30話 11歳らしさってなんだろう?


 私はその後5日間ほど、フロース辺境伯の元に滞在することになった。

 誕生パーティーでのシャボン玉利用について打ち合わせを重ね、空いた時間はフランツと一緒に遊んでいた。


 シャボン玉のおかげもあり、フランツとは友人になれたようだ。

 辺境伯とも良い関係を築けそうだし、滑り出しはごく順調。

 今日もこれから辺境伯と打ち合わせがてら、庭のガゼボでお茶をすることになっている。


「綺麗なお庭ですね」

「庭師たちが丹精込めて、世話をしていてくれるからね」


 辺境伯の庭は、広大な敷地を贅沢に使ったデザインだ。

 爽やかな秋風が吹き抜け、緑を優しく揺らしている。

 木が植えられ、小さな林のようになった庭を、会話を楽しみながら散策していく。


「あっ、あの花はもしかして……」


 人工池のほとりで、淡い紫の花が揺れていた。

 黄色の中心部から、放射状に細長い花弁が広がっている。

 じっと観察すると、脳内に情報が浮かんだ。


《シオン:根や根茎にサポニンや、アネトールなどを含む多年草》


 転生してから見かけなかったから、てっきりこの世界には生育してないのかと思っていたけど、あるとこにはあるんだね。


 シオン。漢字で書くと紫苑。

 読んで字のごとく、青みがかった紫の花を咲かせる植物だ。

 根っこや、根茎と呼ばれる球根部分に、溶血作用のあるサポニンが含まれているので有名だった。


 できたら何株か譲ってもらって、公爵家に持ち返りたいな。

 薬効成分を研究するため、公爵家には薬草園を作ってある。

 今目の前にあるシオンも、ぜひ薬草園に加えたい花だ。


「どうしたんだい?」


 立ち止まった私へと、辺境伯が振り返った。


「花を見ていました。あれはシオンの花ですよね?」

「あぁ、よく知っているね。シオンの花が好きなのかい?」

「青にも紫にも見える色が、とても綺麗だと思います」


 薬効があるので好きです、じゃ11歳らしくないので誤魔化した。


 ……11歳らしさって何だろうね? 

 自分で言っといてあれだけど謎だ。


「君の薄紫の髪にもよく合いそうな――――誰だっ⁉」


 辺境伯が右手の木立へと叫んだ。

 もしかして、屋敷のフランツを狙った刺客が入り込んでいたのだろうか。

 にわかに緊張する私の前で茂みが揺れ――――


「フランツ様?」

「……うぅ、ばれちゃったかぁ」


 がさごそと、フランツの金色の頭が出してきた。


「今度こそイリス様をびっくりさせられると思ったんだけど、失敗しちゃったね」

「あぁ、それで隠れてたんですね……」


 出会った初日に、大きなシャボン玉で私に驚かされたお返しなのか、フランツは私を驚かせようとしていた。

 今回も失敗したフランツは、小さくほっぺをふくらませているようだ。


「イリス様を驚かすの難しすぎるよ。そこの黒いのが、いつも邪魔してくるんだもん」


 リオンに向かって、フランツが唇を尖らせている。

 優秀な従者であるリオンはいつも、フランツの接近をよく察知するのだった。


「フランツ、わがままを言ってはいけないよ。リオン君はイリスの従者として、立派に役割を果たしているんだ」

「……ごめんなさい」


 辺境伯に諭され、フランツがしおしおとなり謝った。

 いたずらっ子なフランツだけど、素直な良い子なのだった。

 

「フランツ様、そんなに落ち込まないでください。お時間があるのでしたら、お茶会に参加していきませんか?」

「する!! クッキー食べたいです!!」


 つい今までの、萎れた様子はどこへやら。

 たちまち機嫌を直したフランツを加え、その日のお茶会は始まったのだった。



☆☆☆☆



 お茶会のお菓子を楽しみ、辺境伯家の美味しい夕飯も別腹でご馳走になった後。

 部屋に戻った私は、荷物の整理をしていた。

 明日には辺境伯の屋敷を出て、公爵家へ帰宅する予定になっている。


「成果はまずまず上等、といったところかしら……」


 公爵家から持ってきた薬箱を整理しつつ呟く。

 シャボン玉石鹸の受けは良く、誕生パーティーについての打ち合わせも順調で、フランツや辺境伯と友好関係を築くことも出来た。


 あと気になることと言ったら、ゲーム中でフランツの誘拐をもくろんでいた、フランツ叔父の動向くらいだ。

 辺境伯にそれとなく叔父について聞いてみたが、当たり障りない答えしか返ってきていない。


 現時点では叔父との間で問題が発生していないのか、身内のごたごたを部外者である私に漏らす気が無いのか。

 おそらく後者である以上、無暗に嗅ぎまわることは控えることにした。

 今後もいくどか、パーティー関連で辺境伯の元を訪れる予定なので、その時にまた調査を進めることにする。

 ゲーム通りなら、フランツの誘拐までまだ少し猶予があるはず。間に合うと思いたかった。


「……おっと、いけないいけない」


 思考に没頭して、手が止まってしまっていたようだ。

 夜はもう遅い。手際よく手を動かし、荷物の整理を行っていく。

 思っていたより時間がかかり、いつもより少し遅い時間に就寝しようとしたところで――――


「あれは……?」


 庭に面した掃き出し窓から、小柄な人影が見えた。

 室内の光が窓に反射しているため、そっと窓を開け観察する。


 しばらく見ていると、月明りに照らし出された顔は、フランツのような気がした。

 こんな夜遅くにどうしたんだろう?

 暗い庭で足取りがおぼつかなく、今にも転んでしまいそうで危なっかしかった。


「リオン、まだ起きてる?」


 自室を出てすぐ隣の部屋の戸を叩くと、すぐさまリオンが出てきた。


「何かご用でしょうか?」

「庭を誰か歩いているけど、あれってたぶんフランツ様よね?」


 自室の窓を開けテラスに出、人影を指し示した。

 ガラスの反射が無くなったおかげで、リオンにもよく見えるはずだ。


「……フランツ様に見えます。何をなさっているのでしょうか?」

「わからないけど、転んで怪我でもしたら大変だし、止めた方がいいと思うの」


 なんとなく、嫌な予感がして見逃せなかった。

 フランツ叔父による誘拐はまだのはずだけど、万が一と言うこともある。


「リオン、ついてきてくれる?」

「お供します。護衛も呼んでまいりますね」


 燭台を持った護衛とリオンと共に、庭へ出てフランツへと近づく。

 声をかけようとしたところで――――


「なっ⁉」


 突然人影がフランツに覆いかぶさるのを見て、私は叫んでしまったのだった。

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