16話 ゲームの中のライナスは
ライナスとお姉さんに出会った翌日の朝。
身支度を整えた私は、さっそく二人の様子を見に行くことにした。
「おはようございます。体の具合はどうですか?」
「イリス様、おはようございます。おかげさまで、私は特に痛む箇所も無いようです」
「頭がぼんやりしたり、手足のしびれもありませんか?」
「はい。大丈夫だと思います」
お姉さんはこれといった症状は無さそうだ。
事故からおおよそ20時間ほどが過ぎている。
もし頭部を打撲していた場合、多くは24時間以内に症状が現れるものだ。
今日の昼間いっぱいに症状が現れなければ、ひとまず安心できそうだった。
「ライナスの方は、足の痛みはどうですか?」
「……気持ち悪い」
「えっ?」
まさかライナスは頭部を打っていて、症状が出てきたということ?
私が表情を強張らせていると、ライナスが慌てて口を開いた。
「ちょ、勘違いするなよ! あんなに痛かった足の痛みが朝起きたら無くなってて、意味が分からなくて気持ち悪いと思っただけだ」
「あぁ、そういうこと……」
ほっと胸を撫でおろした。
「前にも手首を捻った時、薬師に渡された薬を使ったけど、少し痛みがマシになっただけだぞ? たった一晩でこんなに痛みが無くなるなんて、一体どうなってるんだ?」
「痛み止めの薬が効いたのと、足首を冷やしたおかげだと思うわ」
捻挫への初期対応は、安静と冷却が基本だ。
しもやけにならないよう、氷入りの瓶を布でくるんで足首に当ててもらったのが、効果を奏したのかもしれない。
足首を見せてもらうと、昨晩よりいくらか腫れは引いているようだ。
一安心していると、ライナスが小さく口を開いた。
「……とうな」
「どうしたの?」
「……ありがとうって言ったんだ」
視線を背けながらも、感謝の言葉を伝えてくれるライナス。
ほんの少しだけ柔らかくなったその表情に、私は前世の記憶を思い出した。
ライナスは『きみとら』の攻略対象だ。
ゲームの中の彼は最初、荒々しい不良生徒として登場している。
ヒロインと交流していくうちにやがて、今目の前にいるライナスのように、柔らかい表情を見せるようになっていくのだ。
ヒロインに出会うまで、ライナスが刺々しい雰囲気をまとっていた理由。
一番大きいのは彼が生まれ持った、高すぎる魔力だった。
ライナスは誰に教わることもなく、自然と火を操ることができたらしい。
呼吸するように火をの魔術を使うライナス。
平民には滅多に魔術師がいないこともあり周りから恐れられ、苛められることもあったようだ。
同世代からは仲間外れにされ、大人には陰口を叩かれる毎日。
更に悪いことにライナスは、お姉さんを事故で無くしてしまうことになる。
確証はないけど、ゲーム中でも昨日の馬車の事故がおこり、お姉さんが助からなかったのかもしれない。
唯一の味方であるお姉さんを失ったライナスは、荒れ放題になってしまう。
誰にも近づかれないよう、傷つけられないように、粗暴に振る舞い周囲を威嚇していくのだ。
「……ねぇ、ライナス」
「なんだ?」
「ライナスは魔術について、うちの屋敷で正式に学んでみる気はない?」
「何言ってんだ? 平民の俺が、貴族様の屋敷に出入りするなんておかしいだろ」
「おかしくないわ。それくらい、ライナスはすごい才能を持っているんだもの」
巨大な魔力を持った平民を、貴族が面倒を見ることがある。
ハイスペック揃いの攻略対象の中でも、ライナスの魔力は一、二を争うほどだ。
高すぎるその魔力のせいで孤立して荒んでしまうわけだけど、今ならまだ間に合うかもしれない。
「……俺のこと、気味悪く思わないのか? 怖く感じないのか?」
「ライナスは私のことが怖いの?」
「……はぁ?」
「私だって魔術を使うことができるわ。ライナスは私のこと、気味悪いって思ってるの?」
「なっ、馬鹿っ!! そんなわけないだろ!?」
ライナスが顔を赤くして叫んだ。
「……おま、いやイリス様も、魔術を使うことができるのか?」
「この屋敷で週に1回、魔術の先生を呼んで授業をしてもらっているわ。ライナスも私と一緒に、魔術の勉強をしてみない?」
「イリス様と一緒に魔術の勉強を……」
「最初はお試しでもいいわ。ライナスの足の経過観察と、念のためお姉さんの様子も定期的に見ておきたいから、この屋敷にまた来てもらえないかしら?」
「……わかったよ」
眉を寄せながらも、ライナスが頷いている。
「またこの屋敷にきてやるよ。……姉さんの様子を見てもらうためで、イリス様に会いにくるわけじゃないからな?」
念を押すように宣言するライナスのことを、
「あらあらライナスったら、もう」
お姉さんが微笑み見守っていたのだった。
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