15話 リオンはわかりやすいです


「事情を教えていただきありがとうございます。ライナスは足を怪我していますし、こちらの馬車に乗っていきませんか?」


 ライナスとお姉さんの怪我の経過を観察するために。

 彼らを馬車に乗せ、うちの屋敷へと誘うことにした。


「そんな、恐れ多いです。こうして助けていただいただけでもありがたいのに、更にお世話にはなれません」


 お姉さんが顔に困惑を浮かべている。

 瞳が私と、乗ってきた馬車へと向けられていた。

 まだ公爵令嬢だと名乗ってはいないけど、私の服装や護衛達に囲まれた様子に、色々と察するものがあるようだ。


「私も弟も、ただのしがない平民です。そんな私たちが、貴族様の手を煩わせるなんて……」

「私が貴族だからこそ、怪我の経過が気になるんです」

「……どういうことでしょうか?」

「あなたたちは、うちの領地で暮らしているんです。あとあとに怪我が響かないよう、経過を見させてほしいんです」


 貴族にとって領民は財産そのものだ。

 価値が損なわれないよう、気を配り手を入れる必要がある。

 ……とまで私は割り切れていないけど、目の前にいる怪我をした二人を、このままにすることは出来なかった。


「うちの領地……? ではまさか、あなた様はーーーー」

「公爵家の引きこもり姫様なんだな」

「ライナスっ!!」


 遠慮ないライナスの言葉に、お姉さんが青くなっている。


「ライナスあなた、公爵家の方になんてことをっ……!」

「みんな言ってるじゃないか。公爵家のお姫様は屋敷にこもってばかりで、公爵様に甘やかされてワガママほうだ―――――むぐぐっ⁉」


 お姉さんがライナスの口を押え、強制的に沈黙させていた。


「弟が無礼な口をきき申し訳ありませんでしたっ!! なんでもいたしますからどうかご慈悲をっ!!」

「えっと……」


 猛烈な勢いで頭を下げるお姉さんに困ってしまう。

 もし頭を打っていたら、その動作はまずいのでやめて欲しい。


「落ち着いてください。なんでもする、ということでしたら、馬車に乗ってうちの屋敷にきてもらえませんか?」

「それは……」

「姉さん、諦めなよ」


 ライナスがため息をついている。

 

「こいつ、俺の炎に晒されても自分の言ってることを変えなかったんだ。……こんな頑固なワガママ姫様に、姉さんが何を言っても無駄だよ」


 私を見て呆れた様子で、でも笑顔を浮かべて。

 ライナスがそう言ったのだった。



☆☆☆☆☆☆



 私はその日の外出を切り上げ、ライナス達と共に馬車で屋敷へ帰ることにした。

 頭を打っているかもしれないお姉さんが心配なので、今日は一晩、屋敷に泊まってもらうことにする。

 使用人に頼んで、夜中もこまめに異変がないか見てもらうつもりだ。


 お父様に事の次第を伝え許可をもらい、使用人たちに指示を出してもらって。

 ライナスとお姉さんの様子をもう一度確認し終えたら、リオンが何やら不満げにしていた。


「リオン、どうしたの?」

「……なんでもありません」

「嘘。顔に出てるわ」

「顔に……?」


 リオンの指が頬に伸びかけ、すぐさま下ろされた。


「そんなはずはありません。僕の顔の筋肉は動いていないはずです」

「ほんの少しの動きだったけど、普段無表情な分変化がわかりやすいわよ?」


 主従関係を結んで二月ほど。

 少しずつだけど、リオンの表情は戻ってきている。

 いい傾向だと思って見ていると、なぜだか視線をそらされてしまった。

 

「……イリス様にはお見通しなんですね」

「一緒にいれば、自然とわかるようになってくるわ。気になることがあるなら、遠慮せず早めに教えて欲しいの」


 不満をため込むのは体に悪いもんね。

 私の破滅フラグに繋がるかもしれないし、こまめに解消して欲しかった。


「……ライナスのイリス様への言葉です。イリス様を引きこもりのワガママ姫だなんて許せません。ライナスの怪我が治り次第、相応しい罰を与えるべきです」

「あぁ、そのことね」


 私を思い怒ってくれたようだ。

 主人思いのリオンへと、私は笑顔を浮かべた。


「私は気にしていないわ。今までの私の振る舞いからしたら、ごく自然なあだ名だもの」


 リオンと出会う前、前世の記憶が戻るまでの八年間。

 私は屋敷に引きこもり生活していた。

 人前に姿を見せず、お父様に高価なドレスや玩具を与えられている私の評判が、芳しくないのも自然だった。

 

 それにここ数年、お父様は鉛中毒で判断力が鈍り精神の安定を欠いていた。

 今のところ大きな失策は無いけれど、領地の人たちにお父様の変調は隠し切れないようだ。

 お父様への、そして公爵家への不信が静かに芽吹き、醸成されつつあるのかもしれない。

 私がワガママ姫呼ばわりされているのも、つまりは公爵家全体の好感度が落ちているからだ。


「ライナスのおかげで、領地の人たちが公爵家をどう思っているのか、肌身で知れて良かったかもしれないわ」


 公爵領でどれほど権力を持とうとも、それを支えるのは領地の人たちだった。

 私の破滅フラグを折るためにも、無視できないところだ。

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