29話 フランツは可愛がられているようです
「ふふ、このシャボン玉、楽しんでもらえましたか?」
「はいっ!! びっくりして、楽しかったです!! このシャボン玉、僕でも作れるんですか?」
特製の巨大シャボン玉に、フランツはしゃいでいるようだ。
「もちろんです。ちょっとしたコツはあるけど、こちらの大型シャボン玉制作セットを使って少し練習すれば、フランツ様でも作れますよ」
実演かーらーの。
商品アッピールのお時間だ。
リオンが差し出した大型シャボン玉制作セットに、こちらを見守っていた辺境伯が興味深そうにしている。
「この石鹸を決まった量水に溶かし、その後にこの液体を入れてください。出来上がったシャボン玉は割れにくいので、今のように大きなものも作れるようになります。コツを掴めば、こんなことも出来ますよ」
フランツにタライから出てもらい、シャボン液を浸した輪の取っ手を握った。
ゆっくりと持ち上げ、頭上で垂直に構え軽く走りだす。
「おぉっ!! シャボン玉が長い筒になり、魚のようにたなびいているな」
長く横に伸びたシャボン玉を、辺境伯が感心して見ていた。
薄い膜が虹色に揺らめき輝き、大きな魚が泳いでいるようだ。
「見事だね。これなら応用して、色々とおもしろいことができそうだ。後入れするその液体はなんなんだい?」
「秘密です」
「残念。でも当然だね」
辺境伯が苦笑し肩をすくめている。
液体については企業秘密と言う奴だ。
正体はグリセリンを希釈したもの。
狭心症の薬となるニトログリセリンの原料であり、シャボン液に入れると割れにくくなる効果もあった。
新作石鹸の方も成分をいじり改良してあるので、グリセリン希釈液とあわせれば、今までより格段に大きなシャボン玉でも作れるようになっている。
「この液体が割れにくいシャボン玉の秘訣なので、詳しくはお教えできないのですが……。そう危険なものではありません。口から直接、液体を大量に摂取しなければ問題ないと思います」
「……なるほど。石鹸で香りづけをする時はその液体を使わず、シャボン玉を作る時だけ、その液体を入れればいいということだね?」
辺境伯は呑み込みが早い方のようだ。
「はい。そのように使い分けてもらえば大丈夫です。こちらを使って、フランツ様の誕生日パーティーに、華を添えていただくのはどうでしょうか?」
「あぁ、そうさせてもらおう。招待客たちも、きっと驚くだろうな」
「ありがとうございます。私も微力ながら、シャボン玉を使った演出に協力させてもらいますね」
「頼もしいね。主役のフランツにも、シャボン玉に負けないよう、頑張って目立ってもらわないといけないな」
「はいっ、父上!! 僕がんばりますね!!」
びしっと背を伸ばしたフランツに、辺境伯は穏やかに目を細めていた。
親子関係は良好なようだ。
「ふふ、私も、お力になれたら嬉しいです。……ちなみに今回、他にも新作石鹸を持ってきたのですが、ご覧になってもらえますか?」
「喜んで。どんなものだい?」
次に私がプレゼンしたのは、今流行しているシャボン玉石鹸よりも、大幅に安価で売り出す予定の新作だ。
シャボン玉石鹸による儲けは大きかったが、高級品として売り出している。
もう少し経ち流行が落ち着く新鮮味が無くなった後も、定期購入してもらうには値段が高いはずだ。
幸い、私の魔術があるので、新作石鹸を安価に設定しても足は出ない計算だった。
新作石鹸の目的は手洗いの習慣の定着だから、赤字にならない限り問題ない。
「こちらの新作石鹸は、泡立ちが控えめでシャボン玉は作れませんが、代わりに安価で売り出したいと思います。手を洗い香りをつける時は、こちらの石鹸を使えば十分ですから」
「ふむ……。手洗いと香りづけ、か……。香水を使った時よりも自然な石鹸の香りは、私や妻も気に入っているが……」
「良い点は香りだけではありません。すぐに効果を実感できないと思いますが、石鹸で手を洗う習慣をつけることで、病気にかかる頻度を少なくすることができます」
「……そちらの効果については、簡単には信じられないが……」
辺境伯の目が、じっと私を見つめた。
穏やかだが、どこか圧力を感じる視線だ。
「君がでたらめを言っているようには見えないし、そちらの新作石鹸も大型シャボン玉制作セットと一緒に購入させてもらおう。長い目で、効果を見定めることにするよ」
「ありがとうございます!!」
やったね!!
これで衛生環境の改善が、また一歩進みそうだ。
「こちらの新作石鹸を購入してもらったので、お礼に大型シャボン玉制作セットの方を、割り引かせてもらいますね」
ちなみに割引は、今回の辺境伯相手だけではないつもりだ。
新作石鹸を買ってもらうために、同時購入による割引制度は有効だからね。
「ありがたいが……。割引案についても君が考えたのかい? シャボン玉石鹸を作り出したことと言い、まだ11歳なのに君はすごいね」
辺境伯が感心したようにこちらを見ている。
剣呑さこそないが、こちらの心中を見透かそうとするような、なかなかに鋭い瞳をしていた。
「……お父様からいただいた愛情と教育のおかげです」
誤魔化すようにお父様に視線をやった。
お父様は私の言葉に、綺麗な顔をにやけさせている。
「イリスは聡明だからね。この前だってなんと――――――」
「なるほどなるほど。ですがうちのフランツだって―――――――」
お父様と辺境伯による、親馬鹿自慢トークが始まったようだ。
辺境伯の顔も緩み、つい先ほどまでの切れ者な雰囲気は影を潜めている。
そんな辺境伯の様子に、フランツが恥ずかしそうに顔を赤くしうつむいていた。
「フランツ様、お父様たちはほおっておいて、一緒にシャボン玉で遊びませんか?」
声をかけると、フランツの顔がぱあっと輝いた。
「はい! イリス様と一緒に、大きなシャボン玉を作りたいですっ!!」
とてとてと、フランツが近寄ってくる。
だいぶ私の見た目への拒否感は薄れてきたみたいで、 シャボン玉さまさまなのだった。
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