45話 ネズミは運び屋なので
「イリス様、このケイトウ、もうつんでもいいですか?」
真っ赤なケイトウに手をかけ、メアリが問いかけてきた。
メアリと出会ってから一年と数か月が過ぎ、季節は今秋の初めだ。
過呼吸の治療は順調に進み、発作もほぼ無くなったが、メアリとの交友は続いていた。
わが家の薬草園ではニワトリのとさかに似た花、ケイトウが花の盛りを迎えている。
薬や薬草に興味のあるメアリは、私の薬草園の説明を食い入るように聞いてくれた。
その流れで間近で薬草に触れるため、採取を体験することになったのだ。
「ケイトウの花は、下痢止めになるんですよね?」
ニワトリのトサカに似たケイトウを、メアリがじっと見つめていた。
「花は下痢止めになるし、根や茎の部分はネズミ除けになる素敵植物よ」
「素敵植物、ですか……。イリス様は本当に、ネズミが嫌いなんですね」
ネズミに罪は無いけど、ペスト菌の運び屋だからね……。
ここ数年、私は出来るかぎり、ネズミの駆除に取り組んでいた。
公爵領の各地で、ネズミ除けに使うケイトウを栽培し使ってもらったこともあり、人間の居住区でのネズミの数は減ったはずだ。
「ケイトウ、袋いっぱいになりましたね」
「えぇ、大量よ。メアリちゃんが手伝ってくれてたすか――――わっ⁉」
頭の上に、何かが急にふってきた。
慌てて髪を振ると、はらりと淡い紫の花弁が降ってくる。
「……シオンの花……?」
「ふふふ、びっくりした?」
「フランツ様‼」
背後を振り返る。
フランツがいたずらっ子の笑いを浮かべ、早咲きのシオンを手に立っていた。
「どうどう? びっくりした? びっくりしてくれた?」
「びっくりしました……」
二重の意味で、だ。
突然のフラワーシャワーには驚いたし、後ろに立ったフランツの背が、私に並んだのもびっくりだった。
2か月ほど前に会った時は、まだ私の方が少し大きかったはずだ。
フランツは今12歳。第二次成長期に突入したようだ。
天真爛漫な性格はそのままに、手足はすらりと、指も細く長くなってきた気がした。
「……私もびっくりしちゃいました。フランツ様は人を驚かせるのが上手ですね」
メアリが少しむっとした様子で、地面に落としてしまったケイトウを見て呟いた。
「あはは、ごめんごめん。拾うの、僕手伝うよ」
フランツとメアリと協力して、ケイトウを拾い集めていると、
「うわっ⁉」
フランツが飛びあがった。
メアリがケイトウの花で、フランツのうなじをくすぐっていた。
「ふふっ、さっきのお返しです。えいえいっ‼」
「やったなっ!! だったらこれでどうだ!!」
ふざけあうメアリとフランツ。
私を介して出会った二人は、年が1つ違いなのもあり、友情を育んでいた。
メアリの過呼吸が治ったのも、友人が出来たのも大きいのかもしれない。
今では性格も明るくなり、活発な一面をのぞかせるようになっていた。
「……メアリは、よく笑うようになったな」
イケメンボイスが鼓膜をくすぐる。
カイルだった。
「リオンとの模擬試合は終わりましたか?」
「あぁ、どうにかな」
カイルの服は、ところどころが水に濡れている。
カイルは剣で、リオンは魔術の水と氷で。
異種格闘戦ならぬ、組み試合のようなものをやっていたようだ。
「あいつ、本当にただの従者か? あの魔術と体さばきはなんなんだ?」
「イリス様の従者ですから。この程度当然ですよ」
どこか得意げな笑顔で、リオンがそう答えた。
……従者のお仕着せのはしっこが切り裂かれているのを、主の私は指摘しないでおいてやる。
カイルとリオンはそれぞれのハイスペックな能力を存分に発揮できるのが楽しいのか、会うと模擬試合を行うようになっていた。
この場にはいないけど、模擬試合にはライナスが加わることもある。
高い魔力で遠距離戦を無双するライナス、剣術で近距離戦の鬼のカイル。
そして遠近両用、器用に体術と魔術を使いこなすリオン。
三者三様な三人は、良い好敵手のようだった
模擬試合の展開について、二人から話を聞いていると――――
「イリス様っ!!」
慌てた様子で、メイドが走り寄ってきた。
「黒死病の患者が、国内にて確認されました!!」
――――――恐れていた事態が、ついに到来したのだった。
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