26話 リオンの変化は好ましいです

「リ、リオンっ?」

「……先ほどから何度も、お呼びしていたのですが……」

「……気づかなかったわ」

「頭の中が、石鹸のことでいっぱいだったんですね」


 ……その通りです。

 一つの物事に没頭すると周りが見えなくなるのは、前世からの私の悪癖だ。

 始めて魔術を使った時にも、それでぶっ倒れてるからね……。


「イリス様の集中するお姿は素敵ですが……無防備で心配になってしまいます」

「うっ……」


 諭されてしまった。

 リオンの笑顔を見るのが気まずい。

 精神年齢は私の方が上だから、これは色々恥ずかしいな……。


「……ごめんなさい。リオンがいてくれると思うと、その、こう、つい安心してしまって……」


 リオンは優秀だ。

 私が集中していても、マズイことになる前に教えてくれていた。

 ただそのせいで、私の悪癖がでているようで反省が必要だ。


「……そういうところが無防備なんです……」


 リオンが低い声で何やら呟いた。


「リオン、何か言った?」

「いえいえ、実にお世話し甲斐がある主だな、と。従者としてそう思っただけですよ」


 皮肉かい‼

 私が悪いんだけどね‼


「リオンも結構、言うようになってきたよね……」

「お褒めにあずかり光栄です」


 大人げなく言い返すも、リオンの笑顔が深まっただけだった。

 出会ったばかりの彼からは考えられない姿だけど……嬉しい変化だと思う。

 従者だからって、イエスマンになられるのも嫌だもんね。


 この様子ならもし私が理不尽な命令をしたとしても、従うことなくいさめてくれそうだ。

 今のところまずまずの主従関係を築けているはずと、そう信じているのだった。 

  


☆☆☆☆☆



 リオンが私を呼んだのは、お父様からの呼び出しがあったからだ。

 何の用事だろう?

 またまた追加で、シャボン玉石鹸の注文が入ったのかなと思ったのだけど―――― 


「私に、フロース辺境伯家からの招待状……?」


 思いがけない名前に、心臓が小さく飛び跳ねる。

 

 この国の辺境伯と言うのは、人のいない辺境を治める田舎貴族……では無かった。

 隣国との境界線を任された、重い責任を持つ貴族だ。

 貴族の格としては、うちのエセルバート公爵家と甲乙つけがたい家柄だった。


「イリス、どうしたんだい? フロース辺境伯に、何か思うことでもあるのかい?」

「いいえ……。どのような用件での招待状か、気になっただけです」


 誤魔化しつつ、私の脳内は混乱中だ。

 フロース辺境伯の長男フランツは、ゲームの攻略対象の一人だ。

 彼と私は、15歳で学園に入学するまで面識は無かったはずでは……?


「4か月後に、フロース辺境伯の長男の10歳の誕生日パーティーを行う予定らしい。パーティーでシャボン玉を使った余興を行いたいとのことで、シャボン玉石鹸の考案者であるおまえにも、協力を頼みたいそうだ」

「……なるほど、シャボン玉石鹸ですか」


 ゲーム中に無かった石鹸シャボン玉の流行の影響かぁ。

 攻略対象であるフランツとは、出来れば接触したくなかったけど……。

 下手に招待を断って、フロース辺境伯の心証を悪くするのも避けたかった。


「お父様は私への招待について、どうお考えですか?」

「歓迎しているよ。フロース辺境伯は顔が広い。辺境伯のパーティーでシャボン玉を披露してもらえば、ますますシャボン玉石鹸が売れるだろうからな」

「……わかりました。出発はいつになりますか?」

「20日後にするつもりだが、いけそうか?」

「さっそく準備しますね」


 色々確認しないとなー。

 忙しくなりそうだ。

 お父様との会話を終えた私は、自室で前世のゲーム知識をまとめた紙束を手に取った。


 フランツ・フロース。

「きみとら」の中の彼は、美少年枠のキャラとして登場している。


 年齢は私やヒロインより一つ年下。

 ゆるくウェーブがかった金の髪に明るい緑の瞳の、とびっきりの美少年だ。


 フロース辺境伯家の長男であり次期辺境伯というハイスペックな彼だが、身分を鼻にかけることも無く、平民であるヒロインにも友好的に接していた。

 明るく可愛らしい、まさしく天使のような美少年だったのだけど……。


「きみとら」の攻略対象がヤンデレだということを忘れてはいけない。

 属性で言えば光そのものなフランツにも、しっかりとヤンデレ要素が存在している。


 光と影は表裏一体。

 天使のようなフランツに宿る、悪魔のような別人格。

 二重人格の持ち主なのだった。

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