25話 形から入るのも重要です
今日も実験室に変わりはなさそうだ。
見回し確認していると、
「イリス様、こちらをどうぞ」
「ありがとう」
リオンが白衣を手渡してくれた。
実験室と言ったら白衣だよね!
袖を通すと、気持ちが引き締まるようだ。
こちらの世界には白衣が存在していなかったので、公爵家ご用達の裁縫職人に頼み、特別に作ってもらったものだ。
ドレスの上から白衣を着れば、多少の汚れはへっちゃらだった。
……ただ冷静に考えると、ドレスの上に白衣を着た紫の髪の少女って、前世基準ではなかなかにカオスな見た目な気がする。
気がするけど、実験室内では私がルールだ。気にしないことに決定している。
白衣を整え、最後に髪をまとめ、高い位置で一つ結びにした。
本当はばっさりショートヘアーにしたいところだけど、お父様やルイナさんの猛烈な反対にあい伸ばしたままだった。
「3番の棚にある、オリーブ油をお願い」
「はい。こちらに」
リオンが素早く瓶を渡してくれた。
追加でいくつかの材料と器具を取ってもらう。
実験室の棚の一角には、調薬のための器具が並べられている。
フラスコに試験管、ガラス製の冷却器……。
いずれも、公爵家ご用達の職人に作ってもらったものだ。
フルオーダーということでお値段それなり。香辛料販売で作ったお金で支払っている。
香辛料の販売、今のところ好調だけど、資金源がそれだけでは不安だ。
元手は私の魔力のみで利益率が高いのだけど、あまりやりすぎると、他の香辛料を取り扱っている商人や貴族の反感を買うことになる。
なので香辛料の販売についてはほどほどに。
今後は周りの衛生水準をあげるためにも石鹸を売りさばき、手洗いの習慣を普及させていきたかった。
石鹸はそもそもの普及率が低いため、競争相手や恨みを買う相手も少ないはずだ。
「これからはしばらく、石鹸作りの毎日かしら」
石鹸にはいくつかの薬用成分が入っており、私の魔術の範疇にあった。
なので、ゼロから魔術で石鹸を作ることも出来るのだけど……。
それでは効率が悪かった。
どういった原理かはわからないけど、私は魔力を代償に、毒物および薬を作りだすことができる。
便利な力だが私の魔力量だと、一日に作り出せるのは石鹸で30個程度が限界だった。
私の魔力は平均よりずっと高いけど、それでも魔力お化けのライナスには及ばないもんね。
一日石鹸30個。
自分一人なら十分すぎる量だけど、それでは本格的な商品化は難しいはずだ。
なので私はどうすれば魔力を節約し、効率よく使えるかを研究することにした。
色々と試した結果、作り出したい品物の原材料を用意してから魔術を使うと、原材料ゼロから作る時よりずっと、少ない魔力で成功することを発見したのだ。
原材料を用意し、ある程度加工してから魔術を使うと、かなりの魔力節約になる。
私はリオンと手分けして、原材料の下ごしらえを行っていった。
「――――――《毒物生成》!」
紫の魔力が光魔術が発動。
オリーブ油や香料が消え、石鹸が生成された。
今日も無事成功したようだ。
この世界の石鹸が高価なのは、制作過程のコストの面が大きかった。
私はそこらへん、時間とお金のかかる作業は、魔術でショートカットすることが可能だ。
販売価格設定を抑えめにしても、十分儲けは大きくなるはずだった。
「ふふふふ、これもある意味錬金術よね」
お金、大好きですとも。
笑いが止まらないね。
私の目標は衛生水準の向上だけど、そのための資金はどれだけあっても足りないはずだ。
お金があれば、それだけ選択肢が増えることになる。
ゲームの中で見た死亡フラグに対しても、先回りして折ることができるかもしれない。
「《毒物生成》!《毒物生成》!《毒物生成》!」
「猛烈な勢いで石鹸が増殖していくっ……‼ さすがイリス様の魔術ですね!」
明るい未来を目指し、私は白衣を翻し石鹸づくりに励んだ。
その結果は―――――
☆☆☆☆☆
「シャボン玉石鹸の追加注文が100個入ってきた。3日後までに行けるかい?」
―――――大成功だった。
石鹸の販売開始から一年たった今、公爵家には注文が相次いでいる。
「余裕です。今度はどこからの注文ですか?」
「マイスナー伯爵領からだ」
お父様のあげた名前は、うちの公爵領から離れた地に領地を持つ貴族だ。
最近はずいぶんと遠くでも、シャボン玉石鹸が流行しているようだった。
「おいしすぎる……!!」
儲かる。
とても儲かっている。
シャボン玉石鹸は最初、公爵領内や、お父様の知り合いへ販売を始めていた。
そこで思いのほか好評だったようで、貴族や富裕層の間で、どんどん流行っていったようだ。
「ここまで流行るのは予想外だったわ……」
嬉しい誤算だ。
売り上げをまとめた帳簿を前に、一人頬がゆるむのを止められなかった。
勝因の一つは、この世界の娯楽の乏しさだ。
書物は貴重品で、テレビやパソコンは当然存在していなかった。
シャボン玉は室内でも手軽に遊べることもあり、新しいもの好きの貴族に受けが良かったようだ。
シャボン玉と、他の娯楽との組み合わせを提案したのも上手く言った理由かもしれない。
演劇の演出に、シャボン玉を大量に飛ばさせる。
舞踏会の飾りの一つとして、シャボン玉を会場に漂わせる。
そんな感じで、色々と需要があるようだった。
加えて、売り出したシャボン石鹸の値段設定も好評の理由だ。
平均的な石鹸と比べると少し高いけど、香り付きの高級石鹸としては破格の値段と言える。
品質の割にお値打ちだし、そこにシャボン玉の元にもなる、という付加価値が加わった結果、見事に流行ったようだった。
流行ったものが更に流行る、というのはこの世界でも同じようだ。
貴族たちは流行に乗り遅れまいと、こぞって石鹸を求めるようになった。
良い香りをまとうのは貴族令嬢の嗜み。
手洗いに使うことで、自然な香りをまとうことができる石鹸を、リピート購入する令嬢も多いようだ。
そのおかげで手洗いの習慣も、ボチボチ広まってるみたいだった。
このまま手洗いの習慣が定着し、病気にかかることが少なくなったという情報も、広まっていって欲しいところだ。
衛生水準を上向け、私は大金と実績を手に入れ、そうすればきっと――――
「――――イリス様‼」
「っわっ⁉」
耳元で響いた声に肩が跳ねる。
横を向くと、アッシュブルーの瞳がこちらを覗き込んでいた。
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