41話 誤魔化すことにしましょう
「この薬、すごいです。なんて薬なんですか?」
「……えーっと……すごく良く効く、秘密の薬かな?」
……正しくはこれ、薬と言えるか怪しいんだよね。
のどの炎症に効く薬効成分は入っているけど、ぶっちゃけただののど飴だ。
少女の症状に直接作用する成分は入っていないのである。
少女の症状はおそらく、精神的な緊張からくる過呼吸、過換気症候群の発作だ。
治療は増えすぎた呼吸回数を押さえることと、心を落ち着かせることになる。
発作前と発作中は、どうしても苦しさに支配されてしまうから、意識をそらすことが有効だ。
飴を舐めてもらったは、そのための一つの手段だ。
「薬」と言って渡したので、プラッシーボ効果も働いたようだった。
プラッシーボは偽薬効果、即ち思い込みでしかないのだけど……。
精神ストレスが原因となる過換気症候群に対しては、それなりに有効なようだった。
実はのど飴でした、なんて素直に答えたら、もしかしたら発作が再発するかもしれない。
どう説明するべきか……。
「メアリっ!!」
聞こえてきた声に、思わず固まってしてしまう。
この声はまさか……!
「メアリ、大丈夫かっ⁉」
「お兄様!!」
少女の元へ、少年が心配そうに座り込んだ。
銀色の髪と水色の瞳ということは、やっぱり……
「カイル様……」
初めて会う、見知った相手だ。
カイル・リングラード。
『きみとら』の攻略対象であり、騎士団長の長男だった。
「おまえは、なぜ俺の名前を……?」
メアリを背後に庇うようにして、カイルがこちらを見つめた。
悪役顔の私の言葉に、警戒心を隠せないようだった。
「お兄様、この人、薬で私を助けてくれたの」
「薬で……? どんな薬だ?」
「えっと、よく効く、秘密の薬だって」
「秘密の……?」
じろりと、カイルがこちらを睨みつける。
……秘密の薬って、うさん臭さ全開の響きだよね。
メアリに変な薬を飲ましたのかと、私は疑われているようだ。
「心配ないわ。薬の仕組みを説明するのが難しいから、咄嗟に秘密の薬と言っただけで、怪しい薬ではありません」
「その人の言う通りです、お兄様。すぐに効いて、甘くて、美味しい薬でした」
「……味はこの場合、関係ないんじゃないか……?」
言いつつも、カイルがこちらへ頭を下げた。
「妹を助けてくれたこと、感謝する。名前を聞いてもいいだろうか?」
「イリス・エセルバートです」
「エセルバート家のご令嬢か……。俺たち、今まで会ったことは無いはずだよな? 何故、俺の顔を知っていたんだ?」
「……カイル様は有名ですから」
ゲームで知っていました、とは言えないので誤魔化す。
騎士団長の息子であるカイルは、幼い頃から父親に剣の手ほどきを受け、めきめきと腕を上げた……らしい。
ゲーム内ではそう語られていたし、この世界でも、既にカイルは14歳にして、王立騎士団の騎士より強いと噂になっていた。
剣才に加えカイルの容姿も、攻略対象なだけあり飛びぬけていた。
形の良い眉に、鋭い切れ長の瞳。高く通った鼻筋に、すっきりとした輪郭。
身長もあと2、3年でぐんと伸び、長身細マッチョの美形になるはずだった。
「……そうか」
カイルの反応はあっさりしていた。
ぶっきらぼうな口調だけど、私はテンションが上がるのを感じた。
声変りを終えたカイルは低く深さのある、とてもいい声をしている。
私が「きみとら」をプレイしたのも、カイルの声優が目当てだったのだ。
そんなカイルの声を聴くことで、耳が幸せになっていく。
うっかりにやけそうな顔を引き締め、説明のため口を開いた。
「メアリちゃんは先ほど、過呼吸を起こしていたんだと思います」
「かこきゅう……?」
「呼吸のしすぎで、苦しくなってしまう病気です。以前にも、同じようなことがあったんですよね?」
「……あぁ、そうだ。前に別のお茶会に出た時にも、急に胸が苦しくなって、動けなくなってたな」
「そうだったんですね……。メアリちゃんは、お茶会が苦手なのかな?」
メアリが、ビクリと体を震わせた。
年齢はおそらく、私より2、3歳年下だ。
きゅっと唇をつむり、俯いてしまっている。
「責めているわけじゃないの。ただ、過呼吸は緊張や恐怖が原因になっておこる病気だから、メアリちゃんがどう感じているのか、知りたかったの」
「……メアリは、気が弱い性格なんだ。それ以上はやめてやってくれ」
メアリを守るように、カイルが立ちふさがった。
ゲームの中と同じように、妹をかわいがっているようだ。
「……わかりました。ただ、過呼吸はこれからも発作が出ると思うので、定期的に様子を見させてもらっても良いですか?」
「病気が治るなら頼みたいが……」
「必ずとは言えませんが、改善はできるかもしれません」
「……メアリ、どうする?」
メアリは少し悩むと、
「……お願いします」
小さくお辞儀したのだった。
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