37話 スライムが大漁です

 ブラックボアの簡易処理を終えた後、私たちは歩みを再開した。

 何度かモンスターと遭遇したけど、全て危なげなく対応していく。


「イリス様、あちらの方にどうやら、スライムの巣があるようです」


 森に入ってから二時間ほど。

 ついにスライムの巣が見つかったようだ。

 よく見ると進む先の藪の影に、何匹ものスライムが隠れている。


 スライムもまた私たちを認識したようで逃げていった。

 ゼリー状の表面が波打ち、ぽてぽてと地面を跳ねていく。

 だいたい、人間の子供が歩くのと同じくらいの速さのようだ。


「逃げていく個体は無視して。まずは巣にいるスライムを捕まえるわ」


 森の窪地には、百匹を超えるスライムが集まっている。

 色は薄いブルーの個体が多いが、大きさはさまざまだった。

 その中の大きなスライムたちが、こちらを押しつぶそうと襲いかかってくる。


「ライナス、お願い」

「任せとけ!!」


 ぼぼっ‼

 炎の壁が出現し、スライムの進軍が止まった。

 本能的に炎を恐れているようで、遠ざかろうと反対方向に動き始めるが――――


「させるかよ!!」


 スライムの行く手を阻むように、炎の壁がもう一枚出現する。

 炎に囲まれ右往左往するニ十匹ほどのスライムの中心へと、私は袋を投げ込んだ。


「くらえ眠り粉‼」


 実験と研究の結果発見した、スライムによく効く眠り薬だ。

 人間には基本無害で、少し鼻がくすぐったくなるくらいに調整してある。

 薬の効果は迅速で、見る見るスライムの動きが停止していった。


「すげぇ」

「あれだけの数を、あっという間に無力化しちまったぞ」


 領兵と冒険者がぽかんとしている。

 雑魚扱いされるスライムだけど、それは一匹を相手にしての話だった。

 戦闘において数は力だ。

 スライムが10匹も集まれば通常、大の大人でも苦戦するのだった。


「これくらい、俺とイリス様ならすぐだな」


 余裕ぶったライナスだったが、


「ライナス待って! 木が燃えているわ!」

「うおっ⁉」

「僕が消火します」


 あやうく火事になりかけたのを、リオンが魔術で対応した。

 氷が生み出され、ぶすぶすと煙のみを残し炎がかき消える。


「ライナスはまだ狙いが甘いですよ」

「……悪かったな」


 ぶすりとしながらも、ライナスが非を認めた。

 年齢を考えると、ライナスも十分以上に優秀なんだけど、魔術のコントロールに関してはリオンの方が上なのだ。


 飛び火に気を付けつつ、ライナスがスライムを炎の檻に閉じ込めていく。

 スライムの動きが止まったところで、眠り薬を投げ込めば無力化が完了だ。

 ほんの十数分ほどで、約120体のスライムの生け捕りに成功した。


「ふふふ、大漁ね!!」


 眠るスライム達を眺めほくそ笑んでいると、領兵が声をかけてきた。


「イリス様、こいつらを袋に入れて、持ちかえればいいんですよね?」

「えぇ、よろしくお願いするわ。薬で向こう一日は眠っているはずだけど、念のため気を付けて作業してね」

「承知いたしました」


 手袋を装着した領兵たちが、スライムを袋へ集めていく。

 彼らを連れてきたのは護衛と言うより、運搬役としての役割が大きかった。

 作業を見守りながら、ライナスを労うことにする。


「ライナス、ありがとうね。たくさん魔術を使って疲れてない?」

「あれくらい問題ない。まだまだ余裕だからな」

「やっぱり、ライナスの魔術はすごいのね。頼りにしているわ」


 ライナスが顔を背けてしまった。

 ふふ、照れ隠しだろうか? 


「……他に何か、俺がやることはあるか?」

「そうね、スライムはもういないみたいだし……。今のうちに、水を飲んで休憩はどうかしら?」


 リオンが持ってきた鞄から、水を取り出しライナスへと手渡した。

 ライナスはじっと、手渡された水の容器を見ている。


「この水の入れ物、まだ慣れないけど、軽いし便利だよな」


 ライナスが手にした容器は透明で薄く軽量な――――ペットボトルそっくりの物体だ。


「透明でキラキラしてますね。それなんなんですか?」


 見慣れない物体に、冒険者の男性が近寄ってきた。

 しげしげと興味深そうに、ライナスの持つ容器を観察している。


「わが公爵家が開発した、スライムの一部を加工して作った容器よ」

「え、ちょ、これスライムなんですかっ⁉」


 冒険者が盛大に驚いている。

 初めてライナスに容器を見せた時と、そっくりな反応だった。

 

「スライムって、さっき狩ったスライムのことですよね!?」

「その通りよ。スライムは刺激を与えられると、体の一部を切り離すことがあるのは知ってる?」

「あぁ、確かに、そんな話を聞いたことありますね」


 ある種のトカゲが自らの尻尾を切り離すように。

 スライムもまた、特定の条件下で刺激すると、体の一部を囮として切り離すことがある。

 切り離された部分は数日もするとぐずぐずに溶けていくが、本体の方はこれといったダメージも見せずぴんぴんしているのだ。


「そうして得られたスライムの欠片を、何種類かの薬で加工するとこの容器になるわ」

「はぁ、まさか、あのスライムがこんな形に……。信じられないですね」

「触ったり舐めたりしても人体に害がないことは実験済みだし、なかなかに使い勝手がいいと思うわ。あなたも試しに持ってみる?」


 もう一本水の容器を取り出し、冒険者へと手渡した。


「わっ、これ、ガラスみたいな見た目なのに、俺の使ってる水袋よりずっと軽いですね」


 この辺りの水袋には、動物の皮が使われるのが一般的だ。

 水漏れしないよう防水加工を施すため、袋自体がそれなりに重くなっていた。 


「ガラスと違って割れにくいし、直射日光を避けきちんと洗浄してもらえば、繰り返し使えるようになってるわ」

「すごいですね……! このスライム性の容器があれば、荷物が軽くなり旅も楽になりますよ!!」


 猛烈な勢いで冒険者が食いついてきた。

 長距離移動することが多い彼らは常に、荷物の軽量化に腐心しているのだ。


「なんで貴族のお嬢様のイリス様がスライム狩りなんて、と思ってましたが、これは納得ですね。この容器、とても高く売れますよ。俺もこれからはガンガン、スライムを狩っていきますよ‼」


 冒険者の目が、ギラッギラに輝いている。

 彼の目には今、スライムが金貨の山に見えているようだ。


「ふふ、ありがとう。でも、スライム狩りは今日でお終いよ。あまり狩りすぎると、スライムがいなくなってしまうもの」


 報告によるとこの森には、もう2つほどスライムの巣があるらしいけど、そちらには当分手を出さないつもりだ。


「近くうちの領内での、無許可でのスライム捕獲は禁止するつもりだから、そのつもりでいて欲しいの」


 スライム狩りに燃える冒険者へとくぎを刺しておく。


 そんなご無体な……!

 という表情をしているが、こればっかりは仕方なかった。


 スライムは森の食物連鎖の、底の方にいるモンスターだ。

 うっかり全滅させると森の生態系が変わり、まわりまわって人間の生活にも悪影響を与えるかもしれない。

 

 たいした戦闘力を持たないスライムが今まで絶滅しなかったのは、狩ったところで人間にたいしてうま味が無いからだ。

 もし人間がその気になったら、人里に近い森から、スライムは姿を消してしまうはずだ。


「うぅ、口惜しいですが、イリス様がそうおっしゃるならやめておきます……。スライムの乱獲を禁じるなら、この容器、かなり高くなりそうですね」


 そんな高価なものを、もし破損してしまったら大変だと、冒険者が恐る恐るペットボトルもどきを返却してきた。


「それはあなたにあげるわ。今回の報酬の一部よ」

「え? こんな高価なものを? 本当にいいんですか?」

「大丈夫よ。革製の水袋よりは高く売る予定だけど、そこまで価値を釣り上げるつもりは無いもの。そのために、今日スライムを生け捕りしてもらったのよ」

「……どういうことでしょうか?」


 合点がいかない様子の冒険者へと、


「スライムを養殖して、増やしていこうと思うの」


 私はそう答えたのだった。

 

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