14話 炎は心の現れです
「ライナスは、本気で私を燃やす気は無いでしょ? さっきも今だって、私や野次馬たちに当たらない位置に、炎を出しているじゃない」
「っ……! 会ったばっかりのおまえがどうして、そう言い切れるんだよ⁉」
私の言葉にライナスがすぐさま反論した。
彼の言い分ももっともだ。
ほんの数分前に出会った相手について、わかることは多くないはずだけど……。
ライナスは『きみとら』の攻略対象だ。
どこまでゲームの中のライナスと同じかはわからないけど、それでも察せられるものがある。
ゲームの知識については隠しつつ、ライナスへ語り掛けていく。
「野次馬たちが話していた、事故の話を聞いたのよ」
ライナスが目を覚ます直前のことだ。
野次馬たちの会話に耳を澄ませ、私は情報を集めていた。
「馬車に跳ねられたのは、お姉さんだったって聞いたわ。川に落ちたお姉さんを助けるためにライナスも飛び込んだのよね?」
「……そうだ。姉さんを助けるつもりが溺れて、野次馬に川からひきあげられた俺のこと、馬鹿にしてるんだろう?」
「そんなわけないじゃない」
ライナス、ひねくれてるなぁ。
分厚い心の壁を感じた。
壁を築き距離を取り、人と関わらないよう生きていく。
そんな『きみとら』の中でのライナスの片りんは、今の彼にも存在するようだ。
「橋から飛び降りて相手を助けようなんて、簡単にできることじゃないわ。ライナスは優しいし、誇っていいことだと思うわ」
「……俺が、優しい?」
ライナスの瞳が鋭さを増し、ぎろりと私を睨みつけた。
「でたらめ言うなよ!! この俺のどこが優しいって言うんだよ⁉」
「ライナス! だめっ!!」
お姉さんの悲鳴とともに、いくつもの炎が燃え上がった。
先ほどまでの炎より大きく、肌にちりちりと熱を感じる。
殺気だつリオンと護衛を手で制し、私はライナスへと近づいた。
「くるなよ! おい止まれっ!! 燃やされたいのか⁉」
「燃やせないわよ」
足を前に出すと、進路にあった炎がかき消えた。
私が火傷をしないよう、ライナスが消してくれたのだ。
「ほら、やっぱり。ライナスは誰かを、傷つけることはしない、いえ、できないでしょう?」
「……っ!!」
図星のようだ。
炎は他人を遠ざけるためのもので、害そうとする意図はライナスには無かった。
優しく臆病な、彼の心が現れているのだ。
「……なんだよおまえ」
驚き呆然と、ライナスが呟いている。
「なんで、さっき会ったばっかの他人のおまえが、俺にそんなに近づいて来ようとするんだよ?」
「怪我が気になるからよ」
手当が遅れて、後遺症が残ったら大変だ。
ライナスは将来、私の破滅フラグになるかもしれない相手だけど、今はただの怪我をした少年だった。
「私、薬を扱うのは得意なの。怪我を見せてくれないかしら?」
「……わかったよ。見ず知らずの俺の治療をしたいなんて、おまえ変な奴だな」
根負けしたようにライナスが頷いている。
炎を全て消し、体の力を抜いたようだ。
「痛いことや変なことはするなよ?」
「気を付けるわ」
しゃがみ込み、そっとライナスのズボンの裾をまくった。
横でお姉さんが、「ライナスが他人に体を触らせるなんて」と言っているのが聞こえた。
晒されたライナスの足首はほんのりと赤く、触ると微熱を帯びているようだ。
「著名な関節の変形は無し。この足首、捻ってしまったの?」
「……川に飛び込んだ時、足をぶつけてすごく痛かった気がする」
「川底にぶつけたのね。外出血は無さそうだし……。痛みはどれくらいあるの?」
「どれくらいって言われても……」
「そうね、今まで感じた一番酷い痛みを10、どこも痛くない時を0としたら、今の痛みはどれくらいかわかる?」
「………6くらい? 昔、木から落ちた時はもっと腕が痛かったはずだ」
なるほど。
先ほども一応歩けていたし、骨折までは行っていなそうだ。
まずは患部を保護し、消炎剤を飲んでもらうことにしよう。
「わかったわ。詳しくは今後の経過を見て判断するとして……。お姉さんの方はどこか痛い箇所はありますか? 馬車に跳ねられたんですよね?」
「無いと思います。はねられる寸前に咄嗟に反対に飛んだおかげでしょうか?」
「なるほど……」
上手いこと、はねられた衝撃が分散できたのかもしれない。
幸運なことに、お姉さんの方にも大きな目立った外傷は無さそうだ。
ただ、もしかしたら頭を打っているかもしれないし、経過が気になるんだよなぁ。
「二人とも、事故の前は歩いていたんですよね?」
「そうです。村から買い出しに出て街を歩いていて、道の反対へ渡ろうとしたところで、突っこんできた馬車にはねられてしまったんです」
野次馬たちも、事故は馬車の方に非があると言っていた。
馬車の主、ダイルートは急いだ様子だったし、無茶な運転を指示していたのかもしれない。
「事情を教えていただきありがとうございます。ライナスは足を怪我していますし、こちらの馬車に乗っていきませんか?」
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