第60話着任式


 突然、城に住まわせているアデリッサから連絡が入った。


 いや、悪魔に対して住むという表現には語弊があるかもしれない。

 この悪魔は常時城にいる訳ではないのだ。

 つまり、待機させている、が適切な表現だろうか。

 連絡がきたという表現も微妙に違い、正しくは【思念伝達テレパシー】にて直接頭に話し掛けられた、となる。


 結局のところ、寝ているところに【思念伝達テレパシー】で頭に直接アデリッサの声が響き、叩き起こされた事に対して不機嫌になっている訳だが、表に出せないので悶々としているということだ。


 女性達と過ごす大切な朝食の時間をいつもより早く切り上げ、急ぎ城へ【転移】した。


 城に到着すると、ボルストン王都からの遣いの二人が待っていた。

 一人は白い法衣で、スーレの村に来た神官と同じ格好をしている。

 中性的な顔をした若い男だ。


 もう一人は、貴族礼服を着た腹の出たおっさんで大臣だという。


 領主クラスの貴族の送迎には失礼がない様に大臣クラスが出張ってくるらしい。


 魔法国と宣いながら大臣がいる事に違和感があるが、国家運営には様々な役職が必要なのだろう。


 序列は大臣より貴族・領主の方が上らしく、どうやら緊張しているのか汗を拭きながら俺に丁寧に挨拶をする。


「突然の訪問失礼いたします。

 王城にて、侯爵様に新領主の就任式に出席して頂きたいのです。

 王は大変多忙な為、今すぐご来訪頂きたく存じます」


 今すぐ城に来いと、大臣が頭を下げてお願いしている。

 面倒臭いが仕方ない。

 一度、王都に行けば【転移】も出来る様になるし。


「分かりました」


 服をスーツに着替え、二人に連れられ城前にある転移装置の箱に乗り転移する。


 ドキドキするな。


 北の国ボルストンの王都、そして王城。

 どんな感じなんだろうか。



 ————ボルストン城



 城前に転移した。

 領主クラスであっても城内に直接転移させないのは、安全管理を徹底しているからだろうか。


 中央に城があり、周りに丸く広がった街がある。

 その城を眺める。

 白灰色の長方形の壁が入り口まで十本程高く聳え立ち、魔石がいくつも埋め込まれている。

 何の魔石なのか、1メートルくらいの巨大な球体から高い魔力が感じとれた。

 俺にはこれが悪魔迎撃用兵器だと分かる。

 魔王まで倒す力は無いかもしれないが、ある程度の悪魔なら防衛できるだろう。


 通り過ぎる人々を見ると、魔導衣や法衣、魔法学園の制服などそれぞれだが、衣服一つとってもお洒落で動き易く作られている。

 なにより文化レベルが高い。


 城に入ると、不思議な違和感があった。

 キョロキョロする俺を見て、神官が話し掛けてくる。


「侯爵様、魔法が使えない者には感じとれませんが、城内には強力な結界が張られております故、魔法行使が出来ません。

 どうかご了承下さいますよう」


 成る程、城内もセキュリティ万全という訳か。

 城内にも至る所に魔石が設置されている。

 徹底的だな。

 だが、この程度じゃ俺の魔法を抑止できるものではない。

 とはいえ、今は魔法を使う必要が無いので大人しくしていよう。


 魔石制御の昇降機で三階へと上がる。

 前世で言うところのエレベーターか。

 振動を一切感じない事に軽く感動した。

 これは、いい物が見れた。


 王への謁見の間では無く、議会の間に行くということで廊下を歩く。


 赤絨毯はふかふかで、窓の装飾も煌びやかだ。

 何よりガラスの透明度が高い。

 少し黄ばんでいたり、小さい水泡が入ったりはしているが、ここまで綺麗なガラスを見たのはこの世界に来て初めてだ。

 工芸レベルも高いという事だろう。


 その窓の向こうには街が見える。

 目を引いたのは魔法学園だ。

 そういえば学校という施設を見たのはここに来て初めてかも知れない。


 さっきも見たが、魔法学園の女子の制服はスカート姿で中々にそそる。

 なるほどなるほど。

 参考になるな。


「こちらでございます」


「あ、すいません」


「い、いえ。

 失礼致します」


 しばらくぼうっと外を見ていたようで、反射的に謝ると、神官が恐縮して下がっていった。


 大きな扉を開けると、そこそこの広さの部屋があった。

 女性神官が数人立っていて、俺を見て会釈する。

 奥に更に扉があるのか。

 女性神官が一際豪華な扉を開けると、広間の中央にドンと大きな円卓があった。


 席の数は七つ。

 五席は先に到着していた領主で既に埋まっている。

 座っていた五人が一斉に俺へ視線を向けた。


 ああ、苦手だ。


 こんな偉そうな奴らの中で今からしばらく過ごさなきゃいけないなんて苦痛でしかない。


 内訳は、男性が四人、女性が一人。

 男性は俺よりずっと年上のおっさんばかりだ。

 女性はアラサーといったところだろうか。

 貴族だけあって綺麗な熟女だ。

 若い頃はかなりの美人だったろう。

 今でも充分に美人だが。


 あら?サルサーレ公爵!

 そうだ、公爵もいるんだった。

 公爵が手を振って空いた席に俺を呼んでくれた。

 知っている人がいるだけで、なんて心強いんだ。


 いそいそと空いた席の方へ行き、会釈して背もたれのやたら高い椅子に座る。


「座る前になにか挨拶するべきでしたか?」


「いや、いいんだよ。

 何かあれば私がフォローしよう」


 サルサーレ公爵はニコニコと微笑んでくれている。

 ほっ……

 後は全て公爵に丸投げしよう。


 しばらく黙って座っていると大臣が、王様がお出ましになりますと急ぎ我々に伝えに来た。

 どんな王なんだろうか。


 しばらく緊張して立って待っていると、王専用の扉からボルストン王が入ってきた。


 顔は皺だらけの爺で、胸の位置よりも長い髭がある。

 だが、目力が強い。

 魔法使いの見た目通り、魔力の高さも伺える。

 戦えば強いかもしれない。


「皆の者、忙しいのにすまないな。

 ふむ。

 其方がテツオか。

 余がボルストン王だ」


 おお、流石に威厳があるな。

 王が手を挙げると全員座りだしたので俺も座ろうとすると、大臣がこちらへどうぞ、と俺を王の元へと先導する。

 ああ、着任式だっけ。


 大臣が粛々と手に持った巻物を読み上げた。

 俺が侯爵位を叙爵し、新領土を拝領する辞令が下される。

 これにより、公式に貴族・領主となったらしい。


 大臣に言われひざまずくと、王が俺の首に魔石が嵌め込まれたペンダントを掛ける。


「大任ではあろうが、其方に実力がある事はサルサーレ公から聞いておる。

 どうか民の為に力を尽くしてほしい。

 この通りだ」


 王が俺に頭を下げて頼み込んでいる。

 大臣が慌てておやめ下さいと言うが、王は意に返さず俺の手を握りしめている。

 これをどう捉えたらいいものか分からないが、そこまで悪い王では無さそうだ。


 式典が一通り終わったのか、大臣の指示で席に着く。

 そして、王も円卓を囲む様に席に着いた。

 俺達と同じ目線で会議をするという事か。

 王が円卓に座る領主一人一人見渡した後、ゆっくり口を開いた。


「さて、テツオ侯爵という新しい仲間を加えての初めての会議であるが、まずはジョンテ領とサルサーレ領で起こった悲しい事件から議題にするしかあるまい」


「それについてはまず私めから報告させていただきます」


 サルサーレ公が手を挙げ、事の顛末を嘘偽りなく説明する。

 娘が関与していた事も全て。


 しかし、娘に関しては王は済んだ事だと言い、他の領主からも特に異論は無かった。

 それよりも、他領主が気にしている事は二つ。


 貴族を騙して長年この国に悪魔が潜んでいた事実を危惧し、それを見破り打ち倒した俺の力に興味を持っている事だ。


 全員が俺の方を見ている。

 サルサーレ公にも詳しくは話していないので、俺が語るしかあるまい。


 さて、どこまで話していいものか。

 とりあえずネタを小出しにしながら様子を見よう。


 知り合いが拐われ調査をすると、ジョンテ家の貴族が実行犯だと分かり、仲間に人間に化けている悪魔がいた。

 魔力が弱まっていたその悪魔を、クランの協力を仰ぐ事で倒す事ができたと簡単に説明する。


 王が黙って俺を凝視しながら話を聞いている。

 なんだこの威圧感は……

 しかし、嘘は言っていない。

 全て事実だ。

 一応、注意喚起しておいてやろうか。


「助けた者の中にエルフ族がいました。

 まだまだ人間に化けて潜んでいる悪魔がいる、と。

 皆さんもどうか注意して下さい」


 俺の言葉に領主達が顔を見合わせている。

 自分の領地にまさか悪魔が潜んでいるとは思っていないのだろう。

 皆が黙っていると、またも王が話し出す。


「うむ。

 魔法省でも何か対策を講じることとしよう。

 して、テツオ侯爵よ。

 ジョンテ家は既に貴族では無くなった。

 ずっとジョンテ領と呼ぶわけにもいかぬだろう。

 新しい領地名があれば申請するがよい」


 俺はその提案を丁重にお断りした。

 ジョンテ家にはラウールという有望な後継者がいるので、いずれ彼に領主を譲りたい思いがある。


 議題が次に移った。

 これが本題かもしれない。


 王がこの国に勇者が現れた事、それを各領地で大々的に発表するように伝えた。

 領主達が歓喜に沸く。

 そうか、人間達にはそれだけ勇者という存在が心の拠り所になるのか。


 南の国のとある領地が悪魔に占領された事や、東の国が戦争の準備をしている事も発表するかと思ったが、最後まで誰も言わなかった。

 まだ情報制限しているのかもしれないな。

 むやみに民を混乱させる訳にはいかない。

 だとしても、領主達には伝えるべきなのではと思うのだが。


 だが、王は最後に自領をしっかり防衛するよう念を押してから退室していった。

 もしかすると王ですらも口止めさせられている可能性があるな。


 大臣が魔石ペンダントの使用方法を教えてくれた。

 このペンダントは各領地の居城あるいは居館の玄関口に領主のみが転移出来るようだ。

 転移後はお互いのペンダントが光るらしい。

 転移してきた領主に会いたくない、会えない等の場合もあるだろうから、門番はやはり必要か。


 自分から【転移】するのは自由気ままだったが、誰かが突然転移してくると思うとストレスを感じるのは俺の我が儘なのか?


 とりあえずペンダントが光るという面倒な機能があるので、今日中に全領地に跳ぶのでお願いしますとだけ伝えておいた。

 一度、場所が分かれば後は魔法の【転移】で跳べばいいだけだ。


 式も会議も終わったので、領主達は次々と席を立つ。

 退室する際に領主達は互いに二、三言葉を交わしたが、そこまでの親密さは感じない。

 そんなものだと言えばそれまでだが、もっと手と手を取り合う関係なのかと思っていた。


 サルサーレ公に娘アデリッサの事を聞かれたので息災を伝え、別れの挨拶を済ませ部屋を出る。

 城の前まで戻れば、転移装置があるらしい。


 せっかく王都まで来たのに、なんか拍子抜けしたな。

 それだけ世界情勢はトップシークレットなのかもしれない。


 そういえばエナはどこにいるのだろうか?

 恐竜退治に行かなきゃいけないんだが、折角来たんだし、やっぱりエナに会いたい。


 城の中を探索するか。

 俺は【透明インビジブル】を唱え姿を消した。

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