35話 ひと狩りいきましょう
「イリス様、またお手紙が届いているようです」
リオンがすっと、上質な紙で作られた封筒を差し出した。
フランツの誕生パーティーから三か月が過ぎた頃だ。
誘拐事件以降は大きなトラブルもなく、フランツ10歳の誕生パーティー開催することができた。
私の前世の知識を駆使した、シャボン玉を中心としたパーティーの演出は、大変好評だったようだ。
辺境伯からの覚えもめでたく、フランツとの交流も続いている。
そしてうちの公爵家には、フランツのパーティー直後から、何通もの依頼が舞い込んでいる。
ぜひわが家の舞踏会でも、シャボン玉を使った演出をプロデュースして欲しい、といった内容で。
貴族たちから続々と、依頼がやってきているのだ。
「ふむふむ、今度はサルコー伯爵の跡取り息子のお披露目会ね」
ここ数年の学習によって、国内の主要な貴族の名前と来歴は叩きこんである。
貴族間のつながり、コネ作りはとても大切だった。
ただし演出依頼については、それなりの対価をいただくことにしている。
あまり多く依頼を受けては捌けなくなるし、希少価値も落ちてしまうからだ。
とはいっても暴利というほどではなく、相手にも美味しい取引にもなるようにしている。
演出依頼を受けた相手には、シャボン玉用石鹸や手洗い用を、割引で納品する契約を結んでいた。
相手は流行りの石鹸を安く購入することができ、シャボン玉を使った華やかなパーティーを開催できる。
私は大金を手にし、石鹸の普及を後押しすることができる。
ウィンーウィンな取引なのだった。
☆☆☆☆☆
「イリス様、最近あんま会えないし忙しそうだな」
シナモンのマフィンを手に、ライナスがぽつりと呟いた。
今日は魔術の授業の日だ。
私、ライナス、リオンの三人とも、魔術の基礎は十分出来上がっているということで、授業は週1日になっている。
その週1の授業も私は欠席しがちで、一か月近くライナスに会えないこともあった。
「もしかしてライナス、寂しかったの?」
「寂しくなんかねーよ。なんでそう思ったんだよ?」
「私がライナスになかなか会えなくて、寂しいと思ったからよ」
「……そうかよ」
私の答えがお気に召さなかったのか、ライナスは顔を反らし一口でマフィンを呑み込んだ。
これで今日3つ目。
ライナス11歳、食べ盛りに差し掛かっているようだ。
「授業を休んで何してるか、少し気になっただけだ」
「パーティーの演出依頼をこなしたり、他にも色々と、実験室で研究を進める必要があったのよ」
「研究、か……。それじゃ力になれねーな。俺ができるの、燃やすことくらいだからな」
ライナスが面白くなさそうにしている。
実験室での研究は私とリオン、そして何人かの助手と共に行っていた。
ライナスからしたら、一人仲間外れにされたように感じているのかもしれない。
「……ね、ライナス。再来週の日曜って空いてる?」
お誘いをもちかける。
……ちなみにこちらの世界、一週間は月火水木金土日の七日間で、一月は30日、一年間は12か月360日で構成されている。
乙女ゲームそっくりな世界なせいか、暦や単位は日本とよく似ているのだ。
「再来週の日曜? 空いてるが、何するつもりなんだ?」
「モンスターを狩りにいこうと思うの」
「‼」
ライナスの瞳が輝いた。
日本とは違い、この世界にはモンスターが存在していて。
勇ましくモンスターを狩り退治することは、各地の少年の憧れになっている。
「行く行く! 行ってやるよ‼」
「ありがとう。ただ、狩る対象のモンスターなのだけど――――」
「何だ? ブラックボアか? それともポイズンビー? それともまさかまさか、ドラゴンを退治しにいくのか?」
興奮しまくし立てるライナスだったけど、
「スライムよ」
「どんなモンスターが来ても、俺が燃やし尽くして――――えっ?」
はしごを外されたように、ぽかんとしてしまった。
「スライムって、あの雑魚モンスターの……?」
「そう、そのスライムよ」
ゼリーのような柔らかい体を持ち、体長は10cmから1mほど。
弓矢や斬撃が通じないのが少し厄介だけど、熱に弱く松明の一つもあれば退治できる。
それがこの世界の標準的なスライムだった。
「なんでわざわざ、スライムなんか狩りに行くんだ? あいつらの退治は他に任せて、魔術が使える俺たちはもっと大物を狙った方がいいだろ」
ライナスのテンションがあからさまに下がっていた。
雑魚狩りには燃えない性質らしい。
「俺とあと、癪だけどリオンの魔術があれば、中級モンスターくらいは楽勝だろ?」
「そうかもしれないけど、万が一怪我をしたら危ないわ」
命大切。体大事に。
それが私の方針だ。
この世界には魔術が息づいているが、怪我を一瞬で治すような回復魔術は、『とある例外』をのぞき存在していなかった。
傷を負ったら、じっくり体を休め治療するしかない。
私の薬と知識があれば、傷口からの細菌感染や褥瘡—―床ずれなどは防げるだろうけど、それだって100パー大丈夫とは言えなかった。
「ライナスが怪我をして、もし後遺症でも残ったら嫌よ」
「っ……!」
「その点、スライム狩りならほぼ安全だし、ライナスの炎も活躍できると思うの」
「……わかったよ。俺だって、イリス様が危険な目に会うのは嫌だからな」
良かった。
ライナスは納得してくれたようだ。
「スライムなんか、俺の炎があれば一瞬だ。あっという間に、全部燃やし尽くしてやるよ」
「あ、待って。それはやめて欲しいの」
やる気になっているライナスに水を差すようで悪いが、そこは譲れないところだ。
「は? どういうことだ?」
「ライナスは炎を操って、スライムを生きたまま捕まえて欲しいの」
「生け捕り……? 毛皮も肉も捕れないスライムを捕まえてどーするんだ?」
釈然としないライナスへと、私は説明をしていったのだった。
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