第24話森の居館

 彼女は手を振ると会釈し、ステージの奥へと下がっていった。

 後ろ姿に名残惜しさを感じると同時に、現実に引き戻される。


「……彼女の名前は?」


「ナティアラですわ」


 だから、ナティアラズ・バー。

 そうか、ここは彼女の為の店なのか。

 え?アマンダがこの店のナンバーワンじゃないのか?


「アマンダ、君は相当な美人で気品もあって素晴らしい女性だ。

 店の名前がアマンダじゃないのが不思議なくらい、君は主役になる素質があると俺は思う!」


 余計なお節介、お世話だと分かっているが、コミュ障が暴走し、すでに口走った後だった。


「フフフ、ありがとうございます。

 お世辞でも嬉しいわ。

 でも、彼女が歌う時間は誰もが彼女の世界に引き込まれる。

 彼女が歌なら、私は会話で私の世界に引き込みますわ」


 そう言ってアマンダは舌を出しておどけてみせた。

 なんて笑顔だ!なんて可愛さだ!

 最高かよ!


「なんか勝手な事言っちゃって」


「いいんですよ。

 さ、飲みましょう?」


 アマンダは笑ったり拗ねたり色々な表情を見せてくれ、色んな話を聞かせてくれる。

 こんなん男ならすぐ惚れちゃうよ。

 話題に乏しいこんな俺をうまく誘導して、話しやすくさせてくれる。

 その辺、リリィとはえらい違いだ。


 熟練のプロの話術にうまく転がされ、高そうなお酒をどんどん頼む。


 アマンダはなんとナティアラの姉だった。

 この店を開いたのはナティアラに歌を歌わせる為。

 健気な子じゃないか。

 応援したくなる。

 姉妹両方と仲良くなりたいなぁ。


 どうすっかなぁ。

【魅了】で簡単にゲットするのも面白くないしなぁ。


 男磨きの為にちょっと頑張ってみようかなぁ。


「あら?そろそろ閉店の時間が近づいてきたみたいですわ」


 え!!もう!?


「テツオ様、今夜はお会いできて嬉しかったです。

 また、お会いしたいですわ」


 両手で俺の手を包み込み、目を見つめて懇願される。

 顔がすごく近くて、照れまくってしまう。

 だが勇気を出し、もう一歩踏み込む。


「ま、また、会いに来ます」


 ださっ!

 俺、ださっ!

 何にも踏み込めてねぇ。

 結局、どもってるし。


 悶々としながら高い追加料金を払い、店を後にする。

 ブレイダンが店の外で待っていたようだ。

 他の客は既に帰ったようで、人影は他には見当たらない。


「お楽しみ頂けたようですね」


 格好いい口髭がニヒルにカーブする。

 笑い方すらダンディだ。


 は!


 こんなチョイ悪な紳士モテそうだし、この店の常連そうだし、もうあの二人とよろしくやってる可能性あるぞ?

 むむむ、気になる。

 ……気になる。


「どうされましたか?

 難しい顔をしておいでだ」


「ブレイダンさん、待っていてくれたんですか?」


「ええ。

 お誘いしておきながら、テツオ様を置いて先には帰れませんよ」


 俺がお持ち帰りしないように見張っていたのか?

 いや、いかんいかん!

 どんどん考えが悪い方向に堕ちていってる。


「それで、如何でしたか?」


「素晴らしいお店でした。

 正直、興奮しました」


「それは良かったです。

 私の数少ない癒しの場で御座います。

 紹介した甲斐がございました」


「姉妹、と言ってましたが。

 正直、二人の事をもっと知りたいです」


 ダンディスマイルのまま、紳士は歩き始めた。


「ええ、テツオ様は初めての来店でしたから、姉のアマンダさんが接客したようですね。

 ふむ、このままお帰りになりますと、テツオ様が不眠症になるかもしれませんな。

 テリーでもう少し話でも?」


「ありがとうございます」


 バッファロー・テリーに場所を変え、ブレイダンから姉妹やあの店について、根掘り葉掘り聞く。

 聞きまくる。


 数年前、まだ冒険者だったブレイダンの仲間が亡くなった。

 その忘れ形見があの姉妹らしい。

 亡くなった冒険者の子供が歓楽街で働くようになるのは良くある話。

 二人が身体を売らないように、あの店を出す手伝いをしたという訳だ。

 独り身のブレイダンが二人を娘の様に可愛がっているのが話しぶりからよく分かった。


「敷居を高くして、変な客が来ないようにしてはいるんですが、最近は二人の評判を知った若い貴族達が出入りし、傍若無人な振る舞いに迷惑しているそうなのです」


 街にあるものは貴族のものという良くない考えをもつ若い貴族が一部いるらしい。

 貴族の街で営む限り、貴族の権力は絶対だ。

 もちろん法律があり、貴族といえども犯罪行為は罰せられる様だが、グレーな部分で好き勝手出来るのは否めない。

 こちらが手を出そうものなら、この街で商売を続けていけない。

 腐ってる。


「冒険者時代の私なら、そんな貴族なんて斬りふせたでしょうが……。

 今は商売をしている身。

 ですが、もしあの二人を、店を傷付けたなら、私は決して許さないでしょう」


 遠い目をして語る紳士は絵にしかならない。

 だが、このフラグは俺が戴いておきたい。


「ブレイダンさん、よかったら私に任せてもらえませんか?」


 ああ、思わぬチャンスが到来した。

 願わくば阿保貴族には、益々暴れて欲しいものだなぁ。テツオ。


「やはり、出会いに幸運だったのは、私の方ですな。

 テツオ様、やり方は問いません。

 あの二人を守ってもらえませんか?」


「分かりました」


 ブレイダンから直々に依頼を受ける。

 成功報酬はもちろん姉妹といきたいところだが、ここで報酬の話をするのは不粋というものだ。

 これは依頼というより、男と男の約束だ。


 一般客から用心棒へと格上げしただけでも今夜は良しとしよう。


「テツオ様、貴族の悪い噂は私もよく耳にします。

 くれぐれもご用心を。

 この街について聞きたい事があればいつでも工房にお越しください」


 そう言い残し、ブレイダンは帰っていった。

 会計は支払い済みだったので、そのまま酒場を出る。


 今は、深夜二時から三時くらいだろうか。

 北の国特有の山から吹き下ろす風なのか、気候は肌寒いくらいだが、酔ってのぼせた頭にちょうど涼しく心地良い。


 軽く頭が冴えてくる。

 エナとやれず、アマンダ、ナティアラにムラムラし、欲求不満のままでは寝れる気がしない。


 ——————


【転移】


 部屋を全部見渡せるほど、天井に近い空中から館の主を探す。


 館の主は、テーブルに両足を乗せ、座っている椅子をゆらゆらさせながら分厚い本を読んでいた。


「エリン、寝てなかったんだな」


「ん?

 あっ!テツオ!

 来たんじゃな!

 そーかそーか!」


 俺を発見すると大はしゃぎし満面の笑みで空中に浮かび上がり、そのまま俺にダイブしてくる。


「うっ、酒臭い」


「子供には早かったかな?

 臭いなら帰ろうか?」


「こ、子供じゃないし!

 それに帰すわけなかろう!

 ったく!

 テツオめっ!」


 気持ちいいくらい笑顔のまま文句を言う奴初めて見た。

 ハグしたまま離れやしない。

 ムラムラしっ放しだから、会ってすぐではあるが唇を塞ぐ。


「んー?んー!んー!」


 両手をじたばたさせながら抵抗してくる。


「うるさいな、なんだよ」


「話したいことがいっぱいあるんじゃ!」


「やった後でいいか?」


「い、いいけどっ!

 なんかテツオ話し方変わってないか?

 なんか乱暴じゃぞ」


 そういえばそうだったか?

 最初は三百歳を超えた魔女だし、魔法の師匠として接していたが、子供姿を見ると何か扱いが雑になってしまった。


「子供にしか見えないからなぁ。

 お姉さんにスタイルチェンジしてくれたら優しくするかもなぁ」


「や……優しくされたい」


 顔を真っ赤にしながら素直に言う事を聞く。

 精神年齢が低いからチョロ過ぎる。


 ボンキュボンのセクシーお姉さんになったエリン。

 これこれー!


 身体中をマッサージしてナイスバディを堪能していると、刺激が強過ぎたのかぐったりしている。

 それもその筈、魔法で創り出した高速で動く触手がオートでマッサージし続けるのだ。

 触手はゲル状の液体で構成され、温度、硬度を自在に調整可能。

 俺の意のままに動く触手魔法なのだ!


 エリンにとっては二回目のマッサージなのに、いきなりやり過ぎてしまった。

 ぐったりしているエリンの脚を開き、俺のターンだ。


「あぁん!」


 不意打ちのマッサージに大きく反応し、俺にしがみつく。

 エリンのいい匂いに包まれながら、思う存分堪能していると、エリンの背中から黒くふわふわした羽が生えてきて二人を更にギュッと包み込む。


「はぁ、はぁ、……このまま永遠に離れたくない。

 わらわにはテツオだけじゃ」


 そんな台詞を熱い吐息で耳元に囁やかれたら興奮しない男いないぞ。

 マッサージフィニッシュ!


 エリンは気持ちよさそうに果てた。


 俺に腕枕されて幸せそうなエリンの顔を見ながら、お姉さんスタイルなら今後のローテーションに加えてもいいかも、と考えを改めた。


 ちょっと眠くなってきたな。

 俺にもまだ、人間らしい身体の反応があるらしい。

 エリンを引き剥がすのも可哀想だし、少し寝てもいいか。


 添い寝は締めに選ばれた女の特権だな。


 そのまま眠りに落ちていった。

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