第58話暗殺者

 黒い人影が城を眺めている。


 頭巾で覆われて顔は見えない。


 黒頭巾は城の窓から漏れる灯りを確認し、声を殺して嗤った。


 くくく、楽な仕事だ……


 標的は城にいる貴族。


 見張りも兵士もいない。


 あらかじめ忍び込ませた女が標的を眠らせる手筈となっている。


 ここまで、お膳立てされた仕事は中々無い。


 これで、白金貨五十枚だなんて本当に楽な仕事だ。


 だからといって手を抜いたりはしない。


 城の玄関前には、不気味な人型石像が二体、城の上にはガーゴイルを模した黒石像が四体飾られている。


 試しに小石を投げて当ててみたが反応は無い。

 ふん、成金貴族の芸術彫刻か。

 成り上がりの貴族が急に芸術を齧り出す事なぞよくある話だ。



 懐から巻物スクロールを取り出し、術式を唱えると蝙蝠がボフッと具現化する。

 黒頭巾のとっておきだ。


 蝙蝠はスゥと音も無く、窓に向けて飛んでいく。


 その時である。


 ジュッ……


「え?」


 飾りだと思っていたガーゴイルの目から突如光線が走り、蝙蝠を一瞬で消滅させた。


 思わず声が漏れてしまった。



 暫し動けずにいたが、これでは時間が過ぎるだけだ。


 恐る恐る近付き、城の屋根に飛び移る。


隠密ステルス】スキルのお陰なのか、それとも人間には反応しないのか。


 起動条件を見極める為に、片手くらいは犠牲にするつもりでいたが、どうやら後者だったか。


 魔物対策のゴーレムだろうか……


 とにかく助かった。


 やはりというか、灯りの漏れていた窓には鍵が掛かっていない。


 難無く城内に潜入する。


 途中、廊下を歩く赤い髪をした少女から異様な魔力を感じたが、うまくやり過ごす事ができた。


 あれは何だったんだ?


 依頼主から、魔族が貴族に化け潜んでいるという話を聞いた事がある。

 そんな類かも知れない。


 とにかく、早く標的を殺してとんずらしなければ……


 黒頭巾は慎重かつ迅速に城内を探索し始めた。



 ——————



 ふぁあ……


 何時だ今?


 わっ、もう十一時じゃないか……


 ん、何処だここは?


 ああ、城の寝室か。


 見慣れないから一瞬どこか分からなかった。


 城内部の映像を魔力で確認する。


 食堂では宴会が既に終わり真っ暗闇だ。


 ラウール、アデリッサは執務室で新しい法律をせっせと紙に書いている。

 申し訳ないな。


 女性達の視界をジャックして眼前の水晶モニターに映し出す。


 リリィ、アマンダ、ナティアラの視界は暗く、既に就寝中だった。

 勿体ない。


 メルロスはテツクロリゾートに戻って仕事中だ。

 邪魔しちゃ良くないな。



 俺の夜の大事な大事なお楽しみの時間が、惰眠によって流れてしまっている。

 な、何という事だ。


 まさか、酒くらいで深い眠りに落ちるだなんて情け無い。


 時間を戻そうとしたら、背後に人の気配があった。


「お目覚めましたか?」


「き、君は?」


 確か街のお偉いさんから贈呈されたメイドの一人だったか?

 馴染みの無い女性にはどうにも緊張してしまう。

 黒髪に褐色の肌をしているこの女性は妖艶系な美人で、スレンダーだが胸や尻はでかい。

 正にボンキュボンだ。

 南国は色黒が多いのかな?


「ハメールと申します」


 ハメールと名乗った女性は、水の入ったコップを持ってきてくれた。

 俺が起きるまで介抱してくれていたらしい。

 自分の身体を見ると着替え済みで下着姿になっていた。

 新しいシャツとパンツって事は下半身見られちゃったかも。

 恥ずかしい。


 気になっていた境遇を聞くと、全員が奴隷出身だと告げた。

 特に美人は高値で売れる為、貴族用の礼儀作法を教育されたりと、丁重に扱われるという。


 ハメールも他の女性達も南国出身らしい。


「どういうルートでここまで来たんだ?」


 南から直接来たのかどうか確認したかったが、どうやら西の国経由で来たようだ。

 リリィの話では、西と北は友好関係にある。

 東の治安が悪い以上、西ルートを選ぶのは当然か。

 そして、やはり北〜南ルートを移動できるのは魔族だけか。

 他の北の領地から南に行けるのかも調べておきたいな。


「私の両親達は魔人に殺しされました。

 信じられないかもませんが、魔人が私を奴隷業者に売ったです」


「それは酷い……

 辛い思いをしたな」


「私達はとても優しかった領主様に貰われた様で運が良かったのと思います。

 奴隷の殆どは酷い扱いを受けるものなのです」


 彼女の言葉がたどたどしいのは、南と北の言語の差なのか、それとも教育を受けてないからなのか。

 とにかく今後、言語教育が必要だ。


 奴隷……


 この世界では当たり前の存在ではあるが。

 美女が奴隷になっているのは由々しき問題だ。

 この件に関しては早急に対応する必要があるな。



 ……!


 突然、部屋の明かりが消えた。


「危ない!」


 鋭利な刃物がハメールと俺に向けて飛んできた!

 瞬時に反応し、刃物を叩き落とし彼女を守る。


「誰だ!」


 人の気配はある。

 だが、姿が見えない。

 高度な【隠密ステルス】スキルか?

 月明かりが窓から入るが、これでは駄目だ。


ライト加護フォース


 光の膜が俺とハメールを包み込む。

 その光量は昼間以上の明るさで寝室中を照らし出した。


「俺を狙うとはいい度胸だ。

 おい、出てこいよ」


 ベッドの裏からスッと音も無く、全身黒尽くめの侵入者が這いずり出した。


暗殺者アサシンか?

 初めて見たよ」


「今から殺されるというのに随分と余裕があるな」


「お前が俺を殺すのか?」


「分かってるなら死ね!」


 暗殺者アサシンが手を広げた瞬間、二十は超えるナイフが飛んでいた。

 どうせ、毒でも塗ってあるんだろ?

 背後にハメールがいるのでここは、


ウインド障壁ウォール


 暴風の圧で部屋を二分し、ナイフ全てを弾き落とす。

 これには流石の暗殺者アサシンも驚愕している。


「少しは魔法に覚えがあるようだな。

 だが、私が何故こんな簡単に城に忍び込めたのか、おかしいと思わないか?」


 そういえば、そうだ。

 セキュリティは万全の筈だが。


「後ろの女が手引きしたからさ!」


 何……だと……?


 後ろを振り返ると、ハメールは悲しい顔をして俯いた。


「隙あり!」


 風の壁を突っ切り、暗殺者アサシンが襲い掛かる。

 再び向き直ると、暗殺者アサシンが三人に増えているではないか!

 別々の角度から俺にナイフを突き刺そうとしている。

 何だこの技は!

 凄まじい速度で眼前に迫りくる三人の攻撃を、瞬時に出した【水晶クリスタルシールド】でなんとか防ぐ。

 幻影なんかじゃない。

 全て本物の攻撃だ。

 その時、背中に鋭い痛みが走った。


クロノス回避アヴォイド


 ナイフが心臓に達する直前、自動魔法パッシブが発動条件を満たし、時流が極めて遅くなる。

 背後にもう一人いた暗殺者アサシンの突き刺したナイフをゆっくりと身体から抜く。

 刃物に肉が擦れてとてつもなく痛い。


「うぐぐぐぐぐ」


 余りの激痛に意識が飛びそうだ。


 急ぎ【回復】【解毒】を掛け、あわや心臓に達しそうな深手を治癒する。


 時流を戻すと、暗殺者アサシンは一人に戻っていた。

 分身の術?

 まるで忍者だ。


 暗殺者アサシンは暴風の壁を無理矢理突破したせいで黒頭巾が捲れている。

 頭巾の下からは、グレイの長髪をお団子に纏めた可愛い顔をした女の子が現れた。


 女は瞬時に距離を取り、血の付いたナイフを確認し怪訝な顔をする。


「な、なんで?

 今、確実に殺した感触があった……」 


「今のは痛かった。

 痛かったぞー!」


 風の障壁を洗車機の様に前後へ行ったり来たりさせて暴風を浴びせ続け、じわじわと衣服を剥いでいく。


 何本ものつむじ風が女の身体に纏わりつき、徐々に肌が露出していく女暗殺者アサシン


「おいおい、素っ裸じゃないか!

 依頼主を吐けば命までは取らないでおこう。

 どうする?

 降参するか?」


「ふん!

 裸くらい何て事は無い。

 死ぬのはお前だ!」


 風が止み、裸を晒したまま再びナイフを構える。

 羞恥心は無しか。


「仕方がないな。

 分からず屋のお前には、俺に重傷を負わせた敬意を表して四の数字を送ろう。

 四の倍数だ!」


「一体何を言っている!」


 飛び掛かる暗殺者アサシンのナイフを紙一重で躱す若い貴族。


「ふん、躱すので精一杯じゃないか!

 ……んっ?」


 ドクンと腹部に衝撃が走る。

 だが、暗殺者アサシンに外傷はない。


「な、何をした?」


「ふふふ……さぁて、ね」


 女は太腿に辛うじて残ったベルトから巻物スクロールを取り出して広げようとした。


 が、気付くと目の前の標的である貴族がいつの間にか巻物スクロールを持っていた。


「貴様、いつの間に!」


 ガクン!

 何があったのか堪らず膝をつく暗殺者アサシン

 一体、何が起こっている?


「次は十二になるぞ?

 大丈夫か?」


 四の倍数……?


「あぁっ!」


 腹部に、快感と衝撃が怒涛の如く走り抜けた。

 手足がブルブルと震え、立ち上がる事が出来ない。


 これは、どういう理屈は分からないが、いつの間にかこの標的に身体を……

 いやいや、そんな馬鹿な。


「薄々気付いてきたか?

 次は十六だぞ?

 そろそろ降参か?」


「こ、殺して……やる」


「じゃあ、立てよアサシンちゃん」


 怪我した訳でもなく、命を奪る気もないなら勝機はまだある筈だ。

 何とか足を踏ん張り、立ち上がる。


「あぁあー!」


 突然、絶頂に達してしまった。

 身体に力が入らない。

 私の身体が痙攣している。

 き、気持ちいい……


 耳元に貴族が話しかけてくる。


「くくく、お前いい声で鳴くじゃねェか。

 あ〜ん?」


 ううっ……


 く、くそぉ……


「降参……だろ?

 依頼主吐いちまえよ?」


「だ、誰が……降参なんか……」


 ち、ちくしょお……


「渋いねぇ、おたくまったく渋いぜ!

 えっと、次は何だっけ?

 十六までいったから、はちに十六、はちさん二十四。

 二十四か!」


 えっ……?

 さっき四の倍数って。

 十六で限界なのに、二十四だなんて!

 これ以上されたら、


「壊れちゃうよぉ!」


「南無三!」


 貴族は気を失う私の両腕を後ろから掴み、無理矢理起こした。

 私の足元にポタポタと液体が落ちる音がする。

 ああ、私から落ちてるのか……


 地獄の様な訓練を重ねてきた私ですら意識が吹き飛ぶ衝撃。


 推察するに、貴族の何らかの術で私が認知出来ない一瞬のうちに二十四発注射されたのだろう。

 そんなものに耐える訓練など受けてはいない。

そして、殺そうと思えばいつでも殺せたという事実。

なんて恐ろしい男なのだ。


「降参……する」


 私の負けだ。

 負けは死を意味する。


「なんだよー。

 三十二回新記録狙わないの?

 諦めたらそこで試合終了ですよ?

 今更降参なんぞ認められるか!」


 問答無用で私に注射針を押し込もうとしている。


 駄目だ。

 この男の方が壊れている。

 八の倍数のままだし。


 私が覚えているのはここまでだった———。

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