32話 心配させてしまったようです


「ちくしょう!! どういうことだっ!!」


 人相の悪い男が、部屋の中に駆け込んできた。

 叩きつけるようにして扉を閉めると、男が仲間たちへと叫んだ。


「もう追手が、建物の近くまで来てやがる!!」

「何があったんだ⁉」


 にわかに男たちがざわつく。

 やるなら今だ。

 男たちの注意がそれたすきに、私は素早く魔術を使った。


「くそっ!! くそくそくそっ!! 何なんだよ⁉ どうなってるんだよ⁉」

「うるさい黙れっ!!」

「こうなったら、ガキどもを盾にし…て……」


 男たちの一人が、頭をぐらりと揺らした。


「おい‼ どうしたんだ⁉」

「目が回る……」

「俺も、頭、痛くなって……」

「気持ちわりぃ……」


 一人、二人と。

 男たちが倒れ、床でうめき声を上げ始めた。


 ――――急性一酸化炭素中毒。


 魔術によって生み出された毒による症状だ。

 無色無臭の気体、一酸化炭素に男たちは気づくことなく、行動不能へと陥っていた。


「フランツ様、今です。部屋を出るまでは息を吸わないように気を付けて、私についてきてください」


 もろくなった縄を引きちぎり、フランツの手を引き逃げ出す。

 

 一酸化炭素は有機物の不完全燃焼で発生する、空気より軽い気体だ。

 日本で火事の際、口にハンカチを当て姿勢を低くして逃げるよう言われているのは、一酸化炭素から逃れるためだった。

 

 この部屋は今、上部に行くほど一酸化炭素の濃度が高くなっている。

 私たちはずっと床に転がされていたし、立ち上がっても大人より背が低い。

 短時間なら部屋にいても、一酸化炭素中毒にはならないはずだ。


「……!」


 フランツの手を握り、無言で部屋の扉に取りつく。

 扉を開け無事に部屋から脱出し、息を吸い勢いよく駆け出した。


「なんだ⁉ なんでガキが自由にな――――」

「くらえ胡椒爆弾っ!!」

「うぶっ⁉ 目がッ!! 目がぁぁぁっ!!」


 部屋の外へいた誘拐犯へ、魔術で作った胡椒の塊を投げつける。

 胡椒は古くは薬として、あるいは毒として扱われた、催涙効果のある物質だ。

 誘拐犯はのたうち、目を押さえ転げまわっている。

 

「イリス様、つよいです……」

「どういたしまして!!」


 呆気にとられるフランツを引っ張りながら、外へつながる扉を探す。

 誘拐犯は胡椒爆弾が最後の一人だったようで邪魔は入らなかた。

 いくつか扉を開閉していき、ついに出口を引き当てる。


「やった! 外だっ……!」


 扉の先は庭園のような場所で、少し先に人家らしき影が見える。

 町はずれの建物に閉じ込められていたらしい。

 少し歩くと、フランツがふらりとよろめく。

 脱出し気が抜けたであろう体を、私はそっと支えた。


「イリス様、ありがとうございます。……僕、情けないですね」

「そんなことないです。フランツ様はとても勇敢でしたよ」


 まだ10歳の子供が、誘拐犯の恐怖にも負けず行動してくれたんだもの。

 すごく勇気がある子だ。

 そう思い笑いかけたのだけど、フランツの肩に置いた手を払われてしまった。

 馴れ馴れしくて嫌だったのだろうか?


「……僕ばっかり守られて、支えられるのは嫌です」

「フランツ、何か言った?」

「……な、なんでもありませ――――」

「イリス様っ!!」


 リオンだ。

 私たちを探し、この場にたどり着いたようだ。

 駆け寄ってきて、がばりと私を抱きしめた。


「イリス様に何かあったら僕はっ……!!」

「リオン……」


 すがるように抱きしめられ、胸が騒ぎ痛んだ。

 ここまで感情を露にしたリオンを見るのは、ルイナさんの喘息の発作以来だった。


「ごめんなさい。心配をかけてしまったわ」

「……もう二度と、危ないことはしないでください。もし次、同じようなことをしようとしたら、僕がこの手でとじこめ――――」

「おいおまえら‼ どこへ行くつもりだっ⁉」


 リオンの声を遮り、だみ声が響いた。

 先ほどまで監禁されていた建物から、誘拐犯たちが出てくる。

 一酸化炭素中毒から立ち直ったようだ。

 私やフランツが巻き込まれないよう、あまり一酸化炭素の濃度は高くしていなかったから、回復も早かったのかもしれない


「くそっ!! 頭が痛ぇ!! おまえらそこを動くなよ!!」

「……あいつらが誘拐犯なんですね?」


 私を庇うようにして、リオンが誘拐犯と向かいあう。

 恐れや動揺は見られず、いつも通りの笑顔を取り戻していたが、目は微塵も笑っていなかった。

 

「――――《氷槍射出》」


 氷の槍が出現し、月明かりに蒼く煌めいた。

 その数軽く十以上。

 切っ先が鋭く、誘拐犯たちを狙いすましていた。


「ひぃぃぃぃぃっ⁉」

「ぎゃぁぁぁぁっ⁉」


 誘拐犯たちの足元に次々と、氷の槍が突き刺さる。

 瞬く間に出来上がったのは氷の檻。

 誘拐犯たちが抜け出すことは不可能だった。


「イリス様が悲しむから、命までは奪いません。僕としては、全身氷漬けにしたいところですが……」

「これで十分よ。ありがとう、助かったわ」


 リオンの魔術、すごいなぁ。

 ゲームの攻略対象だけあり、魔術方面もえげつないハイスペックだ。

 若干12歳にして氷と水を従える、大人顔負けの魔術師に成長していたのだった。


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