第27話ギルド訓練所


 宿に戻ると、一階の食堂でリリィが待っていた。

 他にもたくさんの客が食事をしている。

 テーブルを確保していてくれたのだろう。

 俺に一瞬で気付き、手を振って場所を教えている。

 恥ずかしい奴だな。


「おはよう、テツオ」


「おはよう」


 ま、まぁ、挨拶ができる相手がいるってのは気持ちがいいな。

 あと、笑顔も可愛い。


「待っててくれたのか?」


「だって一緒に食べたいし、朝御飯まで戻るって言ってたし」


 ああ、ちゃんと聞いてたのね。

 とにかく腹が減ったので食事を注文する。


 細かく刻んで焼いた肉の入った卵焼きをパンに挟んで頂く。

 果実のジュースやヨーグルトもあるので、大変美味しくいただけた。

 食べたことがある味や食材だと、かなりホッとする。

 この卵焼きは何か朝によく食べていた気がするんだよね。

 漠然と、だけど。


「そうそう、今日は昼からクランの任務があるから一緒にはいれない。

 午後からは自由に過ごしたらいいぞ。

 せっかくの街だし、羽根を伸ばしてきたらどうだ?」


 リリィが肩をガックリ落とし、あからさまに落胆している。

 死んだ顔で果実をフォークに刺したり抜いたりと挙動がおかしくなっていく。


「パーティ組んでるから、しばらく一緒にいれるって言ってくれたのに……」


 まぁ、確かに言った。

 しかも、これは口が裂けても言えないが、あわよくば悪魔討伐をしようとしている。


「ちょっ、待てよ。同じパーティだとしてもだ。

 四六時中一緒にいるなんて可笑しいだろ?」


「だって、一緒に居たいから仕方ないじゃない」


 うう……、それはそれで嬉しいんだが、俺には自由が必要だ。


「そうだ!

 お前に渡しておきたい物があったんだ。

 これを嵌めてみろ」


「え?」


 瞬時に嬉しそうな顔になる。

 朝から色んな表情を出して、忙しい奴だ。


「何、これ?」


「時計だ」


「時計?こんなに小さいの?」


 リリィの国アディレイにも時計はあるが、城にしかなく、それもエリンの館にあった四分割時計らしい。


 リリィに俺の時計について詳しく説明してやる。

 分単位で二十四時間誤差なく時間を教えてくれ、追加機能としてGPSの様に所有者の場所が分かる。

 更に緊急時には俺にアラームで報せ、ゴーレムが起動するよう魔力でプログラムされている。

 もはや、時計の範疇を超えた兵器レベルだ。


「これがあれば、どれだけ離れていようが、いつでもお前の元へ一瞬で来れる。

 どうだ、安心だろ?」


「あ、ありがとう。

 大事にするね」


 手首に嵌めた魔石時計を色々な角度で眺めてニコニコしている。

 青く光る丸い魔石は宝石の様に見えてるのかもしれない。

 女性には効果バツグンだ!

 どうやら機嫌が直ったようだ。


「あー、それでだなぁ。

 もし、リリィが良ければクランへ行くまでの間、剣の稽古つけてくれないか?」


「ふぇっ?」


 飲んでるジュースを噴き出しそうになって驚く。


「テツオと稽古なんてしたら、私があっさり倒されると思うのだけど?」


「それは俺が魔力を使った場合だ。

 魔力を使わなければ、手も足も出ないと思うぞ?」


「ま、まぁ、私は全然構わないわよ」


「じゃあ、食べ終わったらすぐに稽古しよう」



 ——ギルド直営・訓練所



 ラーチェに教えてもらった訓練所で早速稽古をつけてもらう。

 室内で出来るという事で、道場を選んだ。

 白塗りの岩の壁と床という簡素な造り。

 ちゃんと木製の剣や盾、斧など色々取り揃えてあるので助かる。


 その模造の剣を使ってるんだが当たるとかなり痛く、リリィに滅多打ちにされてボロボロだった。

 所詮レベル10程度の雑魚な俺。


 魔力による補強バフ付与エンチャントを一切しないと、全く手も足も出ない。


「はぁ、はぁ、もう少し手加減してくれよ」


「これでもしてるんだけど、本気出したら?」


「本気だよ!」


 再び振りかぶってリリィに打ち込む。

 が、軽く弾かれガラ空きの胴にカウンターを食らう。


 一時間近く、一方的にボコられてるだけなんだが、これ稽古になってるのかな?

 俺の感覚では、負けてるだけじゃ経験値が獲得できず、レベルなんて上がらないと思うんだけど。


 不安になって自分を【解析】してみる。


 ワタライテツオ

 年齢:25

 LV:10→12

 HP:120→160

 MP:530000→630000


 お、やった!

 レベル上がってるやん!

 負けても経験値になるんや。

 いや、経験値ってモンがあるかどうかは分からんけども、この稽古でレベルが上がってる事は分かった!


 よし、この調子で行くぞ。

 おら、ワクワクしてきたぞ!



 ——稽古再開。



 全身血だらけ、口から血を垂れ流してるのに笑顔で襲ってくるテツオがきもちわ……怖くなって、つい力が入ってしまうリリィ。

 大きい衝撃音と共にテツオが一直線に吹き飛び、そのまま道場の壁に激突し、めり込んだ。


「テツオー!」


 周りで訓練している冒険者達がざわつく。

「おい、医療班呼んでこいよ!」

回復役ヒーラーいないの!?」

「いや、今のは死んだだろ?」

「当たり前だろ!即死だよ、即死!」

「それより、だれか殺人犯捕まえろよ!」

「お前行けよ!」

「俺やだよ!死にたくねぇよ」

「ひ、人殺しー!」


 心無い野次を聞いて、リリィは顔面蒼白になりその場にへたり込む。


「わ、わたし……そ、そんなつもりじゃ」


 ガラガラガラ……


 血だるまが壊れた壁の岩を掻き分けて、呑気な声で出てくる。


「いやぁ、死ぬかと思ったよ」


「テ、テツオ!」


 リリィがすごいスピードで飛んできて、抱きついてくる。


 野次馬がまたざわつく。

「なんだ、生きてたのか」

「当たりどころが良かったんだろ?」

「え?そんな問題か?」

「じゃあ、峰打ちだよ、峰打ち」

「そ、そうか、峰打ちか……」


 野次馬達は訓練に戻っていった。


「私、本当にいつかテツオを殺しちゃうかも」


 いや、もう初対面で一度殺されてるんだよね。

 殺されても文句言えない状況だったけど。


「もうちょっと稽古になるように、リリィに魔法掛けるぞ」


ダーク拘束バインド


 リリィの手足を闇の鎖で縛り、動きを少し制限する。

 これなら運動能力の差が無くなり、剣技のみの稽古が存分に行えるだろう。


「よし、行くぞ!」


「うぅ、動きづらいわね」



 ——更に一時間後。



 一体の血だるまが転がっていた。


「テツオ、大丈夫?」


 心配して声を掛ける聖騎士。


「だ……だいほうふに、みへ……ふか?」


 血が凝固して真っ黒になったボロ雑巾から微かに声がする。

 顔がパンパンに膨らんで話しづらそうだ。


「ごめん…………」


 謝られたらもっと惨めな気持ちになる。

 身体も心も痛過ぎて、涙が出そうだよ。

 剣技スキルを一切使わずに、基礎的な剣術のみでこんなに差が付くのか。

 完全に赤子扱いだった。


 途中から【ダーク束縛バインド】を強めに掛け直したのに、それでも一太刀も与えれないだなんて。


【回復魔法】


 ふぅ、生き返った。


「でも、テツオ。

 言い訳するけど、やっぱり、テツオには元々凄いスピードとパワーを出す力があるんだから、何度も危険な気配を感じたわ。

 だから、つい力を抜くの忘れちゃうのよ。

 気を抜いたら私が死んじゃうわ」


 うーむ。

 リリィ程の強さがあれば、そこまで感じ取れてしまうものなのかも知れないな。

 流石は英雄の一人。

 質が違う。

 とはいえ、俺は絶対にリリィを殺しはしないよ。

 まぁ、俺は死ぬけど、時間が戻って生き返る機能が付いてるからね。


 さて、結果発表〜。


【解析】


 ワタライテツオ

 年齢:25

 LV:12→18

 HP:160→320

 MP:630000→980000


 おお、更にレベル上がった!

 体力も倍になった!

 というか、この魔力の振り幅はなんなんだ?

 身体中に魔力が漲るんだけど。

 時のお姉さんは俺にどんな力の振り分け方したんだ?

 魔力極振りじゃねーか!


 おっと、リリィを放置していたようだ。


「よーし、稽古はここまで。

 とりあえずこれで俺はギルドに行くからな。

 はい、これ」


 白金貨を何枚か渡す。


「え?何のお金?」


「街には服屋がいくつかあるだろ?

 戦闘用じゃなくて、なんか普段着買っておけよ。

 飯行くときに、鎧のままってのもな」


 俺の渡した黒鎧は胸元を強調してるし、腰当ての下はミニスカートだからチラリズムは抜群だが、たまには女の子っぽい服装も見てみたい。

 本音はアマンダみたいなエロい服が見たい。


「私は別に!

 使命があって旅をしてるんだから。

 服……なんて」


 なんだ?頑固だな。


「お姫様なんだろ?

 それにせっかく綺麗な顔してるんだから、可愛い服着て、俺をびっくりさせてくれよ」


 眼鏡越しでもリリィの顔が一瞬で真っ赤になるのが分かった。

 わかりやすくて捗る。

 いつもなら、すぐどもっしまう浮いた台詞だって、こいつにならスラスラ話せてしまうから不思議だ。


「そ、そこまで言うなら分かったわ!

 でも、テツオがしばらく居ないのなら、私も少し情報収集してみるわ。

 王族として貴族に色々聞いて回る事も出来るしね」


 ナイスアイデアでしょ?とでも言いたげな顔で、俺に向かって人差し指を立てる。


「それは俺の仕事だから、お前は何もするな!

 裏に悪魔がいるんだぞ!」


 あ、強く言い過ぎたかも。

 リリィの肩がビクッと震える。


「いや、すまん。

 俺はただお前……を?」


 リリィは閃光の如く飛び去っていった。

 飛ばれては止めようがない。

 それに上手く止める台詞なんて思いつかない。


 …………。


 ……そうだった。


 あいつは役に立ちたいと言ってたんだっけ。



 俺はまたやってしまったのか。



 この時、すぐに時間を戻せばよかったんだ……。


 俺は自分自身で勝手に作った誓いのせいで、後悔する事になるなんて思ってもいなかった。


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