔獣に食べられている。

 とんだ地獄絵図だ。


「なぁ、このデカい魔石一個でどれだけの動力になるんだ?」


 1メートル級の魔石の球に近付き、少女に訊く。


「光源とするなら、一個で一ヶ月はこの街を照らし続けれます」


 そんなに保つのか。

 こんな便利な装置を国中に普及するつもりはないのかを尋ねると、難しい顔をした。

 魔力の確保が難しいからだ。


 王都ですら動力の為、死刑囚に手を出している時点で切羽詰まっていると言わざるを得ない。

 魔力を動力源に選んだ時点で間違いなのだろう。


「これ一個満タンにするのに死刑囚を何人その魔獣に食べさせなきゃいけないんだ?」


 賢者は口を噤んだ。

 だが、これはこいつに言わせなきゃいけない。


「リンツォイ、答えてくれ」


「およそ百人です」


 百人!


 一ヶ月、街を照らす為だけに死刑囚といえど人間が百人死んでいる事実。


 ショックだった。


 死刑囚が少ない場合は、捕獲部隊を結成して魔物や罪人を捕まえに行くと補足した。


 この世界の食糧事情はよく知らないが、死刑囚は死刑になるまでちゃんとした食事は与えられず、なかには早い死を希望する者もいるという。


 こんな世界じゃまともに暮らす奴も少なく、犯罪に手を染める人間は多い。

 死んだ方がいい人間がいるのも分かる。



 俺はもっとこの世界に詳しくならなきゃいけない。

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