43話 モテっぷりがえげつない

「メアリちゃん、教えてくれてありがとう。辛かったのに偉いね」

「……お兄様には、秘密にしておいてください」

「もちろんよ。……ちなみにこのこと、誰か相談できる友達っている?」

「……いません。私の近くにくるのは、お兄様と仲良くなろうとする人だけですから……」


 うわぁ、やっぱそんな感じなのか。

 ハイスペックなカイル狙いの令嬢に、メアリは群がられているようだ。

 カイルといいフランツといい、攻略対象だけありモテっぷりがえげつないなぁ。


 カイル本人がぶっきらぼうな性格で話しかけにくいせいで、妹のメアリが目をつけられたってことか。

 話しかけてくるのは、メアリを踏み台にカイルに取り入ろうとする令嬢ばかり。

 そんな状況で、友人を作るのは難しいよね……。


「良かったら時々、ここに薬を貰いにくるついでに、私とお話しない?」

「そんな、これ以上お世話になるなんて申し訳ないです……」


 メアリはしり込みしている。

 私に迷惑をかけるなんてとんでもないと、そう思っているようだ。


「私も、そうしてもらえると助かるの。私ね、魔術で薬が作れるけど、その薬がちゃんと効いてるのか、どんな風に効いてるのかを、薬を使った人から話を聞きたいのよ」

「私の話を……」

「そうそう。薬の調査ためにも、話を聞かせてくれないかな?」

「……私で良ければ、よろしくお願いします」


 控えめながらも、メアリがこくりと頷いた。

 よしよし、これで定期的にうちに来てもらえそうだ。

 秘密を明かし、悩みを共有できる相手が一人でもいると、だいぶ楽になるもんね。


「メアリちゃん、ありがとね。それじゃさっそく、薬をこれからも使うためにも、少し体を見させてもらってもいいかな?」

「……それ、なんですか?」


 私が手にしているのは、細長い木の筒だ。

 棒の両端は漏斗状に広がっていて、音を拾いやすくなっている。

 原始的な構造のこれは、トラウベ型の聴診器と呼ばれるものだ。


 前世でよく使われていた、イヤホン型の聴診器はスライムゴムを使い試作中なので、今はトラウベ型の聴診器が現役だった。


「心臓の音を聞くための道具よ。念のため心臓に問題が無いか、検査をしておきたいの」

「それを使うと、どんな風に音が聞こえるんですか?」


 好奇心を刺激されたようで、メアリが筒をじっと見ている。


「聞いてみる?」

「わっ!!」


 聴診器を手渡すと、軽く自分のドレスの胸をはだけた。


「筒の広がった部分を、ほら、こうやって私の胸につけて、反対側に耳をつけて、しばらく聞いていると……」

「あっ!! どくんって聞こえた……。この音を聞くと、病気がわかるんですか?」

「そうよ。具体的に言うと、心臓の音、心音の基本になる2つの音をまず拾って――――」


 説明を興味深そうに聞き、わからない点について熱心に訪ねてくるメアリに、ついこちらも熱が入ってしまって。

 痺れを切らしたカイルが声をかけてくるまで、二人で話し続けたのだった。



☆☆☆☆☆



 聴診器や打診法の検査で、メアリの心臓や肺に異常は見当たらなかった。

 全身状態も問題なかったので、やはり過呼吸の原因は精神的なものの可能性が高い。

 薬……のど飴を出し、次の診察まで様子を見ることにすると、私はカイルに話しかけた。


「薬が偽物の、ただのあめ玉だと……?」


 カイルが眉をひそめた。

 メアリの兄である彼には、治療方針を教える必要がある。

 少し用事があると呼び出し、メアリと別の部屋で話をしていたのだ。


「偽物だけど、効果はあります。メアリちゃんの過呼吸は恐怖や緊張など、感情が高ぶった時に現われる発作です。だから、あめ玉でも効果があると信じて飲めば、感情が落ち着いて効果が出ると思います」

「本当に、そんなことで治るのか?」

「……少なくとも先ほど、メアリちゃんの発作には効果がありました。メアリちゃんは薬だと信じているので、この先も効果は出ると思いますが……確実とは言えないので、念のためこちらをお渡ししておきますね」 

「これはなんだ?」

「そちらが本物の薬になります」


 ベンゾジアゼピン系の抗不安薬だ。

 過呼吸の患者に対し、日本で使われていた薬だけど……


「そちらの薬は効果が強い反面、副作用があります。眠くなったり、ふらつきが出るかもしれません。なので出来れば、そちらの薬はメアリちゃんに飲ませず、あめ玉だけで治せたらと思います」

「……あめ玉が効いていないようなら、代わりにこちらの薬を飲ませればいいのか?」

「はい。そのようにお願いしたいです。あめ玉で効果が出ず、症状が悪化した場合は薬を飲ませて、出来るだけ早く、こちらにまた診察に連れて来てください」

「あぁ、わかった。それと……」


 なんだろうか?

 カイルは眉を寄せ、なにやら言いづらそうにしている。


「……悪かったな」

「えっ?」


 突然何だろうか?

 思わず聞き返すと、カイルのアイスブルーの瞳がこちらを見つめた。


「お茶会で、おまえはメアリを助けてくれたのに、俺は疑ってしまって……すまなかったな」

「それでしたら、私も誤解されて当然の言動でした。気にしてませんよ」

「……俺が気にする。恩を仇で返すようでは、一人前の騎士にはなれないからな」

「カイル様……」

「妹を助けてくれたこと、あらためて礼を言おう。……イリス・エセルバート。おまえがもしこの先何か困ったら、俺を呼んでくれ。……力になるつもりだ」


 言い切ると、カイルは踵を返しメアリの待つ部屋へと向かった。

 残された私は、その背中を見送りつつ呟く。


「うん、これはモテるのも納得ね……」


 ぶっきらぼうながら妹を可愛がっていて、自分の非を悟ればすぐに謝ることができる。

 愛情深く律儀で誠実、加えて顔と剣才も極上ときたら、えげつないほどモテるのも納得なのだった。


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