40話 お茶会にやってきました


 様々な事業に関わり、それなりに忙しい毎日だけど。

 おかげで私は、公爵領にひきももってばかりでは出会えない相手と、会話を交わす機会に恵まれていた。

 例えばある日、とある伯爵令嬢のお茶会に足を伸ばした日のことだ。


「イリス様も今日のお茶会に招待されてたんですね!」


 フランツが笑顔で、弾むような足取りでこちらへとやってきた。


「ごんにちは、フランツ様」


 今日もフランツはかわいいなぁ。

 ほっぺは肌荒れ一つもなくすべすべで、大きな緑の瞳を輝かせている。

 吊り目でキツイ顔立ちの私とは、比べ物にならないかわいらしさと美少年っぷりだ。


 フランツは私に懐いてくれたようで、出会うと嬉しそうに駆け寄ってくる。

 誘拐事件の後も何度か一緒に遊んでいて、ちょっとした癒しと息抜きになっていた。

 今のところ誘拐事件のトラウマは見られず、別人格が芽生える気配も無さそうで、一安心している。


「イリス様ってここの伯爵令嬢と、お知り合いでしたっけ?」

「シャボン玉石鹸の実演と売り込みの関係で、招待されたのよ」

「わぁ、すごい! すごく活躍してるんですねイリス様!」


 天使スマイルいただきましたー。

 にこにことはしゃぐフランツの笑顔に、周りの令嬢たちが釘付けになっている。

 ゲームの攻略対象であるフランツは11歳にして、大変モテているようだった。


「フランツ様、すみませんが、私は少し失礼しますね」

「え、もしかし、もう帰っちゃうんですか?」

「いえ、少し用事がありまして……」


 うぅっ。

 しょんぼりとするフランツに胸が痛むけど……。


 令嬢たちからの視線が痛かった。

 天使スマイルを独占するんじゃないわよ、という。

 言葉よりも雄弁な視線が突き刺さってくる。

 公爵令嬢である私に、直接文句を言ってくる気配は無いが、敵を作りたくはなかった。

 

 ゲームの中で悪役だった私の、第一印象の悪さはこの世界でも残念ながら健在だ。

 悪人顔の私が天使スマイルなフランツと人前で一緒にいると、相乗効果でよりキツい印象に見えるせいで、彼を虐めてると誤解されることが多かった。


 最近では、フランツと友人であると知られてきたおかげでトラブルは少なかったけど、それはそれとして、年頃の令嬢からの視線がとても痛いのである。


「イリス様、あちらの木立の飾りつけに、少し気になる点がございます」


 リオンが助け舟を出してくれた。

 フランツには悪いが、ここは退散させてもらおう。


「すみません、フランツ様。飾りつけを確認してきますね」

「……また、あいつに邪魔された……」


 フランツは笑顔だが、なにやら呟いている。


「何か仰いましたか?」

「……うぅん、何でもないです。また今度、うちにも遊びにきてくださいね?」

「もちろんです。またお邪魔しますね」


 再開を約束し離れると、令嬢たちが一斉にフランツに寄っていく。

 美少年も大変だなぁ。

 

「リオン、飾り付けが気になるのはどっち?」

「あちらです。風のせいか、飾りが木に引っかかってるようです」


 今日のお茶会は、キニス伯爵家の広い庭で開かれたものだ。

 お茶会にしては規模が大きく、テーブルでお茶を楽しんだ後、庭を散策し会話を楽しむ形式だった。


 メインの招待客は、社交界デビュー前の令息と令嬢たち。

 幼い頃から交友を深め、後々の人脈づくりの足掛かりとするための催しだ。


 招待客に軽く挨拶し、会場の飾りつけの状態をチェックしつつ、リオンと共に歩く。

 シャボン玉を使ったお茶会のプロデュースは、私および公爵家の事業の一つになっている。

 お茶会の余興にあうように、会場の飾りつけを考案し点検するのも私の仕事だ。


「あそこかしら」


 リオンの言っていた通り、会場の一角、庭の片隅の木の飾り付けが傾いている。

 クリスマスのオーナメントのような、光沢のあるボール型の飾りだ。

 ふわふわと漂うシャボン玉と形が似ていて、好評な飾りつけ方法だった。


 そんな飾りのいくつかが、風のせいか傾いている。

 表面に描かれた、伯爵家の紋章の角度が斜めっていた。

 飾りをくくりつけるための紐が長かったようで、枝に引っかかてつぃまっている。


 紐の長さの調整をもっと事前に行わないとな、と。

 仕事の改善点を脳内メモに記録していると――――


「あれ、先客?」


 会場の端っこの方にも関わらず、木のかげに銀髪の少女がいた。

 不安げな様子で、顔色も悪い気がする。


「大丈夫ですか? 人を呼んできましょうか?」

「いえ……大丈夫……です……」


 途切れ途切れの返事だ。

 呼吸がやや早く、胸をおさえうずくまるようにしている。

 

「しばらく……すれば、治り……ます。お茶会に……くると……よく、こうなるんです」


 会話はできるが、やはり苦しそうだ。

 素早く全身状態を確認するも、呼吸以外、発疹などそれとわかる異常はない。

 『お茶会にくるとよくこうなる』ということは、もしかしてこれは……


「苦しいでしょうけど、息を意識してゆっくりと、口をすぼめて吐き出せますか?」

「息、を?」


 アドバイスしてみたが、あまり効果は無かったようだ。

 呼吸は早いままで、少女は苦しそうにしている。

 息苦しさが大きく、指示を十分に実行できていないのかもしれない。

 だったら……


「《毒物生成》」


 ごく小声でつぶやき、魔術を発動。

 声を小さくしたのは《毒》と聞かれると身構えられてしまうからだ。


「その症状、心当たりがあります。この薬を使ってもらえますか?」

「薬……? でも……水も……ありま、せん……」

「飴のように舐めれば大丈夫な薬よ。それなら行ける?」


 少女が少し悩み、控えめにこくりと頷いた。

 苦しくて、藁にもすがる思いだったのかもしれない。

 誤飲しても気管につまりにくい、小さな飴ほどの大きさの薬を手渡した。


「甘い……」

「舐めやすいよう、甘い味がついてるの。苦しさも少しはまぎれるはずよ」

「…………」


 少女が無言で薬を舐めている。

 甘さに意識を反らされたおかげか、徐々に呼吸が緩やかになってきた。


「その調子よ。吸って、吐いて、吐いてのリズムで、ゆっくりと呼吸してみて」

「……………楽になってきました」


 一安心だ。

 少女の呼吸は整い、落ち着いてきたようだ。


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