33話 友達ですから

 氷の檻で、誘拐犯たちが無力化された後。

 リオンに遅れてやってきた辺境伯の部下に連れられ、私は辺境伯の屋敷へ戻ってきた。


 出迎えたお父様の固い抱擁を受けた頃には、既に明け方近くになっていた。

 まずは体を休めるべき、と。

 仮眠を取り昼前に目覚めた私は、辺境伯から誘拐事件のあらましを聞くことにした。


「今回はわが家の身内争いに巻き込んでしまい、本当に本当に、深く申し訳ないと思い、同時に感謝している。……もし君がいなかったら、フランツの命も危うかっただろうからね」

「……誘拐犯の黒幕はやはり、辺境伯の親族の方なのですか?」

「お見通しか。君はすごいな。身内の恥を晒し情けないが……。巻き込まれた君には知る権利がある。内密にしてもらえると助かるが、黒幕はどうやら私の弟のようなんだ」


 やっぱり、フランツの叔父が誘拐を指示してたんだね。

 そこはゲーム中の誘拐事件と同じようだった。


「誘拐の目的は、フランツ様を命と引き換えに、辺境伯の地位を譲れ、といったところでしょうか?」

「あぁ、どうやら、そういった目論見だったらしい。辺境伯の譲位を私に手続きさせた後、フランツもろとも、私を殺そうとしていたようだ」

「酷いですね……」

「……弟はこれから一生、厳重に幽閉するつもりだ。この先君やフランツに、危害が加えられることは無いと誓うよ」

「それなら安心ですが……。なぜ今、彼らは誘拐を実行したのでしょうか?」


 そこが少し気になった。

 ゲーム中では、誘拐は1年ほど後に実行されたはず。

 だからこそ私も、今回のフランツとの交流では、そこまで警戒していなかったのだ。


「弟は以前から私を追い落とすために隙を伺い、この屋敷にも手下を忍ばせていたんだ。そこへ昨日ちょうど――――」

「僕のせいです」


 辺境伯の隣に座っていた、フランツが俯きがちに口を開いた。

 小さく震えながらも、言葉を紡ごうとしている。


「僕が昨日の夜、誰にも見られず庭に出たいってメイドに相談したら、『お父さんや他の使用人には秘密ですよ』って、夜に庭に出る手助けしてくれたけど……。そのメイドは実は叔父様の手下で、庭に出た僕を誘拐させるために、動いてたみたいです……」


 唇をかみしめ、フランツが膝の上でぎゅっと拳を握った。

 後悔し反省し、今にも泣き出しそうな様子だ。

 今後は同じような、危険なマネはしないと思うけど……。

 そもそもなぜフランツが、庭に出たかったかが気になった。

 

「フランツ様はなぜ、昨晩庭に出たいと思ったのですか?」

「……花です」

「花?」

「……昨日、イリス様が好きだって言ってた花をこっそりつんできて、イリス様の上から降らして、そうしたらびっくりして、喜んでくれるかなって……」

「……私のためだったんですね」


 ほほえましい行動だが、その結果が誘拐事件なのが複雑だ。

 私のちょっとした行動が、まさか誘拐事件の発生をゲーム中より速めていたなんて。

 ごく小規模だが、バタフライ効果を目の当たりにした気分だ。


「……フランツ様の気持ちは嬉しいけど、もう二度と、夜の庭に1人ででるような、危ないことはしないでくださいね? 花で私をびっくりさせたいなら、また今度、昼間に遊ぶ時にお願いしたいです」

「えっ……?」


 フランツが顔を上げ私を見つめた。

 青い瞳には戸惑いと、期待するような光が浮かんでいる。


「また僕と遊んでくれるんですか……? 弱虫で、あんなに迷惑をかけてしまったのに……?」

「友達なんだから、それくらい気にしませんよ」


 落ち込んでいるフランツを見捨てるのは良心が痛むし……友人関係を続ける方が、辺境伯との関係も上手くいくという打算があった。


 今回の誘拐事件がトラウマになった場合、後々フランツの中に別人格が発生する可能性もあるのだ。  それを防ぐためにも、友人としてメンタルケアに勤めたかった。


「友達……」

「フランツ様さえ嫌じゃなかったら、これからも――――」

「友達です!! 友達の握手です!!」


 フランツがぎゅっと私の手を握った。

 始めた会った日のように。

 友情の握手をする私たちを、辺境伯がほっとした顔で見ていた。


「君は本当に、聡明で優しい心の持ち主なんだね。……フランツとの相性も良さそうだし、一つ提案があるんだ」

「イリスに、フランツとの婚約を持ち掛けたいということか?」


 私の隣でお父様が口を開いた。

 紫の瞳は鋭く、辺境伯の考えをうかがうよう細められているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る