13話 心当たりがあります

「がはごほっ‼」


 横になった女性がせき込んでいる。

 念のため首の頸動脈に触知すると、脈拍が戻ってきていた。


「大丈夫ですか? 私の声が聞こえますか?」

「……っ⁉」


 声をかけると、女性がゆっくりと目を開けた。

 ハシバミ色の瞳が、私を見つめ戸惑っている。

 まだ呼吸が辛いようだが、意識ははっきりしてきたようだ。


「無理に声を出そうとせず、ゆっくり呼吸を安定させてください。できますか?」。


 女性が小さく頷いている。

 意思の疎通も問題なさそうだった。


「はぁ、上手くいってよかった……。リオンのお手柄ね」


 リオンに胸骨圧迫を交代して間もなく、女性は呼吸を取り戻した。

 私も頑張って胸骨圧迫していたけど、力が足りなかったのかもしれない。


「僕はイリス様の真似をしただけです。すごいのはイリス様ですよ」

「いやいや、リオンの方が半端ないわよ。私の動きを観察して、一発で胸骨圧迫をマスターするとか……」


 とんでもない才能の塊だ。

 リオンは護衛術も優秀だと聞いているけど、確かにこの様子なら、すぐに動きや型を習得していそうだ。


「リオンがいてくれてよかったわ。おかげでこの人も、息を吹き返してくれたんだもの」


 改めて女性を観察する。

 さっきまでは必死で気が付かなかったけど、かわいらしい顔立ちの女性だ。


 気絶している赤毛の少年の姉だろうか?

 どういう関係なのか気になる。


 周りの野次馬たちの会話を聞きながら、少年の様子を確認することにする。

 こちらも大きなけがは無さそうで、脈と呼吸も安定している。

 試しに肩を掴み、揺すって刺激を与えてみることにする。


「聞こえますか? 起きられませんか?」

「んん……?」


 うめき声があがった。

 少年の瞼が持ち上がり、琥珀色の瞳がのぞいて――――


「あれ?」


 初対面の相手のはずだ。

 なのに見覚えがある気がする。

 赤い髪に、少し吊りあがった琥珀色の瞳。

 気が強そうな、整った顔立ちの少年だ。


「あなた、どこかで私と会ったこと――――きゃっ⁉」


 目の前で炎があがった、と思った瞬間、リオンに後ろへと引き寄せられた。


「イリス様に何をするんだ⁉」

「俺に触るなっ!!」


 少年が後ずさり、こちらから距離を取っていた。

 驚き焦り、そして怯えている様子だ。


「姉さんはどうしたんだ⁉」

「……お姉さんなら、そこに横になっているわ」

「姉さんっ!!」


 少年が跳ね起き顔をしかめ、すぐさま女性の元へと飛んでいく。

 姉の顔を見て力が抜けたらしい少年へ、一つ問いかけることにした。


「ねぇ、そこの赤毛のあなた。名前はなんていうの?」

「はぁ? どうしておまえに俺の名前を――――」

「ライナスっ!! 失礼はだめっ‼ その方は私たちを助けてくれたのよ!!」


 慌てて女性が叫んだ名前。

 それはとても、とても心当たりのある名前だった。


「ライナス・ライディシィ……」


 前世で何度も見た、『きみとら』の攻略対象の名前だ。

 赤い髪に琥珀色の瞳の組み合わせ、それに火の魔術を使う点も『きみとら』そのままのようだった。


「まさかこんなところで……」


 思ってもいない遭遇だ。

 ゲーム通りなら、王立学院に入学するまで、私とライナスの間に面識は無いはずだ。

 私としては王立学院入学後もできる限り、ライナスと顔を合わせないようするつもりだったけど……。


 ………もしかして、これはゲームの強制力ということだろうか?

 私が攻略対象であるライナスを避けようとしても、世界が許さないということ。

 どこかしらでライナスと縁を持つように、なんらかの力が働いているのかもしれない。


 ほんとうにただの偶然かもしれないけど、楽観視はできないところだ。

 私はあらためて、ライナスと彼の姉を見つめた。


「ライナス、それにライナスのお姉さんも、どこか体に痛いところはありませんか?」

「私は問題なさそうです。ライナスはけがは無い?」

「……大丈夫だ」


 ぶっきらぼうに答えたライナスだったけど。

 その瞳が一瞬、右足へと向けられたのを私は見た。

 思えば先ほども顔をしかめていたし、少し足を引きずっていた気がする。


「失礼します。右足を見せてくれませんか?」

「やめろ近づくな!!」

「動かないでください。怪我が悪化したら大変です」

「やめろやめろっ!!」

「ひぃぃっ⁉」


 ぼう、と。

 いくつもの小さな炎が宙に燃え上がった。

 野次馬たちが悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「俺に近づくと燃えるぞ⁉」

「そんなに警戒しないでください。私は怪我の治療がしたいだけです」


 ライナスを刺激しないよう、穏やかな声で話しかけていく。

 

「怪我の治療? おまえ、俺が怖くないのか?」

「怖くありませんよ」

 

 恐怖が全くないわけではないけど、それよりもライナスの怪我が気がかりだ。


「ライナスは、本気で私を燃やす気は無いでしょ? さっきも今だって、私や野次馬たちに当たらない位置に、炎を出しているじゃない」


 最初はびっくりしたけど、冷静になればライナスの炎は誰も傷つけていないのがわかった。

 あれは威嚇のようなもので、本気で誰かを燃やす気は無いはずだ。


「っ……! 会ったばっかりのおまえがどうして、そう言い切れるんだよ⁉」


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