23話 ライナスが得意げにしています
「イリス様! 今日もきてやったぞ」
リオンの言葉を遮り、ライナスの挨拶が響く。
今日は週に2回ある、魔術の授業の日だった。
「ほい、これ。今日の朝、隣の家で採れたばっかりのキャベツだ」
「ありがとう。厨房に渡して、明日の献立に使ってもらうわ」
ライナスは屋敷に来るたびに、村で採れた野菜を持ってきてくれている。
野菜を介し、私と村の人たちとのやりとりが続いているおかげで、友好的な関係を築けていた。
「ライナスの隣の家っていうと、ゲルトさんの家よね? 今年のキャベツは、去年ゲルトさんからもらったのより色艶がいい気がするわ。とても美味しそうね。」
「よく覚えてるな。ゲルトも、今年のキャベツの方が出来がいいと言ってたぞ。イリス様が配った肥料のおかげかもな」
「だったら光栄ね。この先も良く、作物が育ってくれるといいのだけど……」
作物の生長に必要な、窒素やカリウムといった栄養素。
窒素もカリウムも、前世では薬ないし毒として使われていた物質だ。
私はこれらの栄養素を狙い撃ちで、魔術で作ることが可能だった。
とはいっても、私は農業の専門家ではない。
肥料と土地との相性もあるため、上手くいくかは未知数だったけど、このぶんだとまずまずの成果が出せそうだ。
「……しばらくは私の作った肥料を使ってもらうとしてて、ゆくゆくはたい肥を村の人たち自身で作ってもらって、有効活用出来たらいいのだけ――――」
「イリス様、それ長くなりそうか?」
ライナスの声にはっとする。
私は考えだすと、そのまま思考に没頭する癖があった。
妄想力が豊かってやつ?
前世でたくさんの漫画やゲームを楽しみ、妄想をしまくっていたせいか、今もその癖は残っている。
さすがに知らない相手の前ではやらかさない……はずだけど、友人であるライナスの前ではうっかりと、癖が出てしまったようだ。
「ごめんごめん。後でじっくり考えるわ」
言うと足を速め、少し先を歩くライナスに追いついた。
「……ライナスも背が伸びたよね」
「育ち盛りだからな。まだまだこれからも伸びる予定だ」
ライナスが胸を張っている。
得意げなライナスの一方、リオンは少し不服そうだ。
笑顔のままだけど私にはわかる。
ライナスに身長を追い抜かされたせいだ。
ライナスの村は多くの税を徴収していたダイルートがいなくなったのと、上水が整備された影響で、食糧事情も改善されているのだ。
ライナスの家も日々の食事が豊かになったおかげか、すくすくと背が伸びているのだった。
☆☆☆☆☆
ライナスとの授業を終え、彼を屋敷から見送った後。
私はいくつか用事をこなし、お父様の書斎を訪ねた。
「お父様、今よろしいですか?」
「イリスかい? 入ってくれ」
「失礼します。お父様に以前お話した商品の試作品が完成したので、持ってきました」
リオンが一歩前に出、お父様にお盆を差し出した。
お盆の上には固形石鹸と液体の入った浅い皿、そして金属製の小さな筒が乗せられている。
「見た目はただの水だな……」
「この石鹸を溶かしてあります。どう使うかは、実際にやってみますね」
筒を液体に浸し、反対側を唇に当てた。
軽く息を吹き込むと、いくつもの透明な球体が生まれる。
「おぉっ! 美しいね」
シャボン玉だ。
ふわりと浮かび上がり、お父様の周りを漂っている。
ゆるく形を変えながら淡い虹色の光を宿すシャボン玉を、お父様はじっと見ていた。
「言葉で説明された時は、よく魅力がわからなかったが……。実際に見てみると、これは軽く感動するね。まるで魔術みたいだ」
前世では子供の遊び道具だったシャボン玉でも、お父様には新鮮なようだ。
こちらの世界にも石鹸は存在するが泡立ちが良くなく、綺麗な泡はできないからだ。
一応、水の魔術を使えば水の玉を飛ばしたり、シャボン玉と似たようなことができるらしいけど、そこまでの魔術の使い手はそういないらしい。
日本に比べれば格段に娯楽が少ないこともあり、お父様の目にも、シャボン玉は好印象のようだった。
「ん? これは、ラベンダーの香り……?」
熱心にシャボン玉を観察するお父様の髪をかすめ、シャボン玉がぱちりと弾けた。
ふわりと広がった香りに、お父様が少し驚いている。
「シャボン玉の元になる石鹸に香料を加えてあるので、弾けた時に香りが広がるんです」
「……なるほど。見た目だけではなく、鼻でも楽しませてくれるんだね」
「この、溶かすとシャボン玉が作れる石鹸なら売れるでしょうか?」
「あぁ、行けるとも。貴族というのは、新しいものには目が無いからね」
「……では、お父様。私はこれから、石鹸をどんどん作りますので、販売をお願いできますか?」
「もちろんだ。これできっと、よりわが家の財政も潤うはずだ」
お父様の太鼓判。
シャボン玉石鹸のプレゼンテーションは成功したようだ。
「お父様、ありがとうございます。石鹸の販売価格については、またご相談したいのですが……。販売の際にはお客様に必ず、シャボン玉として遊ぶだけでなく、手洗いにも使って欲しいことと、石鹸を使った手洗いの方法を、忘れず伝えてください」
「あぁ、約束しよう。……石鹸を広め、手洗いに使ってもらうことこそが、イリスの本命の目的なんだろう?」
その通りだ。
石鹸の販売はお金のためだけではなく、私の悲願、長生きのための一歩でもあった。
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