12話 応急処置をします


 馬車の中に響いてくるほどの大きな音。

 窓から様子をうかっていると、馬車が減速していく。


「どうしたの?」

「事故です。少し先で、人が馬車にはねられたようです」

「事故……」


 あの馬車か。

 豪華な作りで、つながれた馬は興奮した様子だ。

 馬車の周りには野次馬が集まってきており、道を塞いでしまっていた。


「……私も少し様子を見てくるわ」


 けが人がいるなら、私の作る薬が力になるかもしれない。

 リオンと護衛を伴い、馬車を降り前へと進む。

 跳ねられた人はどこだろうか?

 周りを見まわし、豪華な馬車の近くへ差し掛かったところで――――


「いい加減にしろこの愚民どもがっ!!」

「うおっ⁉」

「きゃっ⁉」

「イリス様っ!!」


 突き飛ばされ、すぐさまリオンに受け止められる。

 馬車の扉が急に開けられ、それに驚いた野次馬が後ずさり、私にぶつかってきたようだ。


「イリス様お怪我は?」

「ありがとう。リオンのおかげで大丈夫よ」


 体勢を立て直し馬車を見る。

 扉の向こうには、不機嫌な顔をした中年男性がいた。

 着ている衣服は上等だが、品の無い傲慢な印象の男性だ。


「私を誰だと思っている!? この地を治めるダイルート様だぞ⁉」


 聞いたことのある名前だった。 

 公爵家であるお父様から、領地の一部の管理を任されている領主だ。

 ダイルートは野次馬たちへ、唾を飛ばし怒鳴りつけている。


「さっさとそこをどけ‼ 邪魔をするというなら――――」

「けが人の手当てもせず行くつもり⁉」


 思わず叫ぶと、ぎょろりとダイルートに睨みつけられた。

 どうやらこちらのことは、公爵令嬢だと気づいていないようだ。


「黙れ小娘‼ 許可なく私の馬車の前を横切った奴が悪いんだ! 私は忙しい!! さっさと道をあけろ!!」

「わっ⁉」


 ダイルートは吐き捨てると扉を閉めてしまった。

 馬に鞭が入れられ、野次馬を蹴散らすように走って行ってしまう。


「なんなのよあのひき逃げ犯……。でも今はまずけが人の―――――」

「あちらにいるようです」


 リオンが素早く教えてくれた。助かる。


 橋の下、川岸に人が集まっている。

 事故の直後に水音が響いていた。

 跳ねられた衝撃で橋の欄干を越え、川に落ちてしまったようだ。

 橋を渡り川岸に降り、野次馬をかきわけ被害者の元へ向かう。


「けが人はこの人達ね⁉」


 川岸に二人の人間が横たえられている。

 一人は私と同じ年くらいの少年。もう一人は二十代ほどの女性だ。

 二人とも出血は見られないが、意識が戻らないようだった。


「坊主は気絶してるだけだがこっちは駄目だ。もう息をしていない」


 女性の顔を覗き込み、男性が痛ましげに首を振っている。


 自発呼吸の消失。

 はねられた衝撃で内臓破裂?

 それとも冷たい水に飛び込んだせいで心臓が――――


「わっ⁉」


 いきなり真っ暗になった。

 何ごとかと慌て、目隠しされたのだと気づく。


「そんなに怯え固まらなくても大丈夫です。人が死ぬところを、イリス様がご覧になる必要はありません」

「リオン……」


 動きを止めた私を心配してくれたらしい。

 気遣いは嬉しいけど、まずやるべきことがあった。


「イリス様っ⁉」


 リオンの手を振り払い、女性の元へと向かった。

 跳ねられ川に落ちてからどれだけ経った?


 5分、いや3分ほどのはずだ。

 ならば間に合う。

 間に合うかもしれない――――。


「私にその人を見せてください!!」


 素早く女性の全身状態を確認する。


 脈拍と呼吸は消失。

 まずい状態だが、幸い目立つ出血や骨折は無さそうだ。

 可能性は低いけど、まだ助かるかもしれない。


「イリス様何をっ⁉」

「詳しい話は後よ!!」


 懐からハンカチを取り出し、女性の口元へと被せる。

 口からの感染を予防するための措置だ。

 あご先を挙上させ気道を確保し、人工呼吸を開始した。


「~~~~~~~っ!」

 

 女性の胸が上下した。

 きちんと息が吹き込めている証拠だ。

 もう一度息を吹き込み、すぐさま胸骨圧迫へと動く。


 1、2、3、4、5、6――――――。


 一定のペースで、胸の真ん中を手のひらで圧迫する。

 胸骨が垂直に5cm沈み込むほどの強さだ。

 30回胸骨圧迫を繰り返たらまた2回、人工呼吸を行っていく。


「っ……!!」


 駄目だ。呼吸が戻らない。

 胸骨圧迫を再開するも、疲労で腕に力が入らなくなってくる。

 まだ8歳の私は非力でどうしようもなくて―――――


「僕が代わります!!」

「リオン⁉」


 横にリオンがしゃがみ込んできた。


「できるの⁉」

「イリス様の動きを見ていました!! 僕がやってみても⁉」

「……頼むわ!!」


 悩んだのは一瞬だ。

 場所を変わりリオンの動きを観察する。

 初めてのはずだが、ほぼ完ぺきに近い動きだった。


「すごい……! あ、待って。あと10回押したら一回動きを止めて私が人工呼吸を―――――」

「がはっ⁉」


 女性がせき込んでいる。

 ハンカチを外すと、ごほごほと息が吐き出された。

 自発呼吸が戻ってきたようだ。


 

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