11話 慣れているので楽ちんです
私の願い事を聞き入れてくれたお父様は、さっそく動いてくれたようだ。
数日後にはさっそく、私向けの教師が手配された。
屋敷の外へ出る前に、公爵領の歴史や地理などについて、一通り学ぶ必要があった。
転生後初めての、そして前世から数えて十年ぶりほどの勉強の時間が始まる。
地名や人名は耳慣れないものばかりだけど、今の私は8歳だ。
若い脳みそ万歳!
子供って素晴らしいね!
与えられる知識をどんどんと、頭に収め吸収することができた。
「――――では確認です。公爵家の第七代当主となった人物は?」
「聖暦985年に当主となった、ルシルート・エセルバートです。彼が公爵領の隣のディズリー子爵領との親交を深めたおかげで、子爵領との間に街道が整備され、重要な交易路となっています」
「……完璧です!お見事ですね!!」
私の答えに、えらく教師は感激しているようだ。
「イリス様は素晴らしいです。今まで何人も教えてきましたが、イリス様ほど優秀な教え子は初めてですよ」
「ありがとうございます。先生の教え方が、私にあっていたんだと思います」
教師の教え方はわかりやすかったし、前世で勉強に取り組んだ記憶がある。
出てくる固有名詞こそ違えど、歴史は前世の世界史で見たような流れもあり覚えやすかった。
私は理系だったけど、歴史は好きな方だ。
はまった漫画やゲームの影響で、世界史を調べたのが役に立っているのかもしれない。
公爵家の歴史は一通り学び終えることができた、と。
教師から太鼓判を貰うことができたので、さっそくお父様に報告することにする。
「お父様、約束通り、公爵家の歴史と地理を覚えました!」
「おめでとう! さすがイリスだな!」
報告すると、お父様は自分のことのように喜んでくれた。
へへ、嬉しいな。
頭を撫でられていると、お父様が苦笑を浮かべた。
「イリスが優秀で私も嬉しいが……本当に屋敷の外へ出るつもりかい?」
「はい! 出たいです。公爵家の歴史と地理について一通り学び終わったら、外へ出してくれるんですよね?」
私が外出先である公爵領の地理歴史を私が学んだら、外出の許可を出す。
それが私とお父様の間で交わされた約束だった。
「あぁ、もちろん。約束は守るつもりだが……。まさかこんなに早く、条件を達成されてしまうとはね」
お父様は誇らしさが半分、心配が半分と言った表情だ。
過保護なお父様としてはあと数か月ないしは一年ほど、私を外に出すのを伸ばしたかったらしかった。
「お父様、心配しないでください。私も外に出たら気を付けますし、リオンもついていてくれます」
私の背後で、静かにリオンが礼をしている。
いざという時動けるようにと、リオンは護衛術を学び始めていた。
まだ肉体は未熟だが、なかなかに筋が良い逸材だと聞いている。
「万が一にもイリス様が危ない目にあわれないよう、命がけでお守りするつもりです」
「ありがとう、リオン。でもそんな気張らなくても大丈夫よ」
リオンは真面目だなぁ。
命を懸けるなんて、そこまで力を入れてくれなくても大丈夫なはずだ。
「……いい心がけだ。その意気で、しっかりとイリスを守ってやれ。他に何人か護衛を手配するから、また改めて外出の日取りを伝えるよ」
お父様はリオンへと頷くと、私に外出許可を出してくれたのだった。
☆☆☆☆☆☆
お父様の許可が出てから十日間、私は外出予定先である町について、更に勉強をしていた。
行く先は、公爵領最大の都市である町・トゥリウスだ。
屋敷から馬車で20分ほどの、そこそこに大きい町のようだった。
「……公爵領は広大で、北部、南部、中央部の3つの区域に分けられ、それぞれに領主が置かれているのよね」
公爵家当主のお父様の下に、三人の領主がつく形だ。
元々の公爵家の領地は今の北部と中央部だけであり、私の住む屋敷も北部に建てられている。
公爵家六代目の当主の際に南部が新たに加わり、今の公爵領になっているのだ。
今日行くトゥリウスは中央部に位置しており、賑やかな町らしかった。
転生後初の外出を楽しみに思いつつ、二頭立ての馬車へと乗り込んだ。
馬車の椅子はクッションがきいており内装も豪華だが、外装は簡素だった。
公爵家の紋章を掲げた豪奢な馬車では、目立つことこの上ないのだ。
今日のお出かけの目的は、公爵領で暮らす人々の生活がどうなっているのか、この目で確認するためだった。
公爵令嬢であると大々的に知らせることはなく、ひっそりと馬車であちこち見て回るつもりだ。
「結構揺れるのね……」
ガタゴト、ガタゴト。
お尻の下から車輪の振動が響いてくる。
道は整備されクッションは上質だけど、それでも揺れはあるようだ。
乗り物酔いしないといいなぁ、と考えながら。
しばらく馬車に揺られていたところ――――
「何ッ⁉」
馬車の外で大きな音がした。
ドンっという音と水音、そして人々の悲鳴。
慌てて窓を見ると、ちょうど橋へとさしかかるところのようだった。
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