44話 破壊力が高すぎる

カイルを見送り少しぼんやりしていると、


「イリス様、笑顔が気持ち悪いです」


 リオンのつっこみが突き刺さる。

 冷ややかな視線を向けられたが、今は気にならない程度だ。

 だって―――――――


「破壊力高すぎぃ……!!」


 推しの声帯が‼ 直接‼ 私の名前を呼んで‼ 力になろうって!!

 

 にやけるのが当たり前じゃん?

 むしろむしろ、カイルの前では表情を保っていた私を褒めて欲しいくらいだ。


「……イリス様はそんなに、カイル様のことが気になるのですか?」 

「声が反則!! かっこよすぎるでしょ!!」


 脳内でリピート再生をするだけで、耳が幸せになるよね!

 声だけで人を幸せにできるって、すごいことだと思うよ。

 これでしばらくは、辛い時も乗り切れ――――


「私ではいけませんか?」

「っ⁉」


 耳元へ落ちる艶やかな声。

 心臓が飛びあがった。


「なっ⁉ 急に何をしてっ……⁉」

「私も、声にはそれなりに自信があるのですが……」


 滑らかな声とかすかな吐息が、耳たぶをくすぐった。

 

「満足してもらえませんか?」

「何をっ⁉」


 ビックリだよ!!

 めっちゃ心臓騒いでるよ!!

 ていうかリオン、一人称が「私」って何さ⁉

 さっきまで自分のこと「僕」って呼んでたよね!?

 猛烈な勢いで、疑問が頭を駆け巡った。


「私は、イリス様の今のお顔が見られて満足です。ものすごく面白い顔をされていました」

「……人を玩具にして……」


 からかわれたようだ。

 どっと力が抜けていく。

 リオンは以前、私が集中しすぎて周りが疎かになる悪癖を指摘していた。

 カイルの声に夢中になっていた私をいさめ、ついでにからかったようだ。

 

「心臓に悪い……。一人称まで「私」に変えて囁くから、何事かと思ったじゃない」


 リオンの一人称が「僕」から「私」になったこともあり、ぐっと印象が大人びた気がする。

 14歳を間近に早めの変声期を終えた声は、出会った時より低くなっていて。

 囁きかけられた時一瞬、リオンの声だって理解できなかったよ。


「ふふ、私を意識してもらえたならよかったです」

「確かにびっくりして意識したけど、え、ちょっと待って。もしかしてこれからもずっと、一人称「私」で行くつもりなの?」

「お気に召しませんか?」

「うーん、リオンは大人びてるし、似合っているとは思うけど……。でもまだ聞きなれなくて、間近で囁かれると心臓にちょっと悪いかも?」

「……それは良いことです」

「何か言った?」

「いえ、私は何も」


 問いかけるも、リオンには笑顔ではぐらかされてしまった。

 何を言っていたんだろう?

 気になりつつも、私は右手の指を左手首へと添えた。

 

 脈を計ると毎分150回オーバー。

 立派な頻脈だった。

 なかなか収まらない鼓動を誤魔化すように、私はメアリのカルテを手にした。


 メアリ・リングラード。

 カイルの妹である彼女は、ゲーム中に出ていたのは名前だけ。

 一度も直接登場しておらず、顔も不明なままだった。

 その理由は単純。ゲーム本編の時間軸で、メアリが故人だったからだ。


 ゲームの中でメアリは、ペストの犠牲者だった。

 そしてその死は、カイルの精神を軋ませることになるのだ。


 リングラード家で一番最初にペストにかかったのがカイルだった。

 体力のあるカイルは、幸運にも大きな後遺症もなく回復したのだけど……。

 カイルの後に感染した、カイルの母親とメアリは助からなかったのだ。


 妹と母親の死を、カイルは背負い込んでしまった。

 自分がペストをうつしてしまったと後悔し、罪悪感で表情を失った彼は、『氷の騎士』と呼ばれることになる。

 そんな凍ったカイルの心を溶かし、その結果依存レベルの重い執着愛を向けられる……というのが、カイルの個別ルートの概要だった。


 ゲームと違い、私はペスト対策を準備している。

 だからメアリは死なず、カイルも『氷の騎士』にはならないかもしれないけれど……。

 

 油断は禁物だった。

 ペストは中世ヨーロッパでも多くの死人を出した、脅威度の高い感染症だ。

 ゲームと同じように、カイルの住むリングラード公爵領でペストが流行し、こちらまで飛び火するかもしれなった。


 ――――メアリを助けたのは偶然だったけど、これも縁なのかもしれない。

 リングラード公爵領の情報を得て、ペストへの対策を進めてもらう。


 これ以上攻略対象のカイルと関わるのは、いくら彼の声が好みでも抵抗があるけど……。

 ここは腹をくくって、ペスト対策を優先することに決めたのだった。

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