38話 養殖はじめました


 スライムの養殖。

 その考えに私が思い至ったきっかけは、ほんの些細な好奇心だった。


 私は箱入り娘だったし、公爵領では村や町にモンスターが現れることは稀だ。


 せっかくファンタジーな世界に生まれ変わったんだから、モンスターを生で見てみたい。

 そんな願いを、私に甘いお父様は叶えてくれた。

 見た目が比較的グロくなく危険性も低い、死んだスライムを見せてくれたのだけど……。


 お父様、違うのです。

 生きているモンスターが見たかったんです……。


 と私は思いつつも、せっかくだからとスライムを観察した。

 生きている頃はプルプルしていた半透明の体が、既にぐすぐずに溶けかけている。

 

 ……これ、もう一度固められたら、何かに使えないだろうか?

 

 そう思った私は、試しに何種類かの薬品を魔術で作り出し、スライムの体に投入してみた。

 薬と反応し硬質化し、プラスチックのような物質になったのを見て、


『これはいける……!』


 そう思った私はお父様に頼み生きたスライムを取り寄せ、飼育と観察を開始した。

 刺激を与えることで、体の一部を分離させることに成功し。

 初めは私から逃げていたスライムも、私を十分な餌と寝床を提供してくれる飼い主だと認めてくれたようだ。


 定期的に自ら、体の一部を与えてくれるようになったスライム達。

 おかげで観察と検証が進み、プラスチックによく似た物質、命名スラスチックの安定した生成に成功したのだ。


 スラスチックは大量に食べたりしない限り、人体に害が無いのは確認済みだ。

 燃やしたり地面に埋めても有害な物質が発生しないよう調節してあるので、その点はプラスチックより優秀かもしれない。


 加工に必要な薬品も、試行錯誤して魔術抜きで作れるようになっている。

 残る問題点はコストだった。

 薬品の改良は続けているし、スライムの養殖に成功すれば、原材料費も抑えられるはずだ。 


「たくさん増えてくれるといいなぁ」


 ぽよぽよ、ぷよぷよ。

 森で生け捕りにしてきたスライムが、柵の中で動き回っている。


 スライムは雑食性、森の掃除屋だ。

 特殊な体液を分泌し肉や植物を消化する習性を持ち、時間をかけると柵を溶かされる恐れもあるが、満腹だと柵の中で動き回るだけだ。

 まずは干し草や野菜の皮などを与え、様子を見ることにしたのだった。

 


 ☆☆☆☆☆



「めっちゃ増えた……」

「増えましたね」

「増えすぎじゃね?」


 発言は私、リオン、ライナスの順番だ。

 私達三人の前には、柵の中いっぱいに増えたスライムの集団がいた。

 

 121匹のスライムから始まった養殖は、1か月半で1000匹近くにまで増えている。

 観察と実験の結果、環境を整え十分なエサを与えたスライムは、最短1週間ほどで分裂し2体に増えることが判明したのだ。

 単純計算で、1か月で16倍に増やすことが可能だった。


「この増加ペースなら、弱っちくても絶滅しないわけよね」

 

 納得しかない結果だ。

 エサは生ごみや、そこらへんの草でも大丈夫なようなので、とてもコスパが良かった。

 本格的に養殖を始めたところで、エサ代に深く悩まされることはなさそうだ。


 ちなみに、人間はスライムを食べることは今のところ不可能だ。

 スライムを食べているモンスターは、人間にはない消化酵素を持っているのだろうか?

 色々と気になるところだった。


「……とりあえず、これだけスライムがいれば、スラスチックの原料には困らなそうね」


 やるべきことは明確だ。

 スライムが外敵に襲われないよう保護し、計画を立て面倒を見ていく。

 まず1週間はたっぷりとエサを与え大きくし、大きくなった分をこちらで回収する。

 ついでまた2週間ほどエサを与え、ゆっくりと巨大化させると、自然と分裂し増えていくのだ。


 3週間を1サイクルとしたスライムの養殖。

 前世で言えば、羊を育て羊毛を得る羊飼いに似ているだろうか?

 上手くいけばこのまま、スラスチックの大量生産にこぎつけられそうだ。


「これでまた、公爵家が儲かりそうだな。こっちの黄色いスライムからも、面白いものが作れるもんな」


 ライナスの指し示した柵には、他の水色のスライムと違い、黄色い個体が集められている。

 黄色いスライムたちは、体液に強い消化能力を持つ一群だ。

 体の組成が水色スライムと微妙に異なっているのか、加工すると興味深いものが完成した。


「くらえゴムの矢!」

「危ないですね」


 ライナスの指元から放たれた攻撃を、リオンが危なげなく避けている。

 日本ではおなじみの輪ゴム鉄砲だった。

 黄色いスライムを上手いこと加工すると、固いのに弾力性があるという、ゴムに似た物質になるのだ。


「スラスチックにスライムゴム、スライムビニール! スライムの可能性は無限よ……!」


 ゴム手袋にサランラップ、ゴム製のタイヤの開発。

 今までは再現できなかった前世グッズにも、色々と手が届くかもしれない。


「うふふ、うふふふふ……!」

「イリス様、ちょっと気持ち悪いな……」

「今は言っても聞こえませんよ――――っと」

「ちっ、不意打ちしたのに避けんなよ」

「当たってやる義理はありません。お返しいたします」

「うおっ⁉ おまえもゴム矢持ってるのかよ⁉」


 一人妄想に耽る私をよそに、リオンとライナスが輪ゴム鉄砲で遊んでいるのだった。

 

 


 

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