18話 ライナスと両親について
村長への挨拶を終えた私は、村の中を回ることにした。
案内しようと村長が提案してきたが、断ることにする。
今日私がここにきたのはお忍びのようなもの。
馬車は簡素なもので、服もシンプルなものを選んでいる。
いくつか理由があって、あまり大所帯になり目立ちたくなかった。
屋敷から連れてきた従者も、リオンともう一人だけだ。
「じゃ、いくぞ。ちょっちゃと案内してやる」
ライナスに先導され、村の中を進んでいく。
まずは彼の家に向かい、中を見せてもらうつもりだ。
「イリス様、いらっしゃいませ」
ライナスの家では微笑むお姉さんと、初めて会うライナスの両親が出迎えてくれた。
両親は恐縮した様子で、ぺこぺこと頭を下げている。
どうやらライナスは、父親似だったようだ。
鼻の形や、鮮やかな赤い髪がよく似ていた。
「初めまして、こんにちは。今日はライナスと一緒に、村の中を回らせてもらいますね」
「は、はいっ! イリス様のお役に立てるなら光栄なことですが……」
父親の視線がライナスに向けられ、すぐさま逸らされた。
「ライナスは短気で口が悪いところがあります。イリス様に迷惑をおかけしていませんか?」
「いえ、ライナスとは仲良くさせてもらってます。今日も案内を引き受けてもらい助かっています」
「そうですか……」
父親は頷くも、どこか歯切れが悪かった。
どう対応しようか迷っていると、お姉さんが助け舟を出してくれた。
「イリス様、こちらへどうぞ。台所や水回りがどうなっているか、ご覧になりたいのですよね? そちらの方でしたら、ライナスより私の方が詳しいと思います」
「よろしくお願いします」
お姉さんの言葉に頷き、家の中を案内してもらう。
親子4人暮らしの家は机と椅子の置かれた部屋と台所、そして寝室で構成されているようだ。
台所には石積みの竈が鎮座しており、壁にお玉や調理道具、乾燥中の食材が吊るされていた。
「今の季節は竈を使っていますが、寒い時期は暖炉に火を入れ、その上に鍋を吊るして調理するんです」
「なるほど。基本的な台所の構成は、うちの屋敷と似てるんですね。……あの蓋がされた壺は何ですか?」
「井戸から汲んできた水を入れてあります」
「日常生活で使う水は、全て井戸からとってきているんですか?」
「そうです。家を出て近くにありますが、ご覧になりますか?」
「お願いします。ライナス、すぐ戻るから、お姉さんといってくるわね」
「あぁ、わかった。井戸を覗き込んで落っこちるんじゃないぞ?」
「もう、そんなことしないわよ。もしかしてライナスの方こそ、昔井戸に落ちたことがあるの?」
「ねーよ。イリス様は抜けてるところがあるから、心配になっただけだ」
ライナス軽口を叩いていると、お姉さんが目を細めていた。
家を出たあたりで、お姉さんが口を開く。
「イリス様は随分と、ライナスに気に入られているんですね」
「そうでしょうか? 同い年同士ですし、あれくらいは普通だと思います」
身分に差こそあれど、ライナスはそこらへん、あまり気にしない性格のようだった。
2か月間交流を重ねる間に、それなりに仲良くなれたと思う。
「普通、ですか……。それがライナスにとっては、とても貴重なものなんだと思います」
どうやら、ゲームの中と同じように、村の子供にライナスの友人はいないようだ。
高すぎる魔力を異端視され、腫物扱いされているようだった。
「イリス様のように、ライナスと言葉を交わしてくださる方は初めてです。村の人たちはもちろん、うちの両親も、ライナスとは少し距離がありますからね」
「……ご両親もやはり、ライナスの魔力を恐れているんですか?」
「それもありますが……。両親は二人とも、そして私も、魔力は低く魔術を使うことは出来ません。なのにどうして、ライナスだけ強い魔力を持ち生まれてきたのかと、昔少しもめたことがあるんです」
「それは……」
直接的な表現は避けているが、おそらく。
母親がどこかの魔術師と浮気した結果、ライナスが生まれたのではと疑われたようだ。
「お父さん、馬鹿ですよね。髪の色も顔もライナスに似てるのに、一度気になると止まらなかったみたいです。気が弱いお母さんは言い返せなくて、一時期すごく家の中の空気が重かったんです」
「今は、関係は改善されたんですか?」
「昔よりは、ですね。でもあの頃のせいで、今もライナスと両親の間には溝があります」
「……お父さんは、ライナスとの関係修復を望んでいるんですか?」
先ほど、ライナスのお父さんに挨拶をした時。
彼はライナスが私に迷惑をかけないかどうか、そして同時に、貴族である私にライナスが何か無理強いされていないかどうか、案ずるような雰囲気があった……ような気がする。
「お父さんも、ライナスのことを案じていますが……。昔のことでライナスへ負い目があるせいで、まだぎくしゃくしています。――――っと、到着ですね」
ライナスと両親の話を聞いているうち、井戸へたどり着いていた。
直径2メートルほどで、滑車に付けられた釣瓶で井戸水を汲みだすタイプだ。
「今の時間は誰もいませんね。いつもは朝一番に、その日自分の家で使うぶんの水を汲みにくるんです」
「なるほど。重労働ですね」
「何年もやってると慣れますよ」
水は重い。
滑車の補助があるとはいえ何回も井戸の水を汲みだし、家まで往復するのは大変そうだ。
「リオン、少しでいいから、井戸の水を汲んでもらえるかしら?」
「承知いたしました」
リオンが手早く、井戸の水を汲んでくれる。
私が井戸水へと指を入れると、
《井戸水:飲用になる水。大腸菌は検出されない》
脳内に情報が浮かんだのだった。
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