31話 こんなこともあろうかと

「なっ⁉」


 夜の庭を歩くフランツに、突如人影が覆いかぶさった。

 フランツは抵抗するが、人影はびくともしていない様子だ。

 

「ちっ⁉ 何だ⁉ ツレがいるなんて聞いてないぞ!?」

「騒ぐな!! そこの小娘とツレもだ!! 叫んだらこいつを殺す!!」


 二人の男がこちらを睨みつけている。

 フランツ達とはまだ距離が少しあったが、私が声を出したせいで見つかってしまったようだ。

 フランツを捕えた男が、じろりとこちらをねめつけている。


「こいつの命が惜しいなら、叫ばずじっとしていろ。このナイフが見えるだろう?」


 銀色の刃が、月明かりに鈍く光った。

 ナイフを押し当てられたフランツは気絶しているのか、ぴくりとも動く気配が無かった。

 

「イリス様……」

「リオン、駄目よ」

「ですが……」

「動かないで」


 リオンを視線で押しとどめる。

 氷を操るリオンの魔術は、既に大人顔負けの腕前だ。

 男たちを蹴散らすのは簡単だろけど、それではフランツの命の保証が無かった。


「……フランツ様をどうするつもり……?」

「さあな? そんなことより……」


 男の視線が、私の頭からつま先を通り過ぎる。

 恐怖と緊張を、表に出さないよう押さえつけた。


「その服装、おまえも貴族の子供だな? ちょうどいい。一緒に来てもらおう」

「……そうしたら、フランツに手出ししないでくれるの?」

「はは、努力はしてやるよ」


 馬鹿にするような笑い声が鼓膜をひっかく。

 不本意だがフランツのことを考えると、今は従うしか無さそうだった。


「イリス様、おやめくださいっ!! 」

「大丈夫よ……勝算はあるもの」


 言葉の後半は、リオンにだけ聞こえるように小声だ。

 今にも魔術を放ちそうなリオンを制し、男たちの元へ向かった。


「あなた達に従うわ。抵抗しないから、怪我はさせないでちょうだい」

「ははっ、物分かりのいいお嬢ちゃんは好きだよ。……こっちへ来い。騒いだり反抗したら、ただじゃ置かないからな?」 


 脅しの言葉と共に男が私の手を掴み、強引に引き寄せたのだった。



 ☆☆☆☆☆



「っ……!!」


 庭からズタ袋に入れて運ばれた先は、建物の中のようだった。

 一辺が10メートルほどの薄汚れた部屋で、窓は全て厳重に塞がれている。

 先ほどの男ら2人を含む、4人の男がこちらを監視していた。


「お嬢ちゃん、巻きこまれて可哀そうだが、くれぐれも暴れないでくれよ? 顔や体に、傷をつけられたくはないだろう?」

「………」


 無言で自身の状態を確認する。

 ここに運ばれる前、庭で両手首を縄で縛られていた。

 隣に放り出された、気絶したフランツも同じ状態だ。

 怪我がないか観察していると、ふるりと金色のまつげが持ち上がった。


「んっ……っ、ここは……? ひっ……⁉」

「フランツ様、落ち着いてください」


 悲鳴を上げようとしたフランツの口に肩を押し当てる。


「静かに。私達、誘拐されています」

「っ、誘拐っ……?」


 フランツの体が小刻みに震えだした。

 今にももう一度、叫びだしそうな様子だ。


「……大丈夫です。きっとすぐ、助けが来るはずです」


 声を潜め、フランツへと話しかける。


 私の言葉はただの気休めでは無かった。

 庭で男たちは、護衛とリオンを庭の木に縄で縛り上げていた。

 男たちはそれで満足したようだが、リオンは魔術で氷の刃を生み出し、じきに抜け出したはずだ。

 辺境伯やお父様に誘拐を報告し、私たちの捜索が速やかに行われるに違いない。


 私達がズタ袋に入れられ運ばれていたのは、さして長い時間では無かった。

 辺境伯の領地は治安が良いため、あまり無茶な長距離移動はできないからだ。

 捜索が始まれば、この場所が判明するのにそう時間は掛からないはずだった。


 誘拐犯の黒幕はおそらく、ゲームと同じでフランツの叔父か、その周辺の人物。

 フランツの親族が関わっているはずだ。

 誘拐犯たちが辺境伯の屋敷の庭にまで入り込んできた以上は、通り魔的な犯行とは考えにくいものね。


「怖いだろうけど、もう少しの辛抱です」

「……でもっ、僕たちここで縛られちゃままじゃ、人質にされちゃうんじゃ……」

「私の魔術があります」

「魔術……? イリス様の魔術はシャボン玉や、薬を出すものなんだよね? どうやって逃げ出すの?」


 フランツの言う通り、私の魔術は薬、ないし毒の生成に特化している。

 リオンのように氷の刃を操ったり、ライナスのように派手に燃やすことはできないけれど……。

 こんな時のためにと、対策を考えてあるのだ。


「盗み聞かれるとまずいですから、詳しくは言えませんが、私を信じてください」


 小声で言いつつ、じっと男たちの姿を観察する。

 男たちはすっかり油断し、こちらへの監視も緩んでいた。

 私の手元が死角になるよう、体をそっと動かしておく。


「《毒物生成》」


 ごく小声で呪文を唱え、魔術を発動した。


 生成したのは濃硫酸。

 まぎれもない劇薬で毒物、私の魔術の対象範囲だ。

 濃硫酸は縄へと染み込み、縄を構成する線維に脱水作用を及ぼしていく。

 

 しばらく待つと、縄は子供の私でもちぎれそうな程にもろく変化した。

 同様にして足にかけられた縄やフランツの縄も濃硫酸で処理し、すぐに引きちぎれる状態にしておく。


「これでいつでも逃げ出せます」

「……見張りの男たちはどうするんですか?」

「そちらも考えがあります」


 あとはタイミングを測るだけだ。

 下準備に2回ほど魔術を使った後は、じっと男たちの様子を観察する。

 恐怖を押し殺し、フランツを励ましていたところ――――


「ちくしょう!! どういうことだっ!!」


 人相の悪い男が、部屋の中に駆け込んできたのだった。

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