36話 ただの生まれつきなんですが

「―――本日は私のお願いで集まっていただき、ありがとうございます」


 私の前に並んだ、二十名ほどの人間。

 全身をしっかりと覆う服を着て、剣や槍、弓などで武装している。


 場所は公爵領にある森の前。

 さほど危険な獣やモンスターは生息していないはずだが、森は人間の領域ではない。

 私も乗馬用の動きやすいドレスを着て、リオンとライナス、他に5名の護衛を従えている。

 護衛はいずれもお父様選りすぐりの公爵家の抱える精鋭であり、戦力は過剰すぎるほどに十分だった。

 

「領兵の皆さんには、私の指示と冒険者の皆様の意見を元に、スライム狩りを行っていただきたいと思います」


 紺色の制服を着た領兵が十数人。

 その横に、皮鎧をまとった冒険者が3名いた。


 冒険者、これぞファンタジーと言った感じだね!

 磨き上げた武と才能を生かし、モンスターを退治し秘境を踏破し、世を渡り歩く自由人。


 ――――と言うとかっこよく聞こえるが、実際はなんでも屋に近い仕事らしい。

 家を継ぐ見込みがない農家の三男四男が、一発当てるのを夢見て、冒険者ギルドに所属するのだ。

 モンスターの退治に人探し、旅の際の護衛など、様々な仕事をこなしているようだった。 


「本日集まっていただいた冒険者は、森を歩きモンスターの情報を集めるのに長けた方です。彼らの助言を聞きつつ、怪我をしないよう注意し、スライムの生け捕りを進めてください」


 森の中には、スライム以外にもモンスターが生息している。

 モンスターの不意打ちをうけないよう、冒険者の人たちに斥候と情報収集を務めてもらうのだ。

 スライムの巣は多くの場合、森の入口から少し奥まった、樹影の濃い湿った窪地にあるらしい。


 冒険者の先導に従い、私たちは森を歩いて行った。

領兵たちが藪をこいで進んでくれているため、私はさほど苦労することなく歩いている。

 事前の調査によれば森の入口から数十分ほど歩くと、スライムの群生地に行き当たるらしい。


 公爵家では今、数匹のスライムを飼育しているけど、一度くらいはこの目で、野生のスライムがどんな風なのか見てみたいところだ。


 しばらく進んでいると、冒険者がふいに立ち止まった。


「足跡に幹に付けられた傷、近づいてくる藪の音、モンスターが来ますね」


 にわかに一団が緊張する。

 冒険者たちの指し示した方向から、黒い影が飛び出してきた。

 長い牙を持った、大型の猪のような姿だ。


「ブラックボアだ!」

「イリス様をしっかりとお守りしろ!」


 剣を構え、矢をつがえた領兵たちだったが、


「俺がやる!!」


 ライナスの魔術が発動。

 ブラックボアへと火球が叩きこまれ、一瞬にして燃え上がった。


「すげぇ」

「ガキなのに、あっという間にブラックボアを倒しちまったぞ」

「これくらい朝飯前だ」


 ライナスが涼しい顔をしている。

 が、よく見ると口元が緩み得意げにしているのがわかった。

 ブラックボアは通常、数人がかりで退治するモンスターだ。

 ライナスの魔術は、それほどに強力なのだった。

 

「イリス様、倒したブラックボアはどうなさいますか?」


 冒険者の一人、壮年の男性が声をかけてきた。

 

「肉は食べられそう?」

「少し焦げてますが、血抜きをして持って帰ればたぶん行けますね」

「血抜きにはどれくらい時間がかかるの?」

「簡易版であればすぐですが、その……。貴族のお嬢様の前でするには、ちょいと血なまぐさい作業ですね」

「気にしないわ。せっかくの肉なんだもの、やってちょうだい」

「いいんですか?」

「大丈夫よ」

「……では、失礼いたします」


 冒険者がブラックボアに縄をかけ、木に逆さづりにしている。

 切れ込みが入れられ、切り口から黒い血が噴き出す。


 黒い血はブラックボア本来の色? 

 それともライナスの炎でタンパク質が変性し、色が変わったのだろうか?

   

 あとで冒険者に質問してみようと、興味深く見守っていると、領兵の一人が声をかけてきた。 


「イリス様、そんなにまじまじと見て、気分が悪くなりませんか?」

「慣れてるからへっちゃらよ」


 前世の大学の授業や実習で、内臓や血は何度も見ている。

 こちらを襲ってきたブラックボアの血抜きなら、特に拒否反応も無かった。

 血の匂いが鼻につくけど、我慢できないほどじゃなかったし、日本より食糧事情が悪いこちらで、肉は貴重なタンパク源だものね。


 ……と言うわけで、特に動揺することも無くブラックボアの血抜きを見ていたのだけど。

 そんな私の態度のせいで後々、


『モンスターの襲撃にも、イリス様は顔色一つ変えなかった』

『モンスターへの血抜きにも慣れており、鋭い瞳で配下を見る姿は、歴戦の猛者の風格があった』

『まだ幼い少女だが、あの鋭い目つきに相応しい優れた戦士なのだろう』

『というかあの鋭い目つき、絶対何人かやってますよ』


 などという噂が、まことしやかに広がることになることになる。


 ……基本チキンな私なのに、歴戦の猛者の風格とは一体……?

 それに鋭い目つきって言いすぎじゃない?


 目つきの悪さは生まれつき。

 人殺しなんてしてないんだけどなぁ、と。


 後日噂を知った私は、渋い顔になってしまうのだった。


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