46話 久しぶりの再会です

ゲームの中と同じように。

 国内でペストの感染者が見つかったのは、私が13歳の秋だった。


 一瞬、私の今までの努力は無意味だったのかと思ったけれど……。

 沈み込む時間は無く、次々と動かなければならなかった。


 感染症の対策は初動が大切だ。

 まず第一に、ペストを広げないための対策をしなければならない。


 ペストの感染コースは、主に3つ想定されている。


 1つ目は、ペストに感染したネズミなどの動物の血を吸ったノミが、人間の血を吸った時。

 2つ目は、感染した人間や動物の体液や死骸に、直接触れてしまった時におこる接触感染。

 そして3つ目が、肺をペスト菌に侵された人間の吐き出した唾や飛沫を吸い込んでしまった時におこる飛沫感染だ。


 1つ目のノミとネズミを介した感染ルートについては、既に対策がしてある。

 我が公爵領ではネズミの駆除に力を入れていたし、フランツの父親フロース辺境伯にも、ネズミ駆除を強く勧めていたから、ネズミを介したペストの拡散は抑えられるはずだ。


 洗濯板と石鹸が普及し、洗濯の頻度も上がっているため、ノミ対策もできていると思いたい。

 加えて上水道と下水道の整備も行っているので、全体的な衛生状態も改善しているはずだ。


 2つ目の感染ルートの、接触感染についてもある程度対策を始めている。

 検疫を実施させ、ペスト感染疑いの患者が、不用意に領内に入ってこないようにするのだ。


 我が公爵領以外にも、港のあるフロース辺境伯領では、船舶に対する海上検疫を行う手はずになっている。

 それぞれの検疫所には治療所を併設してあり、魔術で作った抗菌薬を送ってあるから、そこで治療をしてもらうつもりだ。


 治療の際にはマスクや手袋、防護服にアルコール消毒などを使用することで、感染を拡大させないよう指示を出してある。

 公爵領内では今まで、この時を見据えて感染防御の訓練を行っているから、上手くいくと思いたいところだ。


 そして3つ目、飛沫感染への対策。

 こちらに関しては、肺ペストの患者の周辺で、重点的に行うつもりだ。

 飛沫感染を完全に防ぐのは難しいけど、幸いペスト菌の場合、潜伏期間や軽症のうちは飛沫感染のリスクが低い……はずだ。


 ペスト菌と言っても、地球のものとは違う性質を持っているかもしれない。

 注意深く観察しながら、感染対策を行っていくしかないのだった。



☆☆☆☆☆



 ペスト患者が国内で発見されてから一年。

 気の抜けない毎日が続いたが、ようやく終わりが見えてきた。


「やっぱり、ネズミやノミへの対策、それに検疫は効果があったみたいね」


 国内各地の状況を記された紙を手に、私はそう呟いた。


 ペストの被害の差が、地域ごとに如実に表れている。

 人口比あたりの感染者数・死亡者数共に、うちの公爵領は飛びぬけて少なかった。

 ついでフランツの住むフロース辺境伯領、カイルのリングラード公爵領の被害が小さくなっている。

 あらかじめネズミの駆除、検疫の準備など、感染対策をした3つの地域だった。


 うちの公爵領とフロース辺境伯領、そしてリングラート公爵領がペスト流行の波を通さなかったこともあり、国内の流行は収束へと向かっていた。


 他の領地もうちの公爵領の真似をし、ネズミ駆除や感染対策を始めた影響もあるのかもしれない。

 私の側からも、感染対策の知識は出し惜しみせず教えている。

 他国ではまだペストが猛威を振るっている場所もあるようだが、国境では検疫が実施されてるので、防波堤になると思いたかった。


「国内のペスト収束までざっと一年弱……」


 それが長いのか短いのかわからなかったけど、中世ヨーロッパでは年を越して流行っていたことを考えると、だいぶ被害を軽減できたのだろうか?

 国内の状況をまとめた書類を手に、私は行儀悪く頬杖をついた。


「そういえば、ゲーム中でも1、2年で収束してたけど、なんでだったんだろう?」


 正確な流行期間は描かれていなかったけど、諸々の描写を見る限り、1年以上2年未満だと推察できた。


 ゲーム中では当然、抗菌薬なんかは存在していないはずだ。

 なのにたった2年ほどで、流行が終わったのが少し不思議だ。

 幸運が重なったのか、あるいは人知を超えた何かが干渉した結果なのか……。


「……今ここで、考えても仕方ないよね」


 ゲーム中で死者多数だったうちの公爵領の状況を考えると、かなり好転したのは確かなのだ。

 カイルたち一家も感染しなかったようだし、ひとまず満足できる結果なのだった。

 


☆☆☆☆☆



「イリス様っ!! お久しぶりです」


 そう言って駆け寄ってきたメアリは、ぐっと雰囲気が大人びていた。


 国内で最後にペスト患者が確認されてから、更に3か月ほどが経っている。

 ぼちぼち国内にも、活気が戻ってきた頃あいだ。

 ペスト流行中はメアリの屋敷と行き来ができなかったため、一年以上の間が空いていた。

 再会にはしゃぐメアリの後ろで、カイルがひっそりと息をついている。


「イリス、久しぶりだな。……死んでなくて良かった」

「……えっと、確かに生きてますね」


 返答しづらい挨拶だ。

 重いのか軽いのか、どんなテンションで返せばいいのかわかりにくかった。


「お兄様。イリス様が困ってますよ……。イリス様、すみませんでした」

「カイル様ですから仕方ないですよ」

「ふふ、それもそうですね」

「……おまえら、俺をなんだと思っているんだ?」


 眉を寄せ、カイルがしかめつらをしていた。


「お兄様は口下手で不器用ですから……」

「うっ…………」


 メアリの言葉に、カイルはぐうの音もでないようだ。

 かつてのカイルに守られていたメアリとは大違いの姿に、時の流れを感じたのだった。



 ☆☆☆☆☆

 


 メアリたちと近況報告を交わした後は、一旦休んでもらうことにした。

 リングラート公爵領からうちまでは、間に2つの他家の領地を挟んだ、5日間ほどかかる旅路だ。

 移動疲れを癒すため、夕食までゆっくり過ごしてもらうつもりで――――


「イリスっ!!」

「……カイル様?」


 何事?

 自室でくつろいでいた私に、ノックなしの来訪。

 カイルはぶっきらぼうだけど、この手のマナーは守れる人間のはずだった。


「メアリが熱を出してっ……!!」

「熱? 旅の疲れがで――――」

「メアリだけじゃない!! 一緒にここに来たうちの従者も、何人か不調を訴えてる!!」

「まさかっ……!!」


 最悪の予想が頭をよぎった。

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