42話 問診を行いましょう
お茶会が終わった後。
私はさっそく、メアリから話を聞くことにした。
会場から馬車で一時間ほどの、わが家に招待する形だ。
「どうぞ、こちらの離れにお願いします」
カイルとメアリを、外来診療を行っている離れへと誘導する。
メアリの過呼吸は精神的なものだとは思うけど、肉体的な原因も除外しきれない。
念のため循環器系など、軽く検査しておきたかった。
「カイル様、悪いのですがしばらく、メアリちゃんと二人にさせてもらえますか?」
「……メアリに何をするつもりだ?」
「体の具合を、少し詳しく検査せてもらいたいんです」
私の言葉に、カイルは納得できないという顔をしている。
カイルの家は、うちの公爵領からやや距離が離れていた。
私が普段から外来診療を行っていると、彼の元には噂が届いていないのかもしれない。
「ご心配なく。メアリちゃんに危害は加えません。ただ、検査のため服をはだけてもらうので、兄妹とはいえカイル様はいらっしゃらない方が、メアリちゃんも気が楽だと思うんです」
「……わかった。部屋の外で待ってる」
頬を少し赤くしながら、カイルが顔を背けた。
彼とリオンには外で控えてもらい、メアリと診察室がわりの部屋へ入る。
「メアリちゃん、よろしくね。とりあえず、そこの椅子に座ってもらえる?」
「はい」
メアリは頷き、ちょこんと椅子に座った。
少し緊張してるみたいだけど、怯えなどは見られなかった。
悪役顔の私を怖がってる気配もないし、人見知りではない気がする。
「メアリちゃんは、家族以外の人と会話するのは好き?」
「嫌い……じゃないと思います」
やっぱりそうか。
気が強い性格ではないのは確かだけど、他人と接すること自体は、苦手ではないように見えた。
なのに、お茶会の時に限って発作を起こしているということは……。
「もしかして、お茶会の時にカイル様の話題が出されると、発作が出ちゃうんじゃないかな?」
「……っ!! そんなことありません!」
否定するメアリの、呼吸がにわかに早くなる。
このままだと、過呼吸を起こすかもしれない様子だ。
「メアリちゃん、落ち着いて。薬を飲んで、ゆっくり呼吸を意識すれば大丈夫よ」
魔術で薬……のど飴を作り渡してやる。
舐めてもらうと、呼吸はそれ以上早まることなく、徐々に落ち着いていった。
プラッシーボ効果が、今回も上手く働いたようだ。
「ごめんね、少し焦って話を進めすぎたかも。まずはメアリちゃんの普段の体の調子や、今日何があったのか、私に教えてもらえるかな?」
まずは問診だ。
質問を重ねていくと、メアリちゃんの緊張も少しほぐれてきたようだ。
メアリちゃんは今日、従者だけを連れお茶会に参加していたらしい。
けれどカイルはメアリちゃんが心配で、送迎の馬車の中で控えていたようだ。
そこへ従者が、メアリちゃんが発作を起こしたと駆け込んできたので、慌ててメアリちゃんと私のいるところまでやってきたのだった。
「お兄様はお忙しいのに、私を心配してついて来てくれたんです。私はいつも、お兄様に迷惑をかけてばかりで……」
「メアリちゃんは、申し訳なく思っているのね」
「……お兄様はあんなに優秀で、なのに妹の私はこんなで、情けないです」
「……だから、お兄様の話をお茶会でされるのが苦手になったのね?」
「はい……」
メアリちゃんがぐっと拳を握った。
「お茶会でお兄様が褒められているのを聞くと、私もお兄様のように立派にならなきゃって言われてるような気がして……緊張してしまうんです」
「そうだったのね……」
優秀だと褒められるカイルの妹だから、失敗してはいけない。
そんな強迫観念に足を取られてしまっているようだった。
カイルは攻略対象なだけあって文武両道、超ハイスペックの持ち主だ。
兄弟が優秀だと、比べて落ち込んじゃうよね。
メアリの出来が悪いわけじゃなく、むしろ年齢の割に賢そうな子に見えるけど……なまじ賢い分、色々考えて自縄自縛状態なのかもしれない。
緊張しすぎたせいで、過呼吸を起こしカイルに心配をかけてしまった。
その事実自体がプレッシャーになり、何度も過呼吸を繰り返す悪循環に陥っている。
カイルに劣等感を抱きつつも慕っているメアリとしては、過呼吸の原因がカイルの話題である、と。
そう口にすることも抵抗があるはずだ。
カイルがいる場ではまず口に出せないだろうし、他の家族にも言えなかったんだろうな。
「メアリちゃん、教えてくれてありがとう。辛かったのに偉いね」
「……お兄様には、秘密にしておいてください」
「もちろんよ。……ちなみにこのこと、誰か相談できる友達っている?」
「……いません。私の近くにくるのは、お兄様と仲良くなろうとする人だけですから……」
暗い顔をして、メアリはそう告げたのだった。
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