第16話エルフの国②

「エルメス様、魔族について教えてもらえますか?」


 慎重になるのもいいが、この世界の脅威をちゃんと知っておかないとな。

 エルメス様は椅子に腰掛け、俺もテーブルを挟み正面に座る。

 本当は横に座りたい。


「少し長くなるがいいか?

 実は魔族についてはまだまだ謎が多い。

 これから話す事は憶測も含むぞ。

 まず、魔族の本拠地は海の向こうの大陸にある。

 その大陸には魔界と繋がる場所があり、そこから悪魔が現世にやってくるでは、と言われておる。

 それらの悪魔が、他の大陸に潜入するというのはよくある話だ。

 だが、この大陸への大規模な侵攻となると三百年は無い」


 悪魔、怖いな。

 エルメス様があのマズい紅茶で一息入れる。


「侵攻が無いとはいえ、嘆かわしい事だが魔族による被害を聞かない日は無い。

 むしろ近年、特に増えてきていると報告が上がっておる。

 いよいよ魔族が攻めてくるのかと、私は感じるているのだ。

 魔王や魔王に近い悪魔達の力は強大で、奴らの大陸は、私の【千里眼】でも深くは探れぬ。

 私に出来るのは、精々この大陸を見守る事ぐらいなのだ」


 魔王の存在。

 海を向こうに魔界の門がある大陸。

 強い悪魔がこの大陸に潜んでいる。

 なんか嫌だなぁ。

 出来れば会いたくない。


「なるほど、ありがとうございます。

 ちなみにちょっと話は変わりますが、エルメス様が着ているその衣装ってどうされたんですか?

 他の皆さんとは、全然違うデザインですが」


 そう、この和装が違和感半端無くて、気になって気になって仕方がなかった。


「これか?

 これはその昔、勇者から寄贈されたものだ。

 此度人間がここに来たということで久々に着てみたのだ。

 これは人間の正装なのであろう?」


 ん?そうなの?

 この世界に来て、村しか見てないから何とも言えないが、和装に近いデザインは見たことがない。

 しかし、また勇者か。

 勇者中心で話が進むのがいちいち気に触るなぁ。


「まぁよい。

 お主を呼んだのは、頼みたい事があるからだ。

 この世界で何をするのかは、お主の自由であるが、勇者ともし会うことがあれば、これを渡してくれぬか?」


 そう言ってエルメス様は球体の石を渡してきた。


「これは?」


「先程、お主が倒したゴーレムの核と同じ宝玉だ。

 ここへ転移できる魔力の込められた魔石じゃな。

 それがあればいつでもここに来る事ができる」


「なるほど、じゃあこれは一緒に来ている彼女に渡しておきますね。

 彼女は勇者を探しているんで、彼女の方が適任でしょう」


「できれば神の加護があるお主に頼みたいのだがなぁ、無理強いは出来んしのう。

 どうしても駄目か?」


 なんか困らせているみたいだが、面倒はごめんだ。

 だが待てよ。

 エルメス様や他のエルフの美女達に会う大義名分にもなるなぁ。

 どうしようか思案していると、不意にエルメス様が俺の手を握って懇願しだした。


「お願いだ」


 すべすべの綺麗で華奢な手で俺の手を優しく包み込み、青く澄んだ綺麗な瞳で真っ直ぐ俺を見つめる。

 顔が熱い。

 これがエルフなのか!


「いいでしょう!分かりました」


 はっ!

 つい折れてしまった。

 ま、いいか。


「じゃあ、俺からもお願いいいですか?」


「ふむ、なんだ?申してみよ」


「エルメス様ともっと仲良くなりたいんですけど」


 やべっ!つい言ってしまった。

 目を見開いて驚いているエルメス様に、そっと手を離されてしまう。


「それは種族間の交流を言っておるのか?

 それとも異性間の交配の事を言っておるのか?」


「え?あ、まぁ、交配を前提とした交流と申しますか。

 やっぱり色々マズいですか?」


 そう言うと佇まいを直し、ゆっくりとエルメス様が口を開く。


「生物学的には何ら支障は無い。

 ハーフエルフがいるように、エルフと人間の交配は可能である。

 フフフ、いや、すまぬ。

 そういう話をしてきた人間は、お主で二人目だ。

 一人目は前代の勇者だ。

 私の気を惹こうとして、この服などを贈ってきたものだ。

 魔族討伐に行ったきり、戻っては来なかったがな」


 昔を思い出すように、遠い目をするエルメスを見て、何となく苛つく。

 勇者に対する嫉妬だろうか。

 おっと、様を付け忘れた。

 こんな無茶苦茶な事を言っているのに、真摯に対応してくれるのは、人間と感性がズレているからだろうか。


「テツオは私を何歳だと思う?

 とうに二千は超えている。

 私は、人間とは全く違う時の流れを生きてきたのだ。

 百歳やそこらの若いエルフとは違う」


「私は気にしませんよ?

 二千年くらい。

 逆に二千年磨き上げたその美貌に、興味が膨れ上がりました」


「嬉しい事を言うではないか。

 人間であれば何世代も遥か昔の婆だと言うのに」


「私がそこを気にしなければ問題ないですよね?

 男女が仲良くなるのに他に何か障害がありますか?」


「英雄色を好むとは人間の作った言葉であるが、なるほどお主もそういった類の一人か。

 ふむ、私が欲しければ勇者に出したのと同じ条件を出そう。

 魔族討伐じゃ」


 魔族討伐……、それ勇者の役目だろ?


「魔族のいる大陸に行け、と?」


「そこまで求めたりせん。

 私の【千里眼】はこの大陸しか見渡せぬ。

 この北の大国に潜んでおる悪魔を討伐して欲しい。

 それは人に化けて、貴族を唆し、人を攫い、色々と悪さをしておるようだ。

 その中には、我らの同胞も含まれているようでな。

 助けてやりたいのだ」


「なるほど。

 その悪魔を倒せば達成ですか?

 勇者も同じ様な任務を?」


「勇者にも魔族討伐を頼んでおったが、そのうち戦争が始まり、私にこの大陸の守護を頼むと、海を渡っていってそれきり帰ってこなかった」


「ん?となるとエルメス様と勇者との関係は?」


「手を繋いだこともない。

 私より使命を選んだのだ、あやつは。

 だからテツオには無事戻ってきて欲しいものだ」


 そうか、勇者とエルメス様の間には肉体関係は無かったのだな。

 セーフ!

 とはいえ、今回はちょっとクリアまで時間かかりそうだな。

 魔族討伐て。

 序盤でいきなりハードル上がり過ぎじゃない?


「悪魔ってどれくらい強いんです?

 私でも勝てますか?

 エルメス様は私を【千里眼】で視てますし、ある程度強さは分かってますよね?」


「うぅむ、上位の悪魔は大抵狡猾で凶悪だ。

 真っ向勝負してくるとは限らんし、怪しい術も使う。

 それでも、テツオのレベルが上がればなんとかなるかもしれん」


 えー、そんな強いの?

 一気に不安になってきたなぁ。


「ちなみに私とエルメス様だとどちらが強いですか?」


「そうだなぁ。

 このエルフの領域であれば、我らハイエルフは精霊の恩恵によって不老不死であり、精霊の力も使えるからな。

 私に勝つ事は出来ないだろう。

 倒すには骨が折れるぞ?」


「な、なるほど」


 やっぱり不老不死なのか、羨ましい。


「そうだな、一度手合わせしてみるか?」


 エルエス様はニコッと微笑んだ。

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