第25話ヴェリアス

 …………なんだ?


 ああ、気持ちいい。


 夢……か?


 俺の頭どうなってんだ?

 まだそんな夢を見るのか、俺は。


 目を開けると、俺の上でエリンの使い魔であるサキュバスが腰をマッサージしていた。


 名前は確かベルだったか?


 そうだよな、エリンの前では流石にマッサージしにくい。

 その反動でこんな夢見るんだな。


 透明なくらい青白い悪魔の肌。

 細い括れた腰が体験した事ないリズムで動き、俺の気持ちいいスポットをマッサージする。


 圧倒的なテクニックを味わいたいという男の願望だな、これは。


「なんて、いい夢だ」


 ピタリと動きが止まる。


「くくく……夢な訳ないだろう?」


「え?え?」


「無理矢理(マッサージ)やられてるんだ、お前は」


 顔を横に向けるとエリンが俺の左腕でスヤスヤと寝息を立てている。

 夢じゃない。

 顔をベルに戻すと、淫らな笑みを浮かべる。


淫魔サキュバスの本気見たい?」


「ベ、ベル?」


「ヴェリアスだ」


 ベルのマッサージ器がウネウネと波立つ。

 内部に触手があるのか、何本も俺の筋肉に絡みつき、時に優しく、時にキツく締め付ける。

 腰の動きプラス触手の締め付けで何パターンものバリエーションで俺を攻めまくる。


「ど、どうなってんだ?コレ」


「人間じゃ満足出来ない体になるぞ?」


「ああっ」


 ヤバい!

 大きめの声が漏れてしまった。


 さっと左を見ると、セーフ!

 起こしてない。


「気にするのか?エリンの事を。

 余裕だな?」


「くっ、何で、こんな、事を?」


 止めどない快感に耐えながら理由を聞く。

 淫魔に聞くのは間抜けか?


「くく、くはは!

 私の事を(マッサージ)やりたい目で見てたじゃないか。

 淫魔サキュバスはそういった欲を敏感に感じ取れる。

 これはお前が望んだ事だ」


 うん。

 そんな目で見てたよ。


「くっ、じゃあ俺の本気を見せてやる!」


【水魔法】発動!

 掌を象ったゲル状の触手が何本も現れ、ベルの身体中に絡みつく。

 更に一本の触手がベルのマッサージ器ににゅるりと潜り込む。

 それは俺の筋肉にぐるぐると巻きつき、採掘ドリルの様に回転する硬質ゲルとなって補強する。


「くっ、俺のターンだ!気をしっかり持てよ」


時間遅行クロノスラグ


 ほんの少し時間の流れをゆっくりにする。

 その間、しっかりホールドしたままドリルマッサージャーでギュルギュル突いて突いて突きまくる。

 これで時流を元に戻した時、全身に蓄積した快感が一気に襲い掛かるだろう。

 ベルの表情がゆっくりと変化し、次第と耐える顔へと変化していく。

 その様がとても興奮してくる。

 ついついマッサージ器をスライドするスピードが加速してまうわ。


 くっ、そろそろか?


解除クリア


「!!!」


 快感がベルの全身を稲妻のように通り抜ける。

 上半身が激しく振動し仰け反った。

 気絶したのかビクッビクッと痙攣している。

 悪魔だし死なないよな?

 そこへ俺もマッサージフィニッシュ。


【回復魔法】


 気絶して、しばらく反応がなかったので覚醒させてやる。

 いつまでも俺の上に乗っていられても困るんだが。


「淫魔が人間なんかに……」


 目覚めたベルは呆然としている。

 自尊心を傷つけたかもしれない。


「こんなの絶対エリンにしたらダメだからな」


 俺に顔を近づけてそう言うと、唇と唇が少し触れた気がしたが、ベルはもう消えていた。


 ふぅ。

 こんなドリルマッサージ、人間の女には出来ないよ。

 そんな事を考えながら、横で幸せそうに寝るエリンにそっとキスをする。

 さてと、もう一眠りしようか。



 ——————



 結局、朝早く目覚めたので、テーブルでお茶を飲んでいた。


 エリンはまだ寝ている。


 お茶を入れてくれたのはベルことヴェリアスだった。


 黒髪の前下がりボブから見える顔は、無表情で無感情だった。

 悪魔って基本そうなのかな?


「は、話しても、いい?」


 なんか、どう切り出していいか分からず、ボソボソっと話し掛けてしまった。

 俺の残念な定番パターンだ。


「何?」


 ううっ、冷たい。

 でも、コミュニケーションは取ってくれるようだ。


「もしかしたら、今日これから悪魔を倒しに行くかもしれない」


「ふーん」


 なんだ、ふーんて。

 反応薄っ。

 じゃあ先にお前を倒してやる、とか言われて敵対関係になる可能性まで考慮してたのに。

 同族を倒される事に対して何も思わないのか?


「え?それだけ?」


「何か言って欲しいの?」


 ベルは窓際の植木鉢にいるウネウネした気持ち悪い植物に怪しげな色の水をやりながら、俺に冷たい目を向ける。


 その目に気押され黙っていると、


「人間だって、動物を可愛がったり食べたりするだろ?

 お前が何を殺そうが私は気にしない。

 エリンを悲しませたら殺すがな」


 そういうものか。

 悪魔が人間を殺したら、人間は結託して悪魔を恨むけど、人間同士でもいがみ合い殺し合う。

 人間と悪魔の共生は歪な形でも可能なのかもしれない。


「うーん、何を殺すんだ?」


 パジャマ姿の少女エリンが眠そうに目をこすりながら、ふわふわと宙に浮いて起きてきた。

 下は何も履いてないが、ロリスタイルに戻っててがっかりだ。


 そのままふわふわと何の迷いもなく俺の膝にちょこんと収まった。


「えへへー、わらわの特等席だぁ」


「おい、椅子いっぱいあるだろ?」


「わらわはいつもここに座ってるんじゃ!

 テツオがここに座ってたのが悪いんじゃぞー」


 朝から変な駄々を捏ねやがって。

 まぁ、いいか。

 もうすぐ出掛けるし。

 何気なしに柱を見る。

 時計が掛かっていた!

 でも、四分割の時計だから、十二時、三時、六時、九時で区切られ、針とかは無い。


「あ、時計だ」


「当たり前じゃ。

 わらわは時空魔法を研究してるんじゃからな。

 南の王国に行けば城にもあるぞ。

 わらわが作ってやったんだ。

 でも三百年経ってるしなー。

 もう壊れてるかもなー」


 そうなのか。

 エリンが時計作ったんか。

 でもサルサーレクラスの大きい街でもまだ普及してないなんて、人類三百年間も何してたんだ?


「で、何を殺すんじゃ?」


「ああ、エリンを悲しませたらベルが俺を殺すらしい」


 ピキリと空間が震え、エリンの目が赤く光る。


「テツオを殺そうとしたら、わらわが先に貴様を消すぞ」


「申し訳ありません」


 怖っ。

 え?この二人、仲良しコンビじゃないの?


「テツオ、わらわはお主が何をしようと悲しんだりせんからなー」


 切り替えが早く、エリンは何かにつけて俺に甘えてくる。

 ベルに視線を送ると無表情のままだ。

 悪魔がいまいち分からない。


「エリン、俺は冒険者になった。

 任務は悪魔退治なんだ」


 エリンは下から俺を見上げてキョトンとしている。


「テツオがなんでわざわざ冒険者なんぞするんじゃ?」


「冒険者は男のロマンなんだよ」


「わからんのぅ」


 エリンは感心ないように、自身の長い銀の髪をブラシで梳かしている。

 いい匂いがふわりと鼻をくすぐった。


「それよりこの北の領地にいる悪魔の事知らないか?

 どこか潜んでいるみたいなんだが」


悪魔デモンなんていっぱいいるからなー。

 人間に化けてたり、操ったり、色々な」


「そういう悪魔は見破れるのか?」


悪魔デモンには関わらん方がいいがなぁ。

 あー、でも任務と言ってたのぅ。

 そうじゃ、ベルを連れていけ。

 悪魔デモンを探すのに役立つぞ」


 うーん、確かに。

 人間に化けてる悪魔を【解析】しても、もしかしたら分からないかもしれない。


「じゃあ、今回は借りていこう。

 よろしくな、ベル」


「ふん。

 私を呼び出す時は【召喚サモンヴェリアス】と唱えろ」


 そう言うと影の様にブゥンと消えていった。


「なんじゃー、あやつは?

 わらわのテツオに対して不敬じゃなー!

 テツオ、何かしたのか?」


 エリンがぷんぷんしているが、あまり突っ込まれたくないし、もう帰ろうかな。


 お茶を飲み干し、エリンをひょいと持ち上げ椅子に座らせる。


「そろそろ行かないとな」


「気をつけるのじゃぞー」


 そう言うと、エリンが椅子の上に立って背伸びし、俺に腕を回して口付けをする。


「いってらっしゃいのチュウじゃ。

 コイビトはこういう事するんじゃろ?」


 意外にも可愛らしい事をする。

 本当は三百年前にしたかった事なんだろうな。

 そう思い至り、エリンをそのままギュッと抱きしめる。


「行ってくる」


 エリンは俺が【転移】して消えるまで、顔を真っ赤にして身体をカチコチに固まらせていた。



 ——————



 そこは、深く暗い洞窟だった。

 二つの影が蝋燭の灯りに揺らめく。


 その影達は何やらヒソヒソ話をしている。


「あの依頼を受けた奴がいる」


「誰だ?」


「部下の報告じゃ北の盾らしい」


ノールブークリエ!でかいクランじゃないか!

 大丈夫なのか!?」


 細い影は動揺で激しく揺れる。


「その為に俺を雇ったんだろうが」


 太い影は揺れない。


「た、高い金を払ってるんだ!

 仕事はちゃんとしろよ!」


 洞窟内に一際大きな反響を残したまま、影の一つがふぅっと消える。


「ちっ!度胸もねぇくせに、一人前に悪事は働きやがる」


 太い影が手を挙げると、どこに潜んでいたのか無数の影が一斉にざわざわと蠢き出した。


「ふふふ、クランの生き残りを懸けた仕事になるな。

 だから冒険者は面白い。

 ハハハハハ!」


 太い影はそこで大きく揺れた。

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