21話 目元が赤いその理由は

「ダイルート、あなたには色々と話してもらいことがあります。うちの屋敷に、これから来てくれますよね?」


 今までの不正について。

 そしてライナスとお姉さんをひき逃げした件についても。

 ダイルートには相応の、罰を受けてもらうつもりだ。


「っ、遠慮させてもらおう!! あいにく私は忙しい! 日を改めて、またお邪魔させてもらおう!!」


 ダイルートが選んだのは逃走だった。

 先ほど彼は失言したが、聞いていたのは平民である村人たちと、貴族だが幼い私だけだと考え舐めているらしい。

 失言をうやむやにしてこの場は引き、すみやかに高飛びの準備に取り掛かるつもりだ。


「無駄です。お父様は私の言葉を真剣に受け止めてくれます。あなたがこの公爵領から逃げることはできません」

「……ぐっ‼ 娘に甘い親ばか公爵がっ…………待てよ」


 負け惜しみを叫ぶダイルートが、ふと黙り込んだ。

 ぎらつく瞳で、私を睨みつけてきた。


「そうだ、イリス様の身柄さえ押さえれば、親ばかなふぬけ公爵もこちらに手をだせないはずだ」


 こちらの隙を伺うように、距離を詰めてくるダイルード。

 リオンが実力行使に出ようとしたその寸前。


「ほぅ、君は私のことを、陰でそんなふうに呼んでいたのか」

「っ⁉」


 ダイルートの体がびくりと跳ね上がる。

 ぎこちない動きで、背後を振り返った。


「エセルバート公爵様……? なぜ、このようなところに……?」

「今君が言っていてだろう? 私は親ばかなんだ。かわいい娘の外出、しかも行き先に不安があるときたら、心配になって馬車に一緒に乗ってくるさ」


 今日この村に私が来たのは、ダイルートが訪れるかも、という情報を掴んだからこそだ。

 もし私の身に何かあったら大変だと、お父様はひっそりと、護衛と共に馬車の中で待機していた。

 ダイルートの悲鳴を聞き、こちらへと近づき様子をうかがっていたようだ。


「ダイルート、君は若い頃よく働いてくれたから、今まで領主を任せていたのだが……。それももう終わりだ。不正に税を集めたこと、ひき逃げのこと、そしてイリスを傷つけようとした罪。全て容赦なく、贖ってもらうことにしよう」

「あっ……あ、あ……」


 お父様の、この公爵領の最大権力者の言葉に、ダイルートは崩れ落ちたのだった。



☆☆☆☆☆☆



 お父様は村の近くに控えさせていた馬車を呼ぶと、ダイルートを連れ帰っていった。

 税金の不正以外にも、ダイルートには怪しい動きがいくつもあるようだ。

 すみやかに尋問を行い、余罪を明らかにしなければならなかった。


「お怪我は大丈夫ですか?」


 私はもう少し村に残り、ライナスのおかあさんの様子をみることにした。

 ダイルートに鞭を打たれていたはずだ。


 ライナスの家に入り、お母さんの体を見せてもらう。

 少し背中が赤くなっていたが、重ね着した服が緩衝材になってくれたおかげか、そこまで酷くなさそうだ。

 念のため痛め止めと消炎剤を渡し説明を終えると、私はこの村にきた目的の一つ、川の水質調査を行いに行くことにした。


 先ほどライナスのお姉さんに教えてもらった道を、リオンを従え進んでいく。

 川辺で水を汲んでもらい指を浸しスキルを使っていると、来た道をライナスが歩いてきた。


「……ありがとな」


 少し離れた位置で立ち止まり、ライナスが口を開いた。


「イリス様のおかげで、おふくろもおやじも助かった。だから礼を言いにきた」

「ライナスも無事で良かったわ。ダイルートをいさめるのが遅れて、怖い思いをさせて悪かったわ」

  

 言いつつライナスの顔を見ると、目元が赤くなっているのに気が付く。

 私が気が付いたことに、ライナスも勘づいたようだ。


「っ、これはっ……! 怖くて泣いたとかじゃないからな⁉」


 ぷいと視線をそらし、ライナスが小声で続けた。


「……あの後、危ないことをするなっておやじに叱られて、抱きしめられたんだ。数年ぶりにいきなり抱きしめられて、それで少し驚いただけだ」

「……そうだったのね」


 ライナスの姿が見えないと思っていた間、親子の時間を過ごしていたようだ。

 ライナスのお父さんは先ほど、領主であるダイルートの前へと、ライナスを案じ飛び出していた。

 その姿と向けられた愛情に、ライナスも感じたものがあるようだ。

 目元の赤味を誤魔化すようにこすると、照れ隠しに話題をこちらに振ってきた。


「川の水を触って何してるんだ?」

「この川の水を、飲めるようにできないかと思っているの―――――」


 先ほど、ライナスのお姉さんにしたように説明していく。

 

「―――――という計画よ」

「どうやって実現するんだ? かなり金がかかるだろ、それ。イリス様たち公爵家の人間からしたら、損ばかりじゃないのか?」

「長い目で見れば、うちの公爵家にとっても悪くない話よ」


 屋敷の中だけで、清潔さを保とうとしても限界があった。

 病の流行を防ぐには、公爵領全体の衛生状態を改善していく必要がある。


「お金も当てがあるわ。ダイルートみたいな不正を行っている人間を一掃すれば、領地運営の効率が良くなって予算も増えるはずよ。それに加えて、香辛料も資金源になると思うの」

「香辛料? それってこの国じゃとれない種類が多くて、外国から輸入するもんだろ?」

「ふふふ、普通はそうよね。でもこの間ライナスは、シナモン入りのマフィンを食べたでしょ?」

「食べたけど、いきなり話を飛ばすなよ」

「あのシナモン、私が作ったものよ」

「? どういうことだよ?」


 ぽかんとしたライナスの前でさっそく実演してやる。

 魔術を使い、茶色い樹皮を作り出した。


「このかぎ覚えのある香りは……」

「シナモンの樹皮よ。シナモンは薬にもなるわ。ならば私の魔術で作り出せるわ」


 本当は毒を作る魔術の応用だけど、毒と言うと物騒なので、『薬を作ることができる魔術』と周りに伝えることにしている。

 シナモンの薬効についてはいくつか説があるけど、同時に大量に摂取すれば有害、つまり毒であるのは間違いなかった。


「イリス様の魔術、そんなこともできるんだな……」

「せっかく使える魔術なんだもの、めいっぱい使わないと損でしょう?」


 この国での栽培が不可能なせいで、シナモンなど香辛料は高値がついている。

 同じ重さの金と同じ価値、とまではいかなくても、瓶一杯の香辛料は、そこそこのお値段がしていた。 

 破滅フラグを折るため、長生きをするために。

 使えるものはなんだって、私は使うつもりなのだった。

 



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