第46話ジョンテ城

「イテテテ……

 おい、なんだよあの悪魔はー」


 ジョンテ城の一室、ベッドの上でアデリッサに膝枕してもらいながら俺は文句を垂れていた。


「人を襲う演技だよ?演技。

 俺めっちゃ出血してるやん。

 おい、説明してよグレモリーさんよぉ」


 アデリッサは顔を赤くしながら俺の裸になった上半身を濡れたタオルで拭いている。

 痛みはとっくに引いているが、リリムの爪で切り裂かれた傷跡を薄っすらではあるが、わざと残しておいたのだ。


 バツの悪くなったグレモリーは責められるのが嫌で、アデリッサの人格と交代して隠れてしまった。

 俺は傷をダシにして、アデリッサに我儘三昧を満喫している。


 ドレススカートを捲り上げ生足をペロリと舐め舌鼓を打つ。

 アデリッサがひゃうっと感じる声を上げた。

 イヒヒッ、全くこの子は敏感な子さね。


「ほら、手が止まってるよ。身体ちゃんと拭いて」


 アデリッサの患部を撫でながら優しく注意する。


「は、はい……」


 ——もう、アデリッサが困ってるじゃない


 堪り兼ねたグレモリーが【思念伝達テレパシー】を飛ばしてきた。

 アデリッサにこの声は聞こえていない。


 ——おいおいおいおいおいおい。

 全てはお前のミスじゃないか


 ——民衆には擦り傷の一つも付けてないわ!

 普通キマイラに当たったら並みの人間なら即死よ。

 私の仕事は完璧だったわ。

 大体、アンドラスを一撃で倒す貴方が怪我するなんて思わないじゃない


 グレモリーの言う通り、怪我をしたのは俺の過剰演出に依るものだ。


 俺が描いた絵は、暴動を止めさせる為にグレモリーに悪魔を呼び出させ、暴徒を襲わせる事。

 それだけでも十分だとは思ったが、あの暴れ具合を見てたらイラついてきたので、絶望感を与えたくなった。

 その後、俺が助ければ領地を守る為には領主が必要なんだと思ってくれるかな?くらいの軽い気持ちだったが、運良く人身掌握できたかもしれない。


「イテテテ……

 ここが痛むよアデリッサ。

 こんなに腫れちゃってるよー」


 アデリッサの手を引いて誘導する。

 慣れてない手が俺の腫れ上がった患部の上にふわりと覆い被さる。


「とても……熱いです」


「痛みで熱がこもってるんだよー。

 さすったら楽になりそうかもー」


 さわさわとアデリッサの華奢な指が俺の敏感な患部を刺激する。


「でも、ここって、その……」


 ん?みたいなすっとぼけたにやけ顔でアデリッサの顔を眺める。


 何かな?

 ここは何かな?

 言ってごらん。


 アデリッサは羞恥で顔を真っ赤にして震えている。

 あーもう、めちゃくちゃにしてしまいたい。


「テツオ様!お具合はいかがですか?」


 突然扉が開き、ラウールが入室してきた。

 なんだ、チミは!

 ノックしたまえよ、ノックを。

 アデリッサがサッと手を引っ込め、もじもじしている。


「こ、これは失礼しました!

 ノックもせずに。

 ……あの、公爵の令嬢とは、その、いずれご結婚を?」


「いや、今のところ私は誰とも結婚する気はありません。

 あと怪我は、ほらこの通り」


 残念だが至高の太ももとお別れして起き上がり、胸の具合をラウールに見せる。


「なんと!あれだけの大怪我がもう治っておられる。

 いやはや、魔法というものは凄いものですね」


 まだ、ラウールには悪魔の事までネタバレする必要はないだろう。


「民のあの様子でしたら、もう暴動は起こらないでしょう。

 魔獣の出現には驚きましたが、全てはテツオ様のおかげです」


 暴動が沈静化したとはいえ、領民に新しい政策、目に見える次の一手を繰り出さないとまた爆発しかねない。


 まずは、この街のイメージを改善し、失業者にやり甲斐のある仕事を与え、経済を流通させ、人口を増やしていく。

 いや、難しいな。


「ラウールさん、この領土の名産品や工芸品は何がありますか?」


 ブランドがあればそれを世界に向けて発信していくのは当たり前だ。

 ラウールから、上質な果実や獣肉がとれる事、白金素材の工芸品などが作られている事を教えてもらう。

 ……ふむ、その辺りから攻めていくか。

 顎に手を当てしばし思考に耽る。

 寒いな。

 あ、裸のままだった。

 身だしなみを整え、二人に今後の展望を空中に浮かび上がった魔法映像を見せながら伝える。


 グレモリーにはこれから俺と建築工事に付き合わせる。

 ラウールには街で労働力を募集してもらう。

 大きな窓から外を見ると、すでに夜の帳が下りようとしていた。

 もうすぐ七時か、急がないとな。


「夜のうちにある程度作っておきますので、仕上げはお任せします」


 ラウールはいまいちよく分かってない顔で了承した。

 全ては明日だ。



 ——————



 ジョンテ領・某地下施設


 複数の男達が密談を交わしている。


「ロナウド、何故暴動をやめたんだ!

 もう少しでジョンテ城を攻略できたんだぞ!」


 カールした立派な口髭を生やす痩せこけた貴族らしい男が怒鳴り散らしている。

 どうやらこの男がこの場を仕切る者なのだろう。


「ですがディビッド卿、悪魔が現れてしまっては領民では何も出来んでしょう。

 しかも、その悪魔を新領主になるという男が追い払い、人心まで掴んでしまっては、もはや打つ手が……」


 兵士であろうスキンヘッドの男ロナウドが貴族崩れに弁明する。

 周りにいる兵民達が項垂れている。

 悪魔と魔獣の出現に相当肝を冷やしたようだ。


「ジョンテには兵を雇う金すらない!

 今こそが革命の好機なんだ!

 悪魔を追い払ってくれたんならむしろ我々の好都合じゃないか!

 よし、明日は強硬策にでるぞ!

 ロナウド、また民を扇動するんだ!」


 テーブルを両手でバンと叩き、ディビッド卿は部屋から出て行った。

 それに続いて数人の取り巻きも出て行く。

 身なりから推測するに、その取り巻きもまた貴族崩れなのであろう。


 ジョンテ領から殆どの貴族はいなくなったが、逮捕された貴族の家族や血縁者の一部はここに残り、ジョンテ家への恨みを募らせ転覆を企んでいたのだ。


 同じく仕事を失った兵や一部の民は、その甘い誘惑に駆られ革命に加担していた。

 彼らの多くは、今日明日食べていく為、家族を養う為、やむを得なかったと自分を納得させている。


 兵士長だったロナウドは、他の雇われた兵民らに話し掛ける。


「ジョンテ家はいずれ無くなるだろう。

 だが、こんなに早く新領主が来るとは思わなかった。

 もし、新領主がこの街を良くしてくれる傑物だったなら、我々は取り返しのつかない事をしようとしてるのかもしれん」


 隣に座っていた男がロナウドの肩をガッと乱暴に掴む。


「今更、何を言っているんだ!

 俺たちはもう金を貰ってしまっている!

 やるしかないんだ!」


 そうハッキリと言われロナウドは拳を握り締める事しか出来なかった。


 ここ近年のジョンテ家の悪政は酷かった。

 エリックの強欲は民の暮らしを圧迫し続け、両親や兄は抜け殻の様に過ごすだけ。


 ——城には悪魔がいる。


 そんな噂があちらこちらで囁かれていた。

 誰かが立ち上がらなければ。

 そんな時にエリック逮捕と貴族の没落の報告。

 ジョンテ侯爵の死と同時に兵士は全て職を失った。

 薄給だったが食いつなぐ為にはそれにしがみ付くしかなった。

 だが、それすらも失った。


 そんな時に、同じく貴族を追われたディビッド卿の決起の誘い。


 革命のタイミングは今しかない!


 より良い街を取り戻す!


「みんなすまない!

 俺がブレてどうするんだって話だよな!

 明日こそジョンテを潰す!

 正義は我らにありだ!」


「「うおおーーーっ!!」」


 五十名を超える民兵達は一斉に声を張り上げた。

 声を掛けた民と合流出来れば二百は超えるだろう。


 エリックが招いた革命の口火はついに切って落とされた。

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