20話 お父様が敵になるわけがありません

「そこまでです」


 ライナスたちを庇い、前に出た私へと。

 ダイルートが怒鳴りつけてきた。


「そこをどけっ!! 私の邪魔をするつもりか⁉」

「落ち着いてください。まずは話しあいましょう」

「私に命令するな!! 私は公爵様にこの一帯の管理を任された領主だぞ⁉」

「領主であろうと、感情のまま人を殺すことは許されていません」

「黙れ黙れっ!! 小娘が偉そうな口を聞きやがって!!」


 ダイルートが手にした鞭を振り上げる。

 その瞬間――――


「なっ⁉」


 ぱきり、と。

 鞭の先端が氷の塊に包まれ地に落ちる。

 リオンだ。魔術で正確に鞭のみを、凍らせてくれたようだった。


「イリス様に手を出すな」

「ひぃっ⁉」


 冷え切ったリオンの声に、ダイルートが後ずさった。


「っ、やめろっ!! 私に楯突くということは、エセルバート公爵様を敵に回すということだぞ⁉ 公爵様が恐ろしくないのか⁉」

「公爵様が、イリス様の敵になるわけがありません」

「いい加減なことを言う、な……」


 ダイルートが体を硬直させている。

 目を見開き、まじまじとこちらを見ていた。


「イリス様、だと……? それはもしかして……」

「そうです。私が公爵家の娘、イリス・エセルバートです」

「っ!!」


 ダイルートの顔が青くなっていく。

 はくはくと口を開閉させ、冷や汗を流しているようだ。


「……イリス様と知らず、怒鳴りつけてしまい申し訳ありませんでした」

「公爵家の人間相手でなければ、どれほど怒鳴り暴力を振るおうと問題ないと思っているんですね?」

「そ、そんなことはありません誤解ですっ!!」

「嘘つけっ‼」


 ライナスが叫び、私の前へ出た。


「今おまえは、イリス様をムチでぶとうとしてただろ!! 俺のおふくろのことも、話もきかずムチでぶったじゃねーかっ!!」

「ライナス、どういうこと? 私たちが来る前に、ここで何があったの?」

「イリス様おやめください!! そのような卑しいものの言葉を聞いてはいけませんっ!!」

「私にはずっと、あなたの方が卑しい人間に見えるわ」


 ダイルートをひと睨みし、ライナスから事情を聞いていく。


「こいつがおふくろを愛人にしてやるからって、無理やり連れ去ろうとしたんだ。おふくろが断ったらムチでぶってきて、だから俺はこいつの服を燃やしたんだ」

「お母さんを守るためだったのね」


 ぎこちない親子関係のライナスだけど、それでもお母さんに対して愛情はあるようだ。

 お母さんはお父さんの隣で、心配そうにライナスを見ている。


「そいつは自分に都合よく話を作り変えています!! そいつの両親が定められた税金を払えなかったのが悪いんです!! 私は税金の支払いができるよう、親切心でそいつの母親をうちの屋敷で雇い金をだしてやろうとしたんですよ」

「ざけんなっ‼ 愛人になるのは嫌だって、おふくろははっきりと断ってたじゃねーか!!」

「税金を払えないおまえたちに拒否する権利があると思っているの―――――」

「ダイルート、一つ尋ねたいことがあります」


 ヒートアップするダイルートに声をかけると、その背中がびくりと震えた。


「イ、イリス様、どうなされたのですか?」

「税金が払われていない、と言っていますが、今のライナス達一家やこの村の人間に対しては、どれほどの税金が課せられているのですか?」

「それは、その……」


 ダイルートが声を詰まらせた。

 私の質問から逃れるよう視線をそらしていた。

 

「イリス様はまだ幼いです。税金についてお話しても、理解は難しいかと思います」

「心配なさらなくても大丈夫です。遠慮せずお話しください」

「ですが……」

「お話しできませんか? そうですよね。お父様の定められた税率を誤魔化し、より多くの税金を、この村から徴収していたんですものね」

「なっ、どうしてそれを、っ!!」


 失言を悟り、ダイルートが口をつむぐがもう遅かった。


 彼が領主として管理をまかされた村から、規定よりも多くの税金を徴収していること。

 私腹を肥やし、税金を払えなかった民に数々の無理強いを働いていること。

 それら全て、ここへ来る前に調査を行わせていたのだ。


 ここ数年、お父様は鉛中毒のせいで判断力や注意力が低下していた。

 そのせいでダイルートの不正にも気づけなかったようだが、今のお父様は心身ともに健康を取り戻している。


 お父様がダイルートの領主としての働きに疑問を持ってからは早かった。

 秘密裏に調査を行い、不正の動かぬ証拠を探しているところだ。

 今日、私がこの村へ来たのも、ダイルートがここを訪れるかもという予定を掴んで、こっそりと彼の様子をうかがうためでもあったのだ。

 





 

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