17話 村に足を運んでみましょう


「くらえっ!! ファイアショット‼」


 ライナスの叫び声と共に、人の頭ほどある炎の弾が放たれる。

 炎は一直線に飛び、的の金属板をべこりとへこませた。


「命中っ!!」


 小さく笑い、拳を握るライナス。


 魔術について教師に学び始めてから二月ほど。

 ライナスは時折、明るい表情を見せるようになっていた。

 自分以外の魔術を使える人間と触れ合うことで、孤独感が和らいできたようだ。


「すごいわね、ライナス。たった二か月でとても上達してるわ」

「……これくらいたいしたことない」


 褒めたのに、なぜかそっぽを向かれてしまった。

 照れ隠しだろうか?

 

「イリス様だって、魔術で薬をたくさん作れるんだろ? なら俺だって、これくらい出来て当然だ」


 ライナスは言うとじろりと私の背後を、控えているリオンを睨んだ。


「今に見てろ。もっと強くなって、リオンにも勝てるようになってやる。その澄ました顔、悔しがらせてやるからな」

「頑張ってください。もっともイリス様の前で、僕が負けるわけはありませんけどね」


 ライナスの挑発に、リオンが淡々と返している。

 平民で口の悪いライナスと、元貴族で静かなリオンは正反対で、なにかと反目し競い合っている。


 魔力量こそライナスが上だが、 魔術の制御と命中率においてはリオンの方が何枚か上手だ。

 この年で魔術が使えるだけでもすごいのに、攻略対象同士らしい、ハイレベルな争いを繰り広げているようだった。

 二人をなだめつつ、魔術の先生に授業終わりの礼をする。


「三人ともお疲れ様」


 先生の退出と入れ替わりに、リオンの母親、ルイナさんが部屋へ入ってきた。

 ルイナさんは薬のおかげもありここ数か月で、見違えるほど元気になっている。

 喘息に注意しながら、日中は屋敷の中で働くようになっていた。


「今日の授業終わりのおやつはマフィンよ。ライナス君も、このマフィン好きだったわよね?」

「あぁ、好きだ。すごくおいしいかった」


 ライナスが目を輝かせている。

 そっけない態度を取ることが多いライナスだけど、そういうところは正直だった。


 吊り目がちな目元をゆるませ、美味しそうにマフィンを食べている。

 ふんわりと焼き上げられたマフィンは甘く、シナモンのかすかな辛味がアクセントになっていた。

 小腹を満たした私は、ライナスに一つ話を持ち掛けることにする。


「俺の住む村を訪れたい?」

「ライナスたち領地の人がどんな風に毎日暮らしているのか、お邪魔して見てみたいの」


 ライナスと出会った日以来、私はいくどか屋敷の外に出ている。

 が、外出先は、公爵領最大の都市トゥリウスばかりだ。

 そろそろ他の町や村も見てみたいと、お父様にかけあい許可が下りたのだった。


「ライナスの住む村のこと、よかったら教えてもらえないかしら?」

「別にいいけど……。何も面白くないと思うぞ? 俺の村、なにか自慢できる名物もない小さな村だし、家だってこのお屋敷と比べたらちっさいぞ?」


 ライナスは首をかしげつつも、頷いてくれたのだった。



☆☆☆☆☆☆

 


 ライナスの言葉通り、ディレ村は小さな村だった。

 畑と獣避けの柵に囲まれて、ニ十軒ほどの家が集まっているようだ。

 馬車から降りると、村長を務める初老の男性がやってきた。


「イリス様、このたびはよく、わが村にいらっしゃいました」

「出迎えありがとうございます。今日はライナスと一緒に、村の中を見て回るつもりです」

「ライナスと……」


 村長の目がライナスに向けられ、すぐさま逸らされた。

 平民でありながら魔術を扱うライナスは、村における異端だ。

 ライナスのお姉さん曰く、村長は温厚で悪い人ではないらしいが、どうしてもライナスへの苦手意識があるらしい。


「そんなビビるなよ。俺はイリス様を案内するだけだ」


 ライナスには、村長の態度を気にする様子も無かった。

 彼にとっては、これが当たり前の毎日だからだ。

 

 ……これはゲーム中のライナスが、不良化するのもわかる気がした。

 村長や村の大人たちに明確な悪意はなくとも、これはしんどそうだな、と。

 村長に背を向けたライナスを見て思ったのだった。

 


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