第45話ラウール

 サルサーレの街から南下する。

 公爵を連れて飛んだ際に見ていた町や村を上空から見物しながら移動する。

 特に気になる事も無い。

 サルサーレ領とジョンテ領の間に大きな門はあるが、仰々しい見た目とは裏腹に出入りは自由で平和的だ。

 北の国に関しては領地間の隔たりは無いに等しい。


 危険な敵もいないか注意していたが、特に見当たらない。

 洞窟や山、森などに近付かなければ、余程のイレギュラーが無い限り、レベルの高い悪魔や魔獣と遭遇する事は無いだろう。


 平原などには中レベル帯以下の魔獣や凶暴な動物はいるが、それは銀等級シルバー以下の冒険者の仕事であって、俺がそれを奪うのはお門違いだ。


 ほぼ寄り道する事無く、ジョンテ領の中心都市に辿り着いた。

 サルサーレ程の大きさもないが、街を囲った高壁や掘もあり、そこそこ栄えてはいるようだ。


 ボルストンにある七つの領地で広さだけをとれば上位に入るが、人が暮らしやすい平原地帯は山脈に挟まれ、縦長に伸びた景観となっている。

 ジョンテ領最南に広がる巨大な樹林帯は帰らずの森とも言われ、何百年に渡りたくさんの冒険者を飲み込み、全く開拓が進んでいない。

 更に先の山河を越えて南の国へ行くのは不可能と言われている。


 隣接する流通経路がサルサーレ領のみで、経済的には逼迫しているようだ。

 エリックがサルサーレを標的にしたのには、そんな背景が関係しているのかもしれない。


 俺はここの新領主として、何が出来るのだろう?

 面倒ごとを押し付けられただけかもしれない。


「ジョンテ家の人々はどうなったんだ?」


 グレモリーに疑問をぶつけてみる。

 やはり、世間知らずのお嬢様より悪魔グレモリーの方が補佐役として役に立つ。


「エリックの両親は責任をとって自死したわ。

 今は長男が一人で切り盛りしてるみたい。

 彼は人望もあり、いい跡継ぎとして期待されていた様ね」


 じゃあ、そいつが新領主になればいいんじゃない?


「アデリッサ、先に城に行って長男と話しておいてくれ。

 俺はちょっと街の様子を見てくるよ」


 グレモリーに引き継ぎ等の面倒事は押し付け、俺は街の入り口に降りる。

 まだ顔バレしてないから、のんびりと街を見て回ろう。


 門番は何処かのクランが担当しているのだろう。

 特に呼び止められる事なくすんなり入れた。

 人の出入りは少なく、行商人も然程いない。


 だが、宿屋やギルドは冒険者達でそこそこ賑わっている。

 何処へ行っても冒険者は多いようだな。


 噴水のある公園で吟遊詩人みたいな奴が弦楽器を鳴らしながら歌っている。

 聞こえてくる歌詞の内容は、ジョンテ家が没落し、新しい貴族がやってくる。

 果たして、吉と出るか凶とでるか。

 ジョンテ領の行く末を憂いた物悲しい曲だ。


 それを聞いている町民達の顔はどこか浮かない。

 街全体に笑顔がない。

 エリックはこの街の人々から笑顔を奪ったのだ。


 商店街を歩くと、通りや店先には綺麗な女性が比較的多い。

 エリックらは自分の領地から女性を攫ってなかったのだろうか?

 もしそうだとしたら、カチンとくるな。


 城に近づくにつれ、貴族が住んでいる高級住宅地も見えてきた。

 何かしら人集りが出来ている。


 あら?騒がしいな。

 あれは暴動だ。


 荒くれた領民達が、貴族の館に石やら何やら投げ込み、尚且つ門を壊そうとしている。

 今回の不祥事により領民の不満が爆発したんだろう。

 兵はどうしたんだ?

 誰も止めに来る気配がない。

 兵も見て見ぬ振りなのか?


 華麗にスルーして城まで歩いていくと、やはり城門前にも武器を持った過激な領民が暴れていた。

 門は堅く閉ざされている。

 これは、力付くで止めたとて、領民の不平不満は溜まる一方じゃないのか?

 こういう時はどうしたらいいんだ?

 色々、面倒臭いな。

ノールブークリエ】のみんな早く来てくれないかなぁ。

 あ、俺、絶対領主向いてない。


 そもそも領主って美女取っ替え引っ替えって話じゃなかったの?

 お先真っ暗だよ。

 正直こんな領地なら要らなかったなぁ。

 エリックの尻拭いなんてごめんだ。


 門から入れないから、直接グレモリーの近くに【転移】した。


「うわあぁぁあ!」


 なんだなんだ?

 グレモリーが冷たい目で俺を見ている。

 目線を下に向けると、尻餅をついた灰色の短髪貴族があんぐりと大口を開けていた。


「い、いきなり、現れた?」


 ああ、【転移】を見てビックリしたのか。

 そして、こいつがエリックの兄貴なのだろう。

 濃い眉毛に暑苦しい二重に彫りの深い顔。

 エリックと似てるのは髪の毛の色だけだ。

 母親が違うらしい。

 エリックは妾の子だ。


「ラウールさん、この方がここの新しい領主となるテツオ様です」


「あ、貴方が……

 はっ!こ、この度は愚弟が多大なるご迷惑をお掛けしっ!」


 ラウールという名のエリックの兄貴が、床に頭を擦り付けながら謝りだした。


「あー、やめて下さいお兄さん。

 今日は建設的な話をしにきました」


 グレモリーに目配せすると、ラウールの肩をガッと掴んで無理矢理立たせた。

 おいおい、悪魔がそんな力入れると腕がもげちゃうよ。


「もうちょっと貴族らしく振る舞いなさいよ。

 すいません、世間知らずで」


 三人でテーブルを囲んで話をする事にした。


 どうやらラウールは財政難の立て直しに昼夜問わず忙しく、悪魔の存在は全く知らなかったようで、エリックの怪しい動きにも全く気付いていなかった。


 ラウールは両親と弟を一気に失い辛いだろうが、この領地の事を誰よりも知っているこいつにはこれからまだまだ働いて貰おう。


「私が形式上、新領主となりますが、執務はほぼこちらアデリッサ嬢が担当します。

 ラウールさんには引き続き領地の為に仕事をして頂きたいのです。

 辛いかもしれませんが、お願いします」


 ラウールは立ち上がって俺の両手を握りしめ、泣いて感謝を述べた。


「ありがとうございます!

 精一杯やらせていただきます!」


 家族の罪を償う機会を与えられた事に感謝しているようだ。

 最悪、一族郎党ことごとく処刑もあり得るらしい。

 法律どうなってるの?


 ラウールに椅子に座るよう促す。

 差し当たって、街の暴動を早いとこ鎮静化させておきたい。

 どうなっているのか聞いてみる。

 灰色い太眉が困った感じに曲がる。


「この街に住んでいた貴族の殆どが家を捨て、私兵を連れ、サルサーレや他領地へ引っ越していったんです。

 資金難の為に暴動を鎮圧する兵を雇う事も出来ません。

 このままじゃ、暴動にかこつけて、もっと酷い犯罪が横行する危険性があります」


 ギルドは基本、対人外戦を想定した機関だ。

 領民を守るのは領主であり、その兵である。

 街の入り口にいた門番が相手をするのはあくまで人間の敵、魔物に対してだけだ。


 なるほど、上手くできている。

 などと感心している場合ではない。

 ……ふむう。


「では、暴動は私にお任せください。

 今日のところはなんとかしてみます。

 明日には私が所属するクランのメンバーがこの街に到着するので、しばらくは何とかなるでしょう。

 ですが、予算確保は急務です。

 ラウールさん、金銭を流通させる為にこの領地には何が必要だと考えますか?」


 ラウールに、この街が抱える問題と改善策を全て吐露させる。

 ラウールは領地について滔々と語る。

 なんだ、分かってるじゃないか。

 まぁ、俺なら全て実現可能な案件だが。


 ひとまず、当面の危機を乗り切る為にラウールに白金貨を百枚渡しておく。

 俺が金貨を出し続ける事は簡単だが、それでは街の経済は一向に流通しない。

 街自体が色んな仕事で溢れ、人が動いていかなければ本当の再生はない。


 あ、ヤバい。

 面倒事に完全に首を突っ込んでしまっている。

 だが、こうなったらやるしかない。

 ラウールを連れて城を出た。


 ——ジョンテ城・城門


 門前ではまだ暴徒と化した領民達が荒れ狂っていた。

 失業した者、貴族に怒る者、それぞれに暴れる理由が何かしらあるのだろう。

 彼らの真意は救済を求めている。


 俺とラウールは門上部の見張り台に立つ。

 ジョンテ家の貴族の出現に暴徒の手がピタリと止まる。


「民よ!聞いてくれ!

 私の隣にいるこの方が新しい領主となる!

 この領土は必ず再生する!

 近いうちに、必ず皆に安定した暮らしを約束しよう!」


 ラウールの宣言に領民達がざわつきだした。

 期待されていたラウールの言葉は、民の心に響くのか?


「貴族の言う事は信用できねー!」


「騙されるなー!」


 何処からか石が飛んできて、ラウールの頭に直撃する。

 それを皮切りに群衆はまた暴徒化し、破壊活動を再開しだした。

 駄目だ。ここでの貴族の信用は、限界まで失墜している。


 ——グゥオオオオオ!


 突如、恐ろしい雄叫びが空に響く。


「な、なんだアレは?」


「ま、魔物だー!」


 暴徒が異変に気付き、空を見上げると羽の生えた魔獣が四体、群衆に向かって襲いかかってきた。

 門前に降りた二体の魔獣に体当たりされ簡単に弾き飛ばされる領民達。

 その背後にも魔獣が二体着地し、挟まれた形で逃げ場が無くなる。

 数人が武器を構え無駄な抵抗をするが、キマイラと呼ばれる強大な力を持つ獅子の様な魔獣には、何も通じない。

 前足や尻尾でことごとく武器を弾き飛ばされてしまった。


 そこへ、上空から羽根の生えた人型の悪魔が舞い降りてくる。

 それはリリムという女型の悪魔だった。

 全長150センチくらいで、本当は蠱惑的で美しい顔をしているが、戦闘用なのか牙が生えた獣を模した仮面を被っている。

 その艶かしい女体は、局部を紐の様な黒い闇で隠しただけの全裸に近い格好だ。


「暴れたいなら私も混ぜなさいよ。

 バラバラにコロしてあげるから。

 キャハハハハ」


 悪魔の言葉は、群衆に絶望の恐怖を植え付けた。

 逃げ場の失った領民達はその場にへたり込み頭を抱え、命乞いをし震えている。


「私が相手だ!

 民は私が守る!」


 さぁ、俺の出番だ!

 剣を構え、上空のリリムに向けて門から飛び上がる。


「お前が領主なの?

 決めた!

 お前を殺して、ここを私の住処にするわ!」


 リリムが俺に向かって急降下してくる。

 俺の一撃をスルリと躱し、逆に爪による鋭い一撃を胸に食らってしまった。

 ブシュッと赤い血が勢いよく噴き出す。

 完全に舐めてた。

 めちゃくちゃ痛ぇ!


「テツオ様っ!」


 ラウールが悲壮な顔をして俺の名前を叫ぶ。

 民が固唾を飲んで俺の戦いに見入っている。


「私が負ける訳にはいかないんだー!」


 大きく叫び、渾身の一撃をリリムの頭に叩き込む。

 仮面がひび割れ、リリムが顔を隠すように抑える。


「つ、強い……

 逃げるわよ!」


 リリムが上空に飛び上がり、それを追うようにキマイラ四体も飛び上がり、逃げ去っていった。


 出血が思いのほか酷く、気を失いかけ群衆の輪の中に墜落する。

 爪に毒とかないよね?


 民の何人かが、俺を気遣い、俺の肩を抱え、ポーションまで使ってくれた。

 ポーションには止血効果もあるのか、みるみる血が止まった。

 すごいのね、ポーションて。

 でも、ダメージは残っているみたいだから回復量は弱い。


 ラウールが近付き、俺を抱える。


「またいつ襲ってくるか分からない!

 皆は安全な場所へ避難せよ!」


 暴動は悪魔の乱入で収束した。

 傷付き倒れている俺に向かって、領民達から拍手が起こり始める。

 騒ぎを聞きつけた人々が門前に殺到する。

 拍手はどんどん大きくなり、次第に歓声へと変わっていった。


 領民達は新領主を称え、テツオという名前は一瞬にして街に広まる事となった。

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