34話 ウザイ悪役でした

「イリスに、フランツとの婚約を持ち掛けたいということか?」


 お父様が紫の瞳を鋭くし、辺境伯の考えをうかがおうと問いかけた。


「あぁ、その通りだ。元々、今回イリス君を招いたのはシャボン玉の件もあるが、フランツと引き合わせ、相性を見る目的もあったんだ」


 そんな気はしてたけど、やっぱそうだったのか。

 私は公爵家の令嬢だし、シャボン玉石鹸のおかげで評価も上昇している。

 おかげで何件ものお見合い打診が舞い込んでいると、お父様から教えられていた。


「今回の誘拐事件は内内に処理し、イリス君の名誉に害が及ぶことはないと約束するが……。それでも、誘拐に巻き込み、怖い思いをさせてしまったんだ。そのお詫びもこめて、そちらの家に利となる形での婚約を結びたいのだが、どうだろうか?」

「……イリス、どうだい? イリスに婚約者ができるのは気に食わないが……。 悪くない条件だと思うよ」


 お父様の方も、この婚約に乗り気みたいだ。

 親バカをのぞかせつつも、公爵家の当主として計算を弾いたようだった。


 貴族同士の婚約として、これはかなりの良縁になる。

 フランツはいずれ辺境伯を継承する立場で、本人の性格も善良、容姿だってとびきりの美少年だ。


 引く手あまたの優良物件なうえ、こちらはそんな彼に恩を売っている。

 家同士の付き合いではこちらの意見が通るだろうし、またとない良縁に見えるけど……。


「……ありがたいご提案ですが、辞退させてもらいたいです」


 私としては拒否一択だ。

 フランツはいい子だと思うけど、攻略対象の彼と婚約者になるとか、死亡フラグが恐ろしすぎるよ……。


 ヒロインと出会ったフランツは、熱い恋に落ちていた。

 この世界のヒロインが、フランツに恋をするかはわからないけど……。


 フランツがヒロインに出会い恋心が芽生えた時に、私という婚約者がいては邪魔者だ。

 死亡フラグを立てないためにも、フランツとの婚約は頷けなかった。


「僕なんかじゃ、イリス様の婚約者には相応しくないですよね……」


 フランツがしょげてしまった。

 両親から愛され育ってきた彼には、拒絶された経験が無くショックなのかもしれない。

 

「フランツ様、そういうわけじゃないんです。私はただ、当分誰とも、婚約する気が無いだけなんです……」


 レッツ言い訳タイムだ。

 横に座るお父様を、私はちらりと見上げた。


「私は、お父様とお母様の関係に憧れているんです。お二人は政略結婚であると共に、学園に通う間に恋を育み、卒業と同時に幸福な結婚式を挙げた関係だと聞いています。……私もできたら、そんな恋をしてみたいんです」


 半分くらいは本音だ。

 私が公爵令嬢である以上、結婚は半ば義務のようなもの。

 結婚相手は限られるけど、その中で相性の良い相手を選び選ばれたかった。


 この国の貴族は、15歳から王立学園に通うことになる。

 適齢期の男女を集めた学園は、大規模なお見合い会場でもあるのだ。

 幼少期に婚約を結ぶ人間もいるが、学園で相手の性格や将来性を見定めてから、婚約に至るケースも多いのだった。


 ゲーム中の私は、共通ルート中は婚約者がいなかったと記憶している。

 個別ルートに分岐した後に、そのルートの攻略対象の婚約者の座に強引に収まりヒロインの恋路の障害になるのが、ゲーム中の私の役目だった。


 どの個別ルートに進んでも邪魔をしてくる私は、それはもうウザさを極めた悪役だ。

 ヒロインと顔を合わせれば、嫌味悪口は当たり前。

 公爵家の権力を振りかざしいじめを行い、毒殺まで企んでくるのだ。


 率直に言って酷い女だった。

 おかげでゲーム中の私にはどのルート、どのエンディングでも破滅するという因果応報っぷりが待っている。


 今の私は悪役になる気は無い以上、攻略対象との婚約は断固反対の立場だ。

 強い思いを伝えるように、私は上目遣いでお父様を見つめた。


「お母様がお父様と結ばれたように、私もお父様のような素敵な方と結婚したいんです……!!」

「イリスっ……!! 私とエレイナのことを、そんな風に思ってくれていたんだねっ……!!」


 あざとい私の上目づかいに、お父様が頷き感動している。

 お父様が親ばかで良かったと、今ほど感謝した日はなかった。


「フロース辺境伯、悪いが今回は、婚約は辞退させてもらおう。私のかわいいイリスに、まだ婚約は早いようだからね」

「そうか……残念だが、イリス君の希望なら仕方ないな。フランツもそれでいいな?」

「……わかりました」


 ぶすっとしたフランツの頭を、辺境伯が苦笑しながら撫でている。


「……婚約者になれなくても、イリス様と僕は友達なんだよね?」

「友達だと、私はそう思っています」

「良かった! 僕もだよ!」


 にっこりと嬉しそうに、フランツが天使のように笑った。


「友達ならこれからもイリス様の家に遊びにいったり、遊びに来てもらえるんだよね?」

「もちろんです。これからも、よろしくお願いしますね」


 キラキラとした笑顔のフランツにおされ、私は約束をすることになって。


 ―――――かくして私はこれからも、フランツと仲良くすることになったのだった。


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