第44話アデリッサ

 ソニアが深刻な顔をして俺に告げる。


「テツオすまない。

 ……死刑だ」


 勿論、俺が死刑になる訳ではない。


 会議室にてソニア、モーガン、リヤド、ヴァーディらと、俺の報告について議論が交わされ、団長が意見をまとめた。

 リヤドが団長に代わり発言する。


「テツオの言う通り、貴族達を炙り出したのは確かにエリックの功ではあるが、主犯が裁かれないのは民衆が決して許さないだろう。

 この世界には、民意は法に勝る、という言葉があるくらいだ。

 死刑は絶対だ」


 だそうだ、エリック。

 残念だよ。

 民衆を敵に回してまでエリックを助ける義理はない。


「大丈夫です。

 それより、本気で俺が賜る予定の新領土に皆さん移るつもりですか?」


 俺が貴族、侯爵マーキスになり、ジョンテ家と他五家の領地を拝領する事を伝えると、【ノールブークリエ】の馴染みの面々がついてきてくれると言ってくれた。

 団長が言うには、俺の活躍によりクランへの入団希望者が溢れ出し、サルサーレの街だけでは捌ききれなくなったそうだ。

 ギルドの勧めで、新領地への異動が提案されたのも大きい。


 百名を超える新団員達はこのまま街に残らせ、副団長の金等級ゴールドモーガンや古参の年配団員達に、指導、育成してもらう。


 新領地の治安がどうなっているのか分からないが、ある程度平和になったこの街よりは遥かにビジネスチャンスがあるのは間違いない。

 腕に自信がある新団員からも有志を募り、人数が揃い次第、明日にでも出発するという。

 些か展開が早い気もするが、そこが冒険者ならではのフットワークの軽さなのであろう。

 あるいは、ソニアが俺から離れたくない故の措置なのか。

 ……いや、考え過ぎか。


 そして、今夜は俺が貴族になった祝いで、また宴が催されるらしい。

 毎日、宴会ってどうなってるんだ。

 めっきり仕事のないヴァーディの考えそうな事ではあるが。


「主役のテツオは、絶対参加だからな」


 ヴァーディが念を押す。

 もうモーガンの横は嫌だなぁ。


 報告が終わったし、夜まで時間があるので、クランホームから出て街に戻る。

 上空にて街を見下ろす。


「グレモリー、今すぐ来れるか?」


 グレモリーは俺の支配下にある悪魔だ。

 公爵の一人娘アデリッサとしてサルサーレ領に溶け込んでいる。

【召喚魔法】で強制的に呼び出す事は可能だが、貴族関係者の眼前で突然姿が消えたら正体がバレてしまう危険がある。

 なので、まず確認をとってから呼び出す。


 ——すぐ行けるわ


 突然、背後に気配を感じる。

 うわっ!

 振り向くとそこには赤い髪を風になびかせるグレモリーがいた。

 びっくりした顔をバッチリ見られてしまった。

 自分が普段使ってるくせに、他の人が突然現れたら驚いてしまうな。

 実際、【転移】はかなりの魔力を必要とし、距離が遠ければ遠い程、比例して魔力消費量が増えるらしい。

 今まで何も気にせずバンバン使ってこれたのは、俺の魔力量がデタラメに多いお陰だ。


 これからは俺の使い魔となったグレモリーには、定期的に俺が直接、魔力を注入してやる必要がある。

 もう人間を襲って生命力、魔力を吸い取る事はない。

 人間に無害の悪魔になったとはいえ、俺が悪魔を使役している事実は秘密にしておいた方がいいだろう。


「公爵の様子はどうだ?」


 先程、アンビリバボーな奇跡体験をさせて、体調不良に陥った公爵のその後を聞いてみる。

 酒に酔ってたせいもあり、気持ち悪くて少し休んでたみたいだが、調子を取り戻した途端、妻と娘に俺の凄さを自慢気に語り出し、娘の結婚に俄然乗り気になったらしい。

 気に入っていただけて何よりだが、結婚は諦めてくれ。


「それで、いい物件はあったか?」


 グレモリーにはついでにサルサーレの街で過ごす為の物件を頼んでおいた。

 もちろんです、と言う彼女に案内してもらい、少し高度を下げる。


隠密ステルス】スキルなんかより遥かに上の魔法【透明インビジブル】で浮遊しているので、民には一切気付かれないだろう。

 念には念を、だ。


 街の入り口から左手に進み、高級店の並びから更に奥へ行くと貴族らが住む高級住宅地がある。

 この街に住む者の中にも没落した貴族の一族がいるようで、数件が空き家になったようだ。

 グレモリーが指差すのは、その最奥の林地だ。

 かなり広大な敷地面積があり、巨大な館と離れにも数棟、それが林の中にひっそりと建っている。


 これならデカス山のテツオホームに住む女性達が誰にもばれる事なく転移装置で移動し、街に行く事も可能だろう。

 彼女達には、いずれ街に行き文化や人に触れる時間も必要だし、俺もずっと雪山に閉じ込めておこうなんてつもりはない。

 希望者には、街に戻ってもらっていい。

 選択肢はもっと増やすべきだ。

 例えば、新領地の安全が確保できれば彼女達の転移先を作ってもよいし、移住してもよい。

 もちろん、卒業式として一回ヤッてからね。


 館の中を一通り見回り、贅沢過ぎるくらい状態は問題ない。

 グレモリーにこの物件へのオーケーサインを出し、次に新領地への移動を促す。


 明日朝には【ノールブークリエ】が新領地に向け出発する予定だ。

 馬や馬車で向かうだろうから、夕方には着くかもしれない。

 今のうちにある程度、領地の状態を見ておきたい。


 グレモリーの方を見ると、目を瞑って顎を上げている。

 キスのおねだりをしているようだ。

 だがこれは、経口での魔力摂取を望んでいる。

 触るよりキスの方が実は魔力注入が速いのだ。


「なんでだよ。

 さっき城で魔力少し分け与えたじゃないか」


 公爵に会いに行った時、グレモリーには魔力量を一万近く渡したはずだ。


「私の中のアデリッサが求めてるの」


「どういう事だ?

 アデリッサは病気で死んだって言ってたじゃないか。

 まさかお前、アデリッサの魂を囚えているのか?」


 俺が敵意の魔力を込めると、グレモリーは慌てて両手を振り、誤解を訴えた。


 アデリッサは死の間際に、身体に侵入してきたこの悪魔にもっと生きたいと願ったという。

 だが、それはアデリッサにとって辛い日々の始まりだった。

 自分の身体が、悪の為に動くのをただ見てるだけなのだから。

 最近まではグレモリーの非道の行いに心を閉ざすしかなかったが、俺の平和のピストン、つまりピーストンにより呼び起こされたのだ!

 これぞ、人間讃歌!


 グレモリーは俺に親孝行しろと【洗脳】された。

 両親を気遣う悪魔を間近に見て、アデリッサはグレモリーと魂の融合を選び、グレモリーがそれを受け入れる。

 俺の【洗脳】により、本来なら相容れない筈の人間と悪魔を結び付けてしまったのだ。

 今、目の前にいる悪魔には、少しずつだがアデリッサの心、人間の感情が芽生えている。


 目を見れば分かる。

 グレモリーの表情に悪魔特有の冷たさを感じない。


 しかし、まさかそんな事が起こり得るのか?

 悪魔を根本的に変化、いや別の何かに転換させてしまっている。

 これはレアケースだ。

 今後、人に乗り移った悪魔がいた場合には試してみる価値があるのかもしれない。


「なるほどそうか。

 じゃあ、今後お前の事はアデリッサと呼ぼう」


 そう言って肩を引き寄せ、顎クイでキスをする。

 アデリッサがされるままに俺を受け入れている。

 慣れていないのかフルフルと震えだした。

 息苦しそうだ。

 悪魔のくせに?


 キスをしながらグレモリーに【思念伝達テレパシー 】で話しかける。


 ——キスくらいで何震えてるんだよ


 ——キスしてるのはアデリッサよ


 アデリッサはグレモリーと融合はしたが、完全に一体化した訳ではなく、二重人格の様にアデリッサの人格も出すことが出来るらしい。

 ややこしくなってきましたよ?

 魔力を入れ終え、口を外す。

 アデリッサは潤んだ瞳でハァハァと息を荒くしている。


「下手でごめんなさい」


 戸惑いながら指で唇の周りに垂れた唾液を拭うアデリッサ。

 可憐な瞳がチラリと俺を見上げる。

 可愛いな、おい。


「もっかいしよ、もっかい」


 アデリッサの小さな顔を両手で抑え、チュッチュと軽めのキスを何度も繰り返し、その都度表情を確認する。

 しつこく何度か繰り返していると、アデリッサは恥ずかしさのあまり目を合わせてくれなくなった。

 こういう初い反応、変態の大好物です。


「ちゃんと俺の目を見るんだ」


「……はい、んっ……んんっ……」


 アデリッサは俺の動きに懸命に応えようとしている。

 ぎこちなさがそそるねぇ。


「お嬢ちゃん、後でもっと気持ちいい事しよっか?」


 そう言った瞬間、アデリッサの身体から反応が消え、グレモリーの人格に切り替わった。


 ——何、怖がらせてるのよ


 ——へへっ、興奮しちゃいまして


 ——もう!……でも、魔力ありがとう


 グレモリーがお礼にキスをする。

 同じ顔なのに、反応が二種類。

 一粒で二度美味しいとは、正にこの事だな。


 次は逃げられないようにアデリッサを抱きたいね。


 では、行くか!

 新領地へ!

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