第26話神殿の使者

 早朝、スーレの村。


 エナと両親、俺の四人で、神殿の使者を待つ。


 もう、かれこれ一時間は待っている。

 早朝というアバウトな時間設定に、少しイラついてきた。

 何故、時計が無いんだ!

 いかんいかん。

 エナの顔を長時間見れるんだから幸せじゃあないか。

 たまに目が合い、エナが照れる、を繰り返して時間を潰す。

 あー、楽しい。



 …………。



 神殿とやらは、北の王国ボルストンの王都にあり、サルサーレ領から更に二つ領地を挟んだ先だというから、かなりの遠方になる。


 それだけで、この北の王国の大きさが分かる。


 そんなところから神官がどうやってくるのか気になっていたが、なるほどそういう事か。


 遣いの神官二人は転移装置を使って、この辺境の村スーレに突如眩い光と共に現れた。

 村長夫妻は面食らっているが、俺には大仰な演出に見えて白ける。


 転移装置は箱型で鋼鉄製だ。

 大きさは八人くらいは乗れそうな感じだが、実際は見当も付かない。

 重量オーバーがあるのかも。

 エレベーターに似ているな。

 煌びやかな白金枠で装飾してあるのは聖職のイメージを出したいからかと邪推してしまう。


「巫女になりし、エナなる乙女はこちらへ」


 顔まで隠れる白い法衣を着ている神官がエナを呼ぶ。

 エナは緊張した面持ちで一歩一歩、二人の神官へ近づいていく。


 二本の錫杖がエナの頭上に掲げられ、男の神官が何かを唱え出した。


「神の御使、大天使の御前、恐み恐み、巫女の祈祷を捧げ祀る。

 願わくば神の奇跡を賜らん」


 意味不明理解不能だが、大丈夫か?

 訝しんで見ていると、錫杖から白光が注ぎエナを包み込む。

 どうせトリックだろ?


「あ、ああ、ありがとうございます」


 暖かい光に包まれたエナから神聖な力を感じる。

 マ、マジか?

 ホンマもんの神官だったのか?


「貴女は御使に選ばれ、巫女となりました。

 これより王都の大神殿へ移動となります。

 皆に別れの挨拶を済ませてきなさい」


 慈愛に満ちた若い声だ。

 こちらは女の神官だったのか。

 そういえば、丸みを帯びた法衣が途端にエロく見えてきた。


 エナがこちらに戻ってくる。

 両親と抱き合い、泣きながら別れを惜しむ。


 あれ?なんか俺、場違いじゃね?

 ソワソワしていると、エナが俺の前に立ち、両手と顔を胸にすり寄せる。


「テツオ様、お慕い申し上げます」


 エナの肩が僅かに震えている?

 どうやら、すすり泣きしている様だ。

 別れが辛いらしい。

【転移】でいつでも会えるんだが、エナには分からないだろう。


 エナの頬に手を当てると、涙が止まらなくなってしまった。

 暖かい涙がつうつうと俺の手を濡らす。

 愛おしくなってくるな。


 そのまま手をスライドさせ、神官に見えない様に、小さなピアス型の赤い魔石をそっと耳たぶに埋め込む。

 術者である俺にしか外せない仕組みになっている。


「何かあれば俺の名前を呼ぶんだ。

 俺はずっと側にいる。

 いつでも迎えに行くからな」


 エナの耳元で囁き、頭を撫でる。


「テツオ様……」


 ギュッと抱きしめた後、両手で細い肩を掴み顔を覗き込む。


「泣かなくていいんだ。

 俺はエナの笑顔を見ていたひ」


「はい」


 良いところで噛んでしまったが、そこでエナに笑顔が戻り、俺も安堵する。

 親指でそっと涙を拭ってやると、エナの目にみるみる力が戻った。

 そうだ、エナのおっとりした優しい目の奥には強さがある。

 初めて会った時、その目に惚れたんだった。


 神官と一緒に転移装置に乗ると、健気にエナが笑顔を湛えたまま、箱が一瞬で消える。


「き、消えた!

 テツオ様、エナは、エナは大丈夫なんでしょうか?」


 一瞬で人が消えるという非現実的な光景を目の当たりにすると、文化レベルの低い村人では困惑して当たり前か。


 だが、エナに埋め込んだ魔石ピアスが俺に現在地を教えている。

 あの転移装置はしっかりと王都とやらに移動済みだ。

 少しばかりだが、両親を安心させてやろう。


「俺は魔法使いだ。

 エナが無事、王都に着いた事を魔力で感じている。

 安心しろ」


「ああ、そうでしたか!

 テツオ様、本当にありがとうございました!」


 両親がぺこぺこ頭を下げるのでなんか困るなぁ。

 愛想笑いをして、手を挙げて応えておく。

 社交的な態度や付き合いとかは苦手なんで、早々にこの場を去ろう。


「じゃ、これで」


【転移】


 装置だとか一切関係なくテツオが一瞬で消えたので、残された村長夫妻は空いた口がしばらく塞がらなかった。



 ——————



 朝、ようやく自分の部屋に戻ってくる。


 ベッドを使いもしないのに宿など借りる必要なんて無かったなぁ。

 いや、隣の部屋にリリィが居るならアリバイ作りとしてダミーで借りておく必要はあったか。

 いやいや、俺は一体何を気にしているんだろう。


 腕に嵌めた俺特製の魔石時計を見る。

 小さい青水晶の中に魔力で表示されている長針、短針が時を刻んでいる。

 今は午前六時だ。


 ああ!時間が分かるこの喜び。

 晴れやかさすら感じる!


 朝飯までまだ時間はあるし、隣室を【探知】する限りまだ就寝中の様だ。


 今のうちにちょっと野暮用を済ませてこよう。


 リリィの部屋の扉をドンドンと叩き、朝飯まで戻る、と一方的に伝えておく。

 この気遣いが仲間って事なんだよね。



 ——————



 サルサーレの街・ギルド依頼取引所


「えー!?

 これ全部ですかー?」


 ギルドの受付嬢ラーチェの大きく青い目が更にパチクリと見開いている。

 口もあんぐりと、だらしなく開きっぱなしだ。


 ここは依頼品を検品、受領などをする為の、川沿いに設置されたギルド管轄の取引所だ。

 巨大な倉庫が何棟もあり、冒険者や街の兵士達が厳重に警備している。


 依頼品は船を利用して移送したりも出来る為、町には川が流れている。

 今、その川岸を多種多様な鉱石が埋め尽くし、パンク状態になっていた。


「一晩ですよ?

 一晩でこれだけの量の鉱石を集めたんですか?」


「ええ、頑張りました」


 金等級ゴールドになる為には百万ゴールド分の依頼達成が必要だった。

 昨日、ギルドの掲示板を眺めていた時に、鉱石の採集依頼を見かけたので、リリィにそれ系の依頼書だけを集めさせておいたのだ。


 下は鉄鉱石から、銀鉱石、白銀鉱石ときて、上はミスリル鉱石まで、【土魔法】で具現化させるだけの簡単なお仕事。


「これは【強化ブースト】した銀等級シルバー戦士職ウォリアーかB級以上の鍛冶師スミスじゃないと運べませんねー」


「ああ、倉庫に入れるなら移動させますよ」


「へ?」


 倉庫にはちゃんと木札が設置されていて、各依頼品の保管場所は決まっているらしい。


 別に必要ないが、演出上、手を翳しながら巨大な鉱石を宙に浮かべ、決まったスペースへ次々と移動させる。


「ええーーっ!?」


 またラーチェは両手を広げて驚く。

 大袈裟だが、そんな仕草も可愛く見えるなぁ。


 ものの数分で倉庫に搬入終了。


「お、お疲れ様でした。

 確かに依頼達成です」


「あ、待ってください。

 あとコイツも」


 驚愕の更に上にいってみっか?

 わざわざ用意した大きめの麻袋のリュックから、金等級ゴールドに昇格する為の指定害獣アイアンホーンの角を取り出し、ポンとラーチェの手の上に乗せる。


 ラーチェは目の前に起こっている展開に、もはや理解が追いつかずフリーズしてしまった。


「ラーチェさん?ラーチェさん?」


 声をかけても反応が無いので、肩を強めにブンブンと揺さぶる。


「はっ!……っと、失礼しました。

 私もう驚きすぎて麻痺しちゃいましたよー。あは、あはは」


「なんか、すいません」


 ラーチェはコホンと一つ咳払いをすると、アイアンホーンをしっかり検分する。

 俺の【解析】レベル程では無いが、ある程度の鑑定眼を持っているようだ。

 そして、俺の目を真っ直ぐに見つめる。


「一人で倒したんですか?」


「もちろんです」


 ズルはしてない。


「えっーと、そうじゃなくてですね。

 アイアンホーンはこの辺りでは一番の強敵なので、銀等級シルバーでしたら通常複数人のパーティで長時間戦ってやっと倒せるかどうかなんですよ。

 それを一人でだなんて、非常識です!

 命を大事にしてください!」


 ああ、そっちの心配か。

 でも、ラーチェの目は真剣だ。


「以後、気を付けます」


「冒険者さんの命を守るのもギルド職員のお仕事なので、今度からは私に相談してから依頼受けてくださいね!

 約束ですよ!」


 人差し指を立ててウィンクをする。

 朝から可愛いものが見えた。


「はい」


 もう、素直に返事するしかない。

 貴方の犬になりたい。


「ですが、偉業なのは間違いありません。

 金等級ゴールドへの昇給手続きは私がしっかりしておきますね。

 数日で審査が通ると思います。

 あと報酬合計135万7000ゴールドは明日以降いつでも受け取り可能です。

 ではでは、お勤めお疲れ様でしたぁ」


 ラーチェは頭の上に片手をピッと挙げて敬礼し、踵を返すとスタスタとギルド本部へ向かって歩いて行った。

 あくまでも事務的な態度だ。

 いつか、特別視されたい。

 そう思いながら、去っていくラーチェのお尻を眺める。


 ぐぅ、とお腹が鳴ったので、宿に戻ろうかな。

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